4-2


「魔法省で!? どうやって!?」

「十五歳でも保護者の管理下でなら働けるよな? あたしは毎日色んなところに行くから難しいけど、瑠璃ねぇなら近くで見守れるじゃん?」


 琥珀ねぇは名案を主張するように指をパチンと鳴らした。


 これは……運が回ってきた、いや……掴めそう!?

だって魔法省に行けばきっと魔法の勉強にもなるだろうし、しかもお金を稼ぎながらそれができるなんて。

瑠璃ねぇと同じ場所で働けるというのも嬉しい。


「瑠璃ねぇ、私魔法省に出店したい! やってもいい? 受験勉強もちゃんとするから!」

「ええっと……そうね。もちろん私もみかげちゃんの応援はしたいけれど……」


 何故か瑠璃ねぇの歯切れが悪い。

琥珀ねぇもそう感じたようで、顎に手をあてながら首を傾げた。


「どーした瑠璃ねぇ、なんかまずいことでもあるのか?」

「うーんと……」


 瑠璃ねぇは言葉を濁して随分悩んでいる様子だった。

そらから少し間があって、不安そうに笑う。


「そうね、大丈夫よね。分かったわ。やりましょう、魔法省でキッチンカー。早速オンラインで申請をしてくるわね」


 そう言って、瑠璃ねぇはモヤモヤをその場に残したままリビングを出て行ってしまった。


「瑠璃ねぇ、どうしたんだろうね?」

「さぁ……」


 琥珀ねぇと二人で顔を見合わせたけど、お互い答えば出なかった。


「ま、とりあえず良かったじゃんみかげ」

「うん……」


 嬉しいけど、瑠璃ねぇの反応が少しつっかかる。

でもそれ以来瑠璃ねぇは何かを言うことはなかったし、私も開店の準備に忙しくしているうちにいつの間にかそのことを忘れてしまった。


 ーーそして一ヶ月後。

ついに私のハーブキッチンは開店を迎えることとなる。

当日は午前中に受験勉強をした後、自転車型のキッチンカーに乗って魔法省へ向かった。


 このキッチンカーはオークションで安く手に入れたのをカスタマイズしたもの。

カウンターは薄いオリーブ色とアイボリーの板張りにして、屋根はココアブラウンの帆布、自転車は錆をとって磨いて屋根と同じ色に。


 DIYは初めてだったけどすっごく良い感じ!


 キッチンカーを漕ぐこと三十分、着いた先はお城を思わせるようなベージュの煉瓦造りの建物だ。

キッチンカーを押しながら中に入ると、敷居を跨いだ瞬間足元がひやっとした。


 驚いて下を見ると出入り口のところにいくつも水溜りが張っている。

足の裏を見たけれど濡れた形跡はなくて、それなのに靴の裏が綺麗になっていた。


 これって何かの魔法?

建物の中に入る前に靴が綺麗になるようになってるんだ。

すごい、さすが魔法省……!


 私は胸を高鳴らせながらエントランスを見渡した。

キッチンカーを押している私は当然目立っているのだけれど、そんな事が気にならないくらいその広さに驚かされる。

円形のエントランスは天井まで吹き抜けになっていて、照明はシャンデリア、床は大理石。

高級感がすごい。


「あ、もしかしてこれって……」


 ふと、床に描かれた不思議な幾何学模様が目に入った。

模様は円の中に丸いマークが重なっていたり六角形や星形が描かれている。

恐らく魔法陣というものだ。


 果てしないくらい昔のこと。

魔法を使える体質じゃない人たちは、魔法陣を描くことで魔法を使っていたらしい。

その魔法陣が進化したものが現代の魔法石なんだそうだ。


 なんでも、本来魔法を使うには魔力を使役する式が必要で、つまりそれが魔法陣のこと。

一方魔法師とはその式がなくても魔力を扱える人のことで……って、今はそれは置いといて。


 私は気を取り直して再びエントランスを眺めた。

南側半分は窓辺に休憩スペースがあって、反対側にはずらりとエレベーターが並んでいる。

私が開店を許可されたのはエントランス内のみだからこのエレベーターの先には行けない。


 ちらほらとヴァイオレット色のローブを着た人達が行き交う中、数人がまさにエレベーターに乗り込んだ。

私はそれを目で追うようにして、吹き抜けを上に向かって見つめた。

すると、二階からこっちを眺めている人が目に入る。

長い黒髪が綺麗で、目を引くあの美人は……。


 瑠璃ねぇだ!!


 私が手を振ると、瑠璃ねぇは微笑みながら小さく手を振り返してくれた。


 瑠璃ねぇ、心配して様子を見にきてくれたんだ。

よーし、モタモタしてたらランチタイムが終わっちゃう、早速やるぞ!


 気合十分の私は、エントランスの真ん中に植わっている樅の木に向かった。

樅の木はてっぺんが見えないほど大きくて、クリスマスシーズンの今はガラスのオーナメントがたくさん飾ってある。

その下に私はキッチンカーを停めた。

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