3-2
「あそこは、国にとって有益な人材をふるいにかける場所なの。つまり魔法の目覚めが遅かったり、周りについていけなくて退学になる人は必要ないと思われているのよ」
「何だそれ? なーんか気に食わないな」
琥珀ねぇが唇をとがらせている。
琥珀ねぇって、魔法学校を飛び級で卒業するくらいすごいけど……。
大雑把な性格だから自分を取り巻く環境がどんな仕組みかなんて、細かいことまで気にしていなかったのかもしれない。
私もそんなの考えたこともなかった。
魔法が使えるって気づいた時、誰でも魔法学校に行って魔法の勉強をするもんだと思ってたから。
「魔法学校はそもそも入るのも大変なのよ。琥珀は覚えてない? みかげちゃんが初等部に入学した時の事」
「えー? みかげが最初に魔法を使ったのは覚えてるけど……。いきなり家が大爆発して何事かと思ったらみかげの魔法だったんだよな」
アハハ! と琥珀ねぇは笑うけど、全然笑い事じゃない気もする。
「で、その後も魔法を安定させられなかったから……そういや入れてくれる学校を探すのがものすんごく大変だったな」
「そうね。けどみかげちゃんは絶対に魔法学校に入るってきかなくって、感情に魔法が誘発されて毎日家が爆発してたわよね」
瑠璃ねぇは困った顔をしながらもクスクスと笑っている。
やっぱり笑い事じゃない気がするけど、そんな事があったなんて私は全然覚えていなかった。
なんで家から三時間もかかる魔法学校に通ってるのかなって思ってたけど、そういう事だったんだ。
瑠璃ねぇは思い出話の余韻も醒めた頃、真っ直ぐに私を見た。
どことなく悲しそうに。
「みかげちゃん。だからね、もう魔法学校に入学するのは無理だわ。……残念だけれど」
瑠璃ねぇの眼差しは真剣だ。
私は、瑠璃ねぇ、琥珀ねぇ、それから棚の上に飾ってある家族写真のお父さん、最後にその隣りのお母さんの写真を見た。
瑠璃ねぇや琥珀ねぇと同じ真っ黒の髪の。
私が幼い頃に魔法事故で亡くなってしまったお母さん。
あまり記憶はないけれど鬼才の大魔法師だったって聞いている。
お母さんが生きていたら、こういう時慰めてくれたりしたのかな。
「……嫌だ」
「みかげちゃん」
「嫌だあぁぁ……っ!!」
私は気持ちが抑えられなくてリビングを飛び出した。
そして自分の部屋に飛び込んで勢いよく猛烈に、盛大にーー勉強をはじめた。
「みかげちゃん?」
瑠璃ねぇがやってきて私の部屋を覗く。
その後ろから琥珀ねぇも顔を出して、勉強している私にギョッとした。
「あぁ……。そういやいつもの時間か」
「うん」
夜の八時から十時まで机についているのは習慣になっている。
私は成績が悪いから、そのくらいは勉強しないと。
でも今日は四時間じゃ足りない、日付が変わるまで勉強してやる!
そもそも魔法師一家に生まれて、お姉ちゃん達も優秀で私だけ異様に魔法が下手なのは何故なのだろう。
DNA的には最強のはずなのにおかしいな。
ロイヤル魔法学校では私は爆発物製造機として恐れられているから誰も向き合ってくれる人はいなかった。
お姉ちゃん達も魔法はピューッとしてバーンてやれば良いとか言っていて、私はピューッて魔力を集めてバーンてやったらバーンというかドカーンだし。
ポツポツと邪念が浮かんできて、私はシャーペンを握る力を強めた。
なんで私だけ。
なんで上手くいかないの?
どうしてこうなっちゃったの?
もっと頑張れば……。
もっと頑張るから、誰かきっと見てくれているはずだよね?
って、私はもうダダをこねて通用する五歳児じゃない。
無理なものは無理って分かっている。
「……うぅっ、うあうう」
あれ、なんか勝手に涙が出てきたぞ。
「ううーっ!!」
ボロボロ泣きながら、それでも机に齧り付いて勉強を続ける私の背を瑠璃ねぇと琥珀ねぇが優しく撫でた。
「十分頑張ったよ、みかげ」
「そうよ。私たち毎日みかげちゃんがこうして勉強している姿を見ていたもの。すごいわよ」
二人の優しい手の感触に誘われるようにして、魔法学校で過ごした今までの思い出が蘇ってきた。
毎日失敗ばかりで、成績も悪くて。
私は落ちこぼれだから敬遠されて友だちもできなかった。
だけど瑠璃ねぇと琥珀ねぇはどんな時も、どんな私もこうして受け入れてくれる。
だから、私は二人の妹で良いんだ。
そう思ったら余計に泣けてきて、私は振り返って瑠璃ねぇと琥珀ねぇに抱きついて、三人でしばらく泣いたのだった。
ーーそれからのこと。
季節はいつの間にかもう真冬。
私はロイヤル魔法学校を正式に辞めることになって、高校受験のために毎日家で受験勉強をしている。
そんなある日、私に大きな転機が訪れた。
「ただいま〜。お、いいにおーい!」
現在の時刻、夜の七時半。
琥珀ねぇが仕事から帰ってきた。
キッチンで鍋をかき混ぜている私の元に、琥珀ねぇは黒いマフラーと黒の革ジャンを脱ぎながらやって来る。
「おかえり! 今日は寒いからシチューを作ったよ。アレンジでオリーブオイルを入れてみたんだ」
「へぇ、美味しそー! って受験勉強大変だし家事はやらなくて良いのに」
「気分転換だから大丈夫だよ。よし、完成〜」
私はおたまを置いてから、コンロの端に埋め込まれている楕円の赤い魔宝石を触った。
するとコンロから出ていた火は魔宝石の中に渦を巻くように吸い込まれていく。
これは太陽の魔力が込められている魔宝石で、これを使えば誰でも安全に火の魔法を使うことができる。
「そういや、瑠璃ねぇはまだ帰ってないのか?」
「うん。でも一時間くらい前にそろそろ帰るってメッセージ来てたよ」
と話していたら、突然玄関の扉が勢いよく開く音が聞こえてきた。
瑠璃ねぇが帰ってきたのがカウンターキッチンから見える。
瑠璃ねぇは珍しく大きな音を立てていて、無言でリビングまでやって来た。
そしてカバンを床に思い切り叩きつけるーーと見せかけて思いとどまり、そっと置いた。
瑠璃ねぇのあまりの剣幕に私と琥珀ねぇは固まった。
「瑠璃ねぇが怒るなんて珍しいな? どうしたんだよ?」
「見てよこれ!」
瑠璃ねぇはムッと眉を寄せて私たちにスマホを突きつけた。
そこに表示されているのは、ついさっき公開されたばかりのネットニュースだ。
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