第五話:平穏な道中

 東西南北に計四つある大門には日中つねにそれなりの人数が集まっており、通行手形の発行などを行う関所では長蛇の列が出来るために、通常であれば出入りだけでかなりの時間を要する。

 カイルも数日前に王都へ入る際、その長蛇の列を形成していたうちの一人であり、門の外で並んでから王都へ入ること出来るまでに、実に半日近くかかった。

 明朝に旅の荷物を持ったまま暇をつぶせるようなものもなく、動きの遅い列を半日も立ったまま待っていたことを思い出し、カイルは無意識に苦い顔をする。

しかし、開拓者組合ギルドに所属する開拓者であればその必要はなく、大門の前で形成された列から外れ、すぐそばにある開拓者専用の小さな門へと馬車は進む。

 ここで開拓者認定証ギルドカードを提示すれば、長蛇の列に並ぶことも、面倒な手続きをすることも、税を支払うこともなく、王都への出入りが可能となるのだ。

 関所の前で馬車が停まり、荷台を覗き込む門番にカイルたち五人はそれぞれの開拓者認定証ギルドカードを提示する。

 五人分の開拓者認定証ギルドカードと御者から何かしらを受け取った門番は、それらをサッと目視した後、関所に置かれているきわめて純度の高い水晶へとそれらをかざす。

  一見して水晶には何の変化もなかったものの何かしらの確認はとれたのか、すぐに開拓者認定証ギルドカードはカイル達へと返却された。


「お待たせしました。それでは、どうかお気をつけて」


 門番の敬礼に見送られ、馬車は無事に王都を出る。


「――本当に盗んできたわけじゃないのね」

「ンなワケねーだろ、いったい俺を何だと思ってんだ?」

「悪人面」


 即答で悪びれる様子もなくそう口にしたマリシアンの額が、カイルの中指によって力強く弾かれる。

 ゴスッという鈍い音が荷台に響くと、マリシアンは声すらも上げることなく額を両手で押さえて蹲った。

 その様子に既視感デジャヴを感じるカイルと、何やら自分の額をそっとさするフレイシス。


「しっかし、開拓者認定証ギルドカードってホントに便利なのな」


 長蛇の列に並ばずとも簡単に門を通ることができ、おまけに高い通行税を支払う必要もない。

 これでは、危険物の持ち込み、密輸入、誘拐、窃盗などといった悪事を働き放題なのではないか、とカイルはふと考える。

 当然、国が直に運営を管理している開拓者組合ギルドがそんな誰でも思いつくような欠点を放置しているはずはないとは思うが、それでも方法がわからずにふと不思議に思うのだ。

 別段、別に悪事を働くような予定もないし、理屈がわからなかったところで何か困ることがあるという訳でもないのだが。


「けど、本当にいいのかい? 代金の大部分を立て替えてもらって」

「金じゃなくてモノでの交渉だったし問題ねぇよ。アレぐらいのモンならまだし」


 チラリと、馬車を操る老人がこちらを見ていた気がしたカイルだったが、御者台に目を向けても老人の小さな背中しか見えず、気のせいかと思い直す。


「まあでも、食料は後でちゃんと渡しとけよ。どうせ山ほど持ってきてんだろ」

「モチロンっすよ。カイルさんに比べりゃ微々たるもんでしょうけど、こーゆーのはケジメっすからね」

「昨日の食事代に関しても立て替えてくれてありがとう。これぐらいで足りるかな」


 チャリンと寂しい音が鳴る巾着袋から金貨を一枚取り出し、カイルへと差し出したアルフレッドだったが、カイルはそれに手を出す素振りはない。


「いらねぇよ。さっきのは別に催促したワケじゃなくて、ただの言葉のアヤだ。過ぎたコトを後になってほじくり返すほど、俺の器は小さくねぇっての」


 しっしと左手を振り、金貨を戻すように促すカイル。


「わかった。君がそういうならありがたく気持ちを受け取っておくよ。この借りは今後の働きでもって返すとしよう」

「義理堅いコトで」


 優しさや気前の良さでもってそういった訳ではなかったものの、アルフレッドが何やら勘違いをして決意を新たにした様子を、カイルは呆れたような視線でもって見る。

 そんな二人のやりとりに一段落着いた頃、しばらく蹲って唸っていたマリシアンがグワリと勢いよく起き上がった。

 その額は灰色の体毛の上からでもわかるほどに肌が赤く腫れあがっており、瞳には大粒の涙をこさえていた。


「い――――ったい! アル! ねぇ腫れてない!? 大丈夫!?」


 大声を張り上げながら前髪をかきあげて、アルフレッドへと詰め寄ったマリシアンは潤んだ上目遣いで痛む箇所を見せつける。


「随分いい音が鳴ったからね。見せてごらん」


 荷物の中から取り出した軟膏を手に取り、マリシアンの腫れた額に優しく塗り込むアルフレッド。

 そしてその一連の流れを、カナリアが羨ましそうな、あるいは恨めしそうな目で見つめていた。

 馬車の荷台で独自の世界観を作り上げる二人と一人の様子に、鈍感なさしものカイルも察せざるを得ない。


 ――――あー、コイツら拗らせてんな。


 と。

 他人の恋路に首を突っ込むと碌な目に合わないことは、これまでの経験から重々に承知している。

 この面倒くさそうな三角関係に興味もなければ触れたくもないカイルは、先程の光景を記憶から消し去ることにした。


「にしても、アンタはあの商人に何をあげたワケ?」

「テメェにゃ関係ない話だ」

「ねぇコイツ、あたしにだけ態度悪くない!?」


 痛みから何とか立ち直ったらしいマリシアンが、未だアルフレッドに額を撫でられながらカイルへと質問したものの、どことなく辛辣な態度でもって質問をキッパリと遮断される。

 カイルとしては別段、態度を変えているつもりなどないのだが、自覚をもって悪意を向けているマリシアンにとっては他の者との対応に差を感じる様だった。

 大仰な態度でもってアルフレッドに泣きつくマリシアンと、それを見るカナリア。

 どうやらこの拗らせた三角関係は意識の外に追いやることができないらしい。

 今後とも見せられるであろうこの様子を思い、カイルはげんなりと肩を落とす。


「マリもいつまでもそんな意地を張ってないで、仲良く協力しようじゃないか。カイルも、僕たちを存分に頼りにしてくれて構わないからね」

「女の頭をなでながらンなコト言われても、まったくもって説得力ねぇよ」


 アハハ、と悪びれることなく笑うアルフレッドが、果たして好意に鈍感で気づいていないのか、それとも気づいたうえで二人を侍らせているのかはわからないが、どちらにしても今のこの様子からは頼りになる気配が全く感じられない。

 もっとも、カイルとしては彼らを頼るつもりは毛頭ないのだが。


「俺は寝る。あんまりうるさく騒ぐなよ」


 眼前で繰り広げられている乳繰り合いは、当分の間収まりそうにない。

 道のりは長く、暇をつぶせるような娯楽もない以上、精神的疲労ストレスの源になりそうな光景を見ないようにするのなら寝るのが手っ取り早そうだとカイルは考える。

 この揺れの激しい馬車でどれだけ寝られるかはわからないものの、とりあえずは目を瞑ってみることにした。




○ ● ○





 馬を休ませるために挟んだ昼食ついでの休憩を除けばずっと走り続けていた馬車は、半日ほどで道のりの半分程度までは進んでいた。

 それなりに大きな街同士をつなぐ街道やその周囲は、兵士や開拓者が定期的に害となるものの排除を行っているために安全なのだが、小さな町村へ向かう道中までは管理していられない。

 そのため、街道から逸れるこの先の道のりは管理されていない平野を走り抜けることとなるため、【魔物】や野獣に襲られる危険性が高まる。

 現時点で太陽は地平線の向こうへと沈みかけており、このまま進めば視界の悪い夜間に戦闘を行うこととなってしまうため、まだ安全が保障されているこの地点で、一行は夜を明かすこととなった。

 カイルの印象としては、他の者はさておいてもマリシアンは「進めるところまで進むべきだ」などと言い出すものだとばかり思っていたのだが、意外なことにも最初にこの場での野宿を提案したのは他でもない彼女であった。

 その際に思っていたことを率直に伝えれば、マリシアンも同様にカイルに対して同じようなことを考えていたらしく、二人の間でまたも少しばかりの一悶着はあったものの、それ以外は特に異常なく、カイル達は街道から少し離れた位置で馬車から降りる。


「あー、つっかれたぁ……!」

「身体の節々が痛い……。座りっぱなしというのはそれはそれでなかなかにしんどいもんっすねぇ」


 広大な平野に降り立つと、フレイシスを除く四人は揃って大きく伸びをする。

 続けて関節を回して軽く体をほぐしてから、荷台に載せていた荷物を降ろして野営の準備を整えていく。

 本来であればもう少し目立たない場所のほうが良いのだろうが、あいにくと周囲には遮蔽物の類が一切ない。

 今回は安全がある程度保証されている場所で行うということで、大して問題にはならないだろうという話になった。

 アルフレッド、マリシアン、カナリアの三人が持参した天幕テントを設営している最中、フレイシスは薪になりそうな木の枝を採取し始め、残ったカイルは火を焚くための環境を整えていく。

 火花が散って燃え移ったりしないように周辺の草花を草刈り用の鎌で刈り取り、むき出しになった地面にその辺で拾った石を使って囲いを作る。

 そこへ刈り取った草を少し放り込んだところで、両手いっぱいに木の枝を抱えたフレイシスが戻ってきた。


「これぐらいあれば足りますか」

「足りるが……オマエの非力設定はドコ行ったんだ?」

「【魔法】ですよ、【魔法】」


 置かれた枝の中から比較的燃えやすそうなものをいくつか選ぶと、囲いの中で間隔をあけながら組んでいき、持参した火打石と火打金で火をともす。

 旅を始めた当初こそ、火打石の扱いに慣れずに中々火がつかなくてイライラしていたカイルだったが、今となってはこの通りであり、詠唱が必要な【魔法】よりもずっと素早く火をつけられる自信があった。


「へぇ。イマドキ火打石を使う人なんているのね」

「話には聞いたことあるけれど、使っているところを見るのは初めてだ」

「うっせぇ」


 気が付けば御者を含む全員が焚火の前に集まってきており、珍しいものを見たといわんばかりにカイルの持つ火打石に興味を示しだす。


「ねね、もっかい火をつけてみてよ。ちゃんと見たい」

「なんでンなコトしなきゃなんねぇんだ、めんどくせぇ」

「あ、じゃあ俺やってみたいっす」


 小さな火を灯す程度の【魔法】であれば幼子ですら習得できるほどの簡単なものであり、現代において扱いの難しい火打石をわざわざ使う者はまずいない。

 勿論、この場にいるカイル以外の者は全員、その魔法を扱える。

 それほどまでの世界の常識となっている【魔法】を扱えないカイルを見る視線が、奇異なものでも見るかのような感じがして不快に思い、カイルは鬱陶し気にシッシと手を振るのだったが、好奇心で目を輝かせる彼らには効果はまるでなかった。

 このままでは天幕テントの設営がいつまでたっても終わらないと判断したカイルは、仕舞いかけてた愛用の道具をカナリアへと差し出す。


「ちょっとコレ持ってろ。準備するから」


 今しがた火がともったばかりの焚火の隣にもう一つ小さな囲いを作ると、その中に刈った草と小ぶりな枝を入れていく。

 そしてカナリアを手招きし、枝を細かく削って作った火口を火打石の上に乗せ、親指で火口を軽く押さえさせる。


「このまま火打石に火打金を打ち付けてみな」

「コレでカンカンすれば着くんすか?」

「上手く出来りゃあな」


 火花自体を起こすことはそれほど難しくはないのだが、その起こした火花を上手く着火剤へ点火させることが出来るかが問題だった……のだが、カナリアはそれ以前の話であった。

 火打石に火打ち金を打ち付けた次の瞬間、ガキンという音共に火打石が盛大に砕け散る。


「あれ?」

「あれ、じゃねぇよ! 誰が馬鹿力で殴りつけろつった! いっとくけどコレ、今じゃほっとんど出回ってない貴重なヤツなんだからな!?」


 価格自体は無料タダ同然ではあるものの、いかんせん、あまりに需要がなさすぎるために市場ではまず目にすることがない。

 とはいっても国中の至る所で採掘できるので入手が困難という訳でもないのだが、面倒臭いのは確かであった。


「次あたしやりたい!」


 渋々といった様子でカナリアがマリシアンへと火打金を手渡し、カイルは新しい火打石を取り出す。

 目を輝かせながらマリシアンはそれらを受け取ると、すぐさま手に持った火打石に火打金を打ち付け始めた。

 しかし、カッカッという音と共に火花が発生するも、火口に着火する様子はない。

「点かないんだけど! なんで!?」

「上手く出来れば、つったろ」


 容易く着火できるのなら、火打石が時代遅れ扱いされるのはもう少し先のことだっただろう。

 腕を大きく振りすぎたのかだんだんと疲れてきたらしく、マリシアンは少し不機嫌そうに頬を膨らませながら右手をプラプラと揺らす。


「はい、次はアルね」

「僕もするのかい? 器用なマリが出来ないのなら、僕に出来る気がしないんだけど」

「いーからいーから!!」

「なんでオマエが仕切ってんだよ」


 ――ていうか、まだ続くのか。


 そんなカイルの内心など気にする素振りもなく、マリシアンはアルフレッドへと道具を押し付ける。

 やってみてもいいのか、とでも言いたげな視線でカイルを見るアルフレッドに、カイルは無言で上を向けた手のひらを軽く前に突き出した。

 消極的な発言をしていたものの、アルフレッドとて成人したばかりの好奇心あふれる若者であり、実際に触れて体験してみたかったのだろう。

 カイルの合図に表情を明るくした青年は、すぐに切り火の動作を行い始めた。

 一度、二度、三度……六度目で、火口から煙が上がり始める。

 どうやら着火できたらしい。


「ついた!」

「「おぉー!」」

「コレに火を移してみな。早くしないとすぐ消えちまうぞ」


 両脇で発生する感嘆の声をよそに、木の枝の表面を薄く削り重ねて羽のようにした焚き付け材をカイルが差し出すと、急かされたアルフレッドは慌てた様子で火口にソレを押し当てる。

 フゥフゥと息を吹く込んで空気を送っていると、徐々に火は大きくなっていく。

 すぐさまカイルが焚き付け材を囲いに組んだ枝に放り込むと、火はすぐに燃え移っていった。

 三人の青年と一人の御者から拍手を送られ、アルフレッドは照れくさそうに頭を掻く。

 このまま火を起こせなかったらどう収拾をつけたものかと考えていたカイルだったが、杞憂に終わったようで安堵のため息をついた。


「コレで満足したか? 満足したらさっさと自分の作業に戻ることだな」

「「「はーい」」」


 パンパンと柏手を打ちながらカイルがそういうと、三人は満足した様子でテント設営の続きに取り掛かり、フレイシスはその手伝いを行うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る