第四話:出立の朝

 十分な食事と睡眠をとって迎えた翌日の朝。

 長年の癖で夜が明ける前に目が覚めてしまったカイルは、持て余している時間を適当に潰すべく、ひんやりとした冷たい空気に満ちた王都の中をゆっくりと歩いていた。

 昨日はあまり景観を気にすることが出来なかったが、一人で人気のない通りを歩いていれば、自然と視線は様々な場所へと向かう。

 この通りでは、雰囲気を作るために材質や色を統一しているようで、殆どの建物が赤か白かの煉瓦で造られている。

 高さに関してもせいぜい三階程度までで、ずば抜けて目立つというような建物は見受けられない。

 道は歩きやすいように均等な大きさの石畳で舗装されており、凹凸が少ないために非常に歩きやすい。

 大勢の人が行き交うことを想定しているのか幅は非常に広く、この通りを完成させるだけでどれだけの人材と時間が必要なのかと考え、あまりの途方のなさにカイルは思わず顔を顰める。

 場所によって建物の造りなどは大きく変わるため、あくまでもこの通りにかぎった感想なのだが、良く言えば『纏まった雰囲気がある』、悪く言えば『代り映えしない』、といったところだろうか。

 とはいえどもこの統一感は確かに見事なもので、この景観を目にするだけでも都会にやってきたということが改めて実感できるだろう。

 様々な村や街を旅の途中で見てきたからこそ、カイルは王都の手の込んだ雰囲気造りに感嘆の息を漏らすのであった。

 そうして日が完全に登りきるまで飽きることもなく散歩を続け、途中で半ば忘れかけていた待ち合わせを思い出したカイルは、心なしか軽い足取りで門の前へと向かう。


「おっそい。最年長が一番最後に来るって恥ずかしくないワケ?」

「帰っていいか?」

「それは困るかな」


 出会いがしらの開口一番に向けられた罵倒に思わず頬を引き攣らせるカイルだったが、明朝から王都の街並みを堪能していたために非常に機嫌がよく、あまり気に留めることなく水に流す。


「おはようございます。今日はまた随分と機嫌がいいっすね。なんかあったんすか?」

「別に何も。そういうオマエらは眠そうじゃねぇか、ちゃんと寝たのか?」

「昨日は夜遅くまで荷造りしてたっすからね……」


 言葉の最中に欠伸を挟むカナリア。

 アルフレッドも同様に寝ぼけまなこを擦りながら欠伸をかみ殺しており、寝不足であることが窺える。

 フレイシスに関しては、カイルと行動を共にした時とは打って変わって、三人からは一歩引いた位置で静かに佇んでいるために様子はよくわからない。

 この場においてはマリシアンだけが元気はつらつとしており、隙あらばカイルに噛みつかんとする勢いだった。

 そんなマリシアンに対し、昨日は泣いて逃げ帰ったにも関わらず随分と元気なものだ、とカイルは呆れを通り越して関心の念を抱く。

 フレイシスを除いた三人が背負う荷物は、背嚢リュックがこれでもかというぐらいにパンパンに膨れ上がっており、背後から見れば背嚢リュックに足が生えているかのような見た目になっている。


「その荷物、いくらなんでも多すぎねぇ?」

「むしろ、カイルやフレイシスの方が少なすぎると思うんだけど」

「私は非力なので、あまり重いものが持てなくて」


 よく言うぜ、とカイルは内心でそう思ったものの、わざわざ突っ込むほどのことでもないので口には出さない。

 カイルもフレイシスも、片手で持つことができる小さな袋一つ分程度の荷物しか持参しておらず、また装備も極めて身軽であった。

 革や金属などの鎧防具を身に着けて非常時に備えた万全の荷物を背負うアルフレッドたち三人に対し、二人はとてもではないが開拓者には見えない恰好をしている。


「アンタたち、そんな恰好で本当に大丈夫なワケ? やる気あんの?」

「私は非力なので、装備が重いと動きづらくて」

「ああいうのは、動きが阻害されるから好かねぇんだ」


 急所を覆う性質上、防具の類はあまり激しい動きには向いていない。

 勿論、軽い素材のものや一部分を覆うものもあるのだが、それでも伸縮性には些かの難があるために柔軟な動きをする際には邪魔になることが多く、カイルはそれらをあまり装着したがらない。

 敵からの攻撃を受け止めるのではなく、回避や受け流しに重きを置いているカイルとしては、防御面を固めるよりも動きやすさを優先するのは当然のことであった。

 とはいっても、利き足を覆う装備は並大抵の刃を通さないし、履いている長靴ブーツもある程度の高さから飛び降りても問題ない緩衝仕様となっているため、まったくの無頓着というわけでもない。


「そんなんで足ひっぱらないでよね」

「それはこっちのセリフだバーカ」

「まぁまぁ、カイルさんもマリも喧嘩はそれぐらいに」


 鼻で笑うマリシアンに対し、幼稚な罵倒と共に中指を突き立てるカイル。

 一瞬の間の後に額を突き合わせて睨みあう両者の間に、どことなく慣れた様子のカナリアが割って入ることで、取っ組み合いの喧嘩は未遂となった。


「にしても、よくコイツが俺の同行を賛同したモンだな」

「あの後、開拓者組合ギルドの女性職員さんが俺たちのとこに来て、カイルさんの成績表と俺たちの成績表を見せてくれたんすよ」

「いやぁ、それなりに頑張ったつもりだったんだけど、僕たちはかなりギリギリでの合格だったみたいだ」

「『カイルさんもいい成績とはお世辞にも言えませんが、それでも少なくとも、貴方たちはずっと優秀なのは確かですよ』なんて笑いながら言われちゃあ、流石のマリもなにも言えなくなるっすよね」


 ――何してんだあの女。

 ――何してるんでしょう、あの【新生民ノヴァ】。


 その女性職員に心当たりのあるカイルとフレイシスが、まったく同じ感想を抱く。

 試験結果を持ち出し、あまつさえ開拓者に開示するなどという行為を、一介の職員でしかない者が行っていいものなのか。

 あの掴みどころのない受付嬢は、果たして何を考えているのか。

 恐らくは、昨日の「貴方たちのような存在を野放しにしないための措置」という発言となにかしらの関係はあるのだろうが――。

 とまで思考したところで、考えてもわからないものを考えても仕方がない、とカイルは思考を放棄した。


「それじゃあ、そろそろ行こうか」


 アルフレッドの言葉にカイルを除いた三人が同意を示し、一行は揃って徒歩のまま東門へと向かおうとする。


「おい待て、馬車はどうすんだよ」


 昨日のアルフレッドの話では移動距離の例えに馬車を用いていたために、移動方法も馬車だと思っていたカイルだったが、四人の様子を見るにどうやら違うらしい。

 〈青銅アエス〉が金に困窮するのは開拓者組合ギルド職員のお墨付きの事実であり、〈青銅アエス〉である自分たちが金銭の発生する移動手段を取るわけがないということは、よくよく考えてみれば当然の話だった。

 旅をしていた際は殆どの移動が徒歩だったカイルとしても、普段であれば納得して同意を示すところなのだが。


「その荷物で徒歩は無理があるだろ……」


 馬車での移動ならば荷物の多さや重さはさして影響がないと思い放置していたが、徒歩ならば話は別であった。

 アルフレッドら三人のその荷物の量は、誰がどう見ても長距離移動には適していない。

 移動速度は間違いなく落ちるだろうし、体力が続かず休憩を小まめに挟むことも目に見えている。

 そうなってしまえば、目的地に到着するのに三日以上もかかるかもしれない。

 そのまま疲労困憊の状態で村に到着して、体力を回復させるために一晩休み、依頼を遂行してもう一晩休み、そしてまた帰路で三日以上かける。

 そうして遂行した依頼の報酬は部隊パーティ内で平等に分配するため、手元に残る一人当たりの金額は数日分の生活費程度となる。

 一週間以上かけて行う仕事の報酬がその程度だなんて、割に合わないにもほどがある、という話であった。

 そもそもの大前提として、道中で【魔物】と遭遇し戦闘となった場合、あれほどの大きな荷物を抱えた状態ではまともに戦えはしないだろう。

 そのほかにも言いたいこと思っていることは山のようにあるものの、大まかにいえばカイルの考えはそのようなものだった。


「ていうかそもそもとして、その荷物の量はなんなんだ」

「道中の野宿用の食糧が約一週間分と、下着や濡れた時のための着替え、傷薬や包帯なんかの備品に……」

「あー、わかったわかった」


 カナリアが指折り数え始めたものの、自分で聞いておきながらうんざりとした声音を隠すことなく、カイルはその発言を遮った。

 つまるところ、長旅に備えた大荷物がより一層旅を長くさせてしまう、という悪循環が発生した結果らしい。

 このままの状態での徒歩での移動は論外としても、カイルがどれだけ懇切丁寧に説明して説得を試みたところで、カイルを毛嫌いするマリシアンが納得するとは到底考えられない。

 カイルがそんな親切なことをするなんてこと自体があり得ない話なのだがそれはさておいて、コレはどうしたものかとカイルは思案した。

 その結果。


「ちょっと待ってろ。すぐ戻る」


 説明なんてしなくとも勝手に行動したほうが手っ取り早い、と判断したようだ。

 端的に指示を飛ばしたカイルは、頭上に疑問符を浮かべる一行を放置してこの場を離れる。


「なにかするおつもりですか」

「テキトーな馬車をとっ捕まえて、途中まででもいいから乗せてもらおうと思ってな」


 何故か後をついてくるフレイシスの問いに答えながら、カイルは辺りをキョロキョロと見渡す。

 王都の中と外を繋ぐ門の周辺は人々の出入りが激しく、馬車や荷車といったものも多く見受けられた。


「オマエ、目は良いか?」

「平均的かと」

「俺より良いならイイ。大人が五人乗れるような大きな荷台で、気の弱そうなヤツが操縦してる馬車を探してくれ」

「それなら、あそこに停まっているのがちょうどいいかと」

「よしきた」


 数多ある中からフレイシスが選び指さしたのは、東門から少し離れた場所で荷台の整理をしている御者と思しき人物と、五人どころか十数人が乗ってもゆとりがありそうな大きな幌馬車であった。


「よぉ、ちょっといいか?」


 早速傍へ向かい、カイルの腰ほどの背丈しかない小さな白毛の老人へと声をかける。

 ズイッと距離を詰め、努めて威圧的に上から見下ろすと、老人の身体はカイルの陰にすっぽりと収まってしまった。


「ん? お客さんかい?」

「違ぇよ、俺らは開拓者だ」


 懐から開拓者認定証ギルドカードを取り出し、老人へと見せる。


「依頼で≪ヘデラ≫って村に行きたくてな。途中まででもいいから乗せてってくんねぇかな」

「≪ヘデラ≫か。あそこは人の出入りなんてめったにない村と聞くが」

「【魔物】が出るらしくてな。俺らはソレを解決しに行くんだ」


 無造作に生え伸ばされた長い顎鬚を撫でながら、老人が悩ましげに呟く。

 顔面の傷も相まって非常に威圧感のあるカイルだったが、老人はそれに臆する様子は全くない。


「私も仕事の途中なもんでな、無料でとは言えん」

「金は持ってないが、金目になるモンならある」


 そう言ってカイルが老人の眼前に左手を差し出すと、その掌の上で突如として、黒い光がバチリと弾けた。

 稲妻のように閃光が走った刹那の後、差し出された掌には一振りの短剣が出現していた。

 刃にはビッシリと文字が刻まれており、柄の部分には青く輝く魔晶石が埋め込まれている。

 【魔物】が【魔力オド】を蓄積する器官である魔晶石は、【魔力】の貯蔵庫タンクとして重宝されるものであり、用途の幅広さとその希少性から非常に価値が高く、市場では高値で取引されている代物であった。


「これは……魔装かい?」


 カイルがクルクルと回して弄ぶ短剣を見て、老人は驚愕の表情を浮かべながら呟いた。

 魔術具や魔装といったモノは総じて、非常に高値で取引されている。

 それは、【魔術】に必要な術式そのものが高価だからであり、また、【魔物】が【魔力オド】を貯蔵する器官――魔晶石と呼ばれる特殊な石が必ず使われているからだ。

 希少価値が高い二つのモノを用いて、高い技術力でもって作製されているため、どんなに安くとも金貨十数枚は下らないといわれており、本来であればこのような場面でポンと出していい代物ではない。

 下手をすれば一つで家の一つや二つ程度を余裕で建てられるような金額のものが、あろうことかカイルは、老人の眼前でおもちゃのようにして弄んでいるのだった。


「まだ足りないというのなら、仲間が持っている食料を分けてもいい……どうだ?」

「あぁそれで手を打とう。途中まででいいのかい?」

「村まで送り届けてくれんのか?」

「道中の安全を保障してくれるのなら、構わないとも」

「そりゃ当たり前だ」


 先払いで短剣を老人へ渡し、カイルとフレイシスはアルフレッドたちの元へと戻る。


「あの人の様子から見るに、明らかに過払いな気がしますがよかったのですか」

「まー、アレは試作品だしな。組み込んだ術式も穴だらけだったからマトモに発動しないし、ただの置物でしかねぇよ」


 【魔術】が失敗という形で発動しているため、魔術具としての機能はない上くせに刃物としての性能を失って失ってしまったという、魔装どころか武具ですらないガラクタだと、カイルは言ってのける。

 であればあの短剣で金目になるような要素といえば魔晶石ぐらいなのだが、傷をつけることなく取り出すのはほとんど不可能に近く、どうにか取り出せたとしても【魔力】貯蔵庫タンクとしての性能はあまり良くないために小遣い程度が精々といったところだろうか。


「価値のないモンを価値を知らないヤツに体よく押し付けられるいい機会だった、ってワケだ」


 売りに出すこともできず持て余していたガラクタで快適な移動が出来るというのだから、損どころか得といっても過言ではないだろう。

 アルフレッドたちはカイルの指示通り、その場で待機していたらしく、カイルとフレイシスの姿を見るや否や、慌てた様子で二人へと駆け寄った。


「二人ともどこ行ってたんだい?」

「カイルさんが≪ヘデラ≫まで送ってくれる馬車を見つけてくださったんですよ」

「運賃として、食料をよこせってよ。荷物も減らせるしちょうどいいだろ」


 なに勝手に決めてんのよ、とマリシアンは憤慨した様子で吠えているものの、他二人は目を丸く見開いて驚いた。


「正規の手順を踏まないやり取りでは開拓者認定証ギルドカードの恩恵が効かないから、色々と吹っ掛けられやすいと聞いていたけれど……その程度で済んだのかい?」

「先輩から聞いた話だとかなりぼったくるらしいっすよ、王都の商人あのひとたちって」

「カイルさんが大部分を立て替えてくださったんです」

「「「えっ」」」


 先程よりも数倍さらに驚いた様子で、今度はマリシアンも揃って三人で口を半開きにする。


「カイルさん、そーゆーことは絶対しないもんだと思ってました……」

「オイゴラ。昨日のテメェらの飯代、誰が払ったと思ってんだ」

「それはアンタがあたしに向かって銃を向けるからでしょ」

「はー、どうやらもっかい撃たれたいらしいな? 今度はドタマ狙ってやろうか?」

「まぁまぁ、昨日の代金に関しては後できちんと返すよ。まずはその馬車へと向かおうじゃないか」


 人目も憚らず騒ぐ一行は共に、カイルとフレイシスが見つけた馬車へと向かう。

 こうして彼らの初めての討伐依頼が始まるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る