5 ある魔法師との再会


 まずは身支度だ。

私は棚から取り出したココアブラウンのエプロンを身につけた。


 この制服も屋台に合わせて自分でデザインしたもの。

トップスはオリーブ色のギンガムチェックのシャツで、頭にはエプロンとお揃いの生地ベレー帽。

差し色として襟元に赤いリボンをつけて、ボトムはデニムのワイドパンツ!


 あとは、必要なものをクーラーボックスから取り出して、メニューボードやハーブのドライフラワーをカウンターにたくさん飾ったら開店準備も完了だ。


 丁度のタイミングで正午の鐘が鳴る。

すると少ししてエレベーターからローブを着た魔法省の人たちがゾロゾロと出てきた。


 そのまま外に出て行く人もいるけれど、何人かは私に気付いてこっちに歩いてきた。


「へぇ、新しいお店?」

「キッチンカーかわい〜。どんなの売ってるの?」

「あ、ありがとうございます! 良かったら試食をどうぞ!」


 私はクラフト紙の紙コップに小さく切り分けたハンバーガーを入れて、葉っぱの飾りがついた楊枝を刺して配った。

一番手前の女性が真っ赤なリップが塗られた口を開く。

ハンバーガーを口に入れた瞬間、切長の目が見開かれた。


「お、おいしい!!」

「うん、うまいよこれ! お嬢さん、これ二つもらえる?」

「私も買うわ!」

「じゃあ僕はこのサンドイッチの方を頼もうかな」

「ありがとうございますー!!」


 良かったー!

あれから改良を重ねたんだけど、試行錯誤した甲斐があった!


 私は意気揚々とお金と引き換えに頼まれたランチを渡す。

お客さん第一号の団体はみんなで窓辺の方に歩いて行ったけど、赤いリップの女性は一人ふと足を止めて私を振り返った。


「これは開店祝いってことで。頑張ってね」


 金色のステッキが天井に向く。

すると、中指にはまっている指輪と共鳴して一瞬のうちに辺りに流れ星が降り注いだ。


 これって……伝令の魔法だ!


 はっと気づいた時にはハーブキッチンの周りに人が集まってきていて、私は女性を見失ってしまった。


 伝令魔法は魔法師達が情報を共有するのに良く使う魔法で、周囲にいる特定の人たちにメッセージを送ることができる。

女性は私のお店の口コミを魔法省全体に広めてくれたらしく、それを聞きつけた人たちがやってきたのだ。


 お礼を言えなかったのが残念だけど、おかげでその後ランチは飛ぶように売れていった。

お昼を過ぎた頃には在庫ももう数えるほどしかない。


 よし、売り切れた商品にはSOLD OUTの磁石を貼ろう。


「まだやってるか?」


 メニューボードに磁石を貼り付けていたら後ろから声が聞こえた。

どことなく聞いたことがあるけれど思い出せない声に首を傾げながら振り返る。


 するとそこには、ピーコックグリーンのオープンカラーシャツを着た金髪の美青年が立っていた。


 あっ、あああ!!

この人は……。


「シトアさん!?」

「え?」


 一人で盛り上がってしまったけれど、シトアさんは不思議そうな顔をしている。

どうやら私のことは覚えていないみたいだ。


 そっか、一瞬会っただけだしそれも無理はないよね。

そういえばシトアさんは魔法省でインターンをしてるんだっけ?

やっぱり綺麗な人だな〜。


「えっと、ほとんど売り切れちゃいましたけどサンドイッチとレモネードはまだありますよ」

「じゃあそれで」

「ありがとうございます!」


 すぐに準備してシトアさんに商品を渡す。

シトアさんは窓辺の席には行かずエレベーターに乗って行った。


 シトアさんが来てくれた以降、お昼のピークを過ぎたからか辺りに人が見当たらなくなってきた。

そろそろ閉店にしようかと思った矢先、エレベーターから瑠璃ねぇが急いだ様子でこっちにかけてくる。


「ごめんねみかげちゃん、仕事が立て込んでいてなかなか来られなかったわ! 調子はどう? 困ったり嫌なことはない!? 誰かに何かされたり言われたりとか……。そんな事があれば私にすぐに教えるのよ!」


 瑠璃ねぇはやけに心配そうだ。

今日は初日だから?

それを安心させるように、私は満面の笑みを見せた。


「絶好調だよ瑠璃ねぇ!」

「そう、良かった……」


 瑠璃ねぇ心底安心したように息を吐いた。


「そうだ、まだ何か残っているかしら?」

「あれ? 瑠璃ねぇのお弁当、用意しておいたのに忘れちゃったの?」

「え? 食べたわよ。とっても美味しかったわ、いつもありがとうみかげちゃん。でも受験もハーブキッチンもあるし無理はしないでね」

「ううん、それは大丈夫……」


 ってそうだ。瑠璃ねぇは意外と胃袋が大きいんだった。

食後のおやつ?が必要なのかもしれない。


「んーと、サンドイッチが一つ残ってるよ。今日はそれで完売!」

「じゃあそれをいただくわね」


 サンドイッチを渡すと瑠璃ねぇはニコニコしながらエレベーターに戻って行った。


 瑠璃ねぇの姿を見送ってから私も片付けをして、来た時と同じようにキッチンカーの自転車に乗って家に帰る。

こうしてハーブキッチン開店初日は大成功を収めたのだったーー。


 ……っていやいやいや。

なーんか、おかしいな!?

私が挑戦しようとしたことが初日からこんなに上手くいくなんて。

嫌な予感がしまくっている。

私は自転車に乗りながら眉をひそめた。


 悲しいかな。

今までどんなに頑張ってもうまく行ったことなんてなかったから、私にはそういう考え方が染み付いてしまっていた。


 そして次の日、その予感は見事に的中してしまうのである。

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