第六話:貪汚なる者

 今晩の拠点は無事に完成し、それぞれの役割を終えたカイルたちは就寝までの時間を、各々がやりたいことをやりたいようにして過ごしていた。

 女性二人が馬車の陰で【魔法】を使った贅沢な湯浴みをし、男三人は自分の装備の手入れを行い、御者は焚火を使って金属鍋の中身をかき混ぜている。

 フレイシスを除く三人から差し出された野菜や干し肉を刻んで投入していたところを鑑みるに、手軽な汁物スープでも作っているのだろう。

 枝を組んだ土台に吊るされたその鍋からは、様々な香草ハーブ香辛料スパイスのツンとしたきつい匂いが湯気に交じってカイルたちの鼻を掠めていく。

 嗅覚が鋭いカイルはその匂いにも敏感に反応し、風上でンな匂いのキッツいモン作ってんじゃねぇよ、と柄悪く盛大に舌打ちをするのだったが、そもそもとして焚火を用意したのは他ならぬカイルである。

 焚火を移動させることもできない以上は自分が移動するより他なく、若干の面倒臭さを感じながらもカイルは重い腰を上げて場所を移すことにした。


「……なんでついてくんだ?」

「なんとなく。深い意味はないから気にしないでくれ」


 風下から移動したはいいものの、何故か後ろから二人の青年がついてくる。

 半眼で睨まれてもニコニコとした表情は崩れることがなく、しばらくの膠着状態が続いたものの、先に折れたのはカイルの方であった。

 勝手にしろという意味を込めて鼻を鳴らしてそっぽを向き、座り込んだカイルは自分の作業へと戻る。

 派手な閃光と共に掌上に出現した武器を布でふき取り、錆や刃毀れなどがないかを入念に確認し、軽く研いでから油を塗り、それらの工程が終わると武器はまた姿を消す。


「それは【異能】なのかい?」

「そんなモンだ」

「たくさんの武器を出す異能ってことすか?」

「まぁそんな感じだな」


 カイルのおざなりな返答に思わず苦笑をこぼす二人であったが、無視をされないだけましだと思いなおす。

 掌上に異空間へとつながる『窓』を形成し、異空間に収納されているものを召喚、あるいは手に持っていたものを異空間へと収納する――それがカイルの持つ能力であった。

 剣、刀、槍、斧、杖、鎌、鎖、棍、弓、銃――様々な種類の武器、魔装などが数えきれない程に収納されている異空間を活用し、状況に応じた武器を適宜召喚して戦うのがカイルの戦闘方法スタイルだ。

 一振りで何軒もの家を建てられるような魔装や、【神暦】の時代から存在している歴史的価値のある武具などがゴロゴロと眠っているその異空間とそれを所有しているカイルは、傍目から見れば歩く宝物庫そのものである。

 次から次へと出てくる同じものなど一つとしてない数多の武器と、それらを慣れた手つきで点検していくカイルの手際に、アルフレッドとカナリアの二人は自分の武器の手入れを忘れて思わず見入ってしまう。


「……なんでコッチ見てんだ」

「興味深いなって思って。能力のことももちろんそうだけど、武器の手入れの仕方が慣れてるなーって」

「そうか? これぐらい、開拓者なら誰だってできるだろ」


 設備や道具も揃っていない現状では、本格的な手入れを行えない。

 この程度のやり方であれば、開拓者ならば出来て当然だろうとカイルは考える。

 なにせ、開拓者にとって武具は己の命に等しいものなのだ。


「そんなことはないさ。大抵の開拓者は開拓者組合ギルドと提携している鍛冶屋に修理を依頼しているらしい」

「そうなのか? その割にはオマエらの装備、随分と汚ぇみたいだが」

「うっ、直球だなぁ」

「俺たちみたいな下級の開拓者は人に頼めるほどの金銭的余裕はないっすからね。全部自分でしなくちゃなんすよ」

「結局、自分でやるんじゃねぇか」


 であればやはり、これぐらいのことであれば出来て当然なのではと思うのだが、眼前の二人を見るにそうでもないようだ。

 開拓者という職業は国家資格のようなものだというのに、このようないい加減さで果たして本当に大丈夫なのだろうか。


「いやぁ、僕たちが住んでいた村では開拓者なんていなかったし、王都に来てからはずっと三人で行動してたからそういうことを教わる相手がいなかったんだ」


 そういって恥ずかしそうに頬を掻くアルフレッドは、期待の眼差しでもってカイルを見つめていた。

 またこの展開か、とため息をついたカイルだったが、その内心は今回に限っては満更でもなかった。


「……貸してみろ」


 二人から脱いだ防具一式と武器を預かる。

 持参した道具が少ないために大したことは出来ないが、それでも素人が行う雑な手入れの仕方よりは断然ましというものだろう。

 防具の凹みや歪みを叩いて直し、ボロボロになった革を縫い合わせて補修し、金属は鑢で研いで錆を磨き落とす。

 仕上げにつや出し用の薬品クリームで磨いて油を軽く塗れば、簡易的ではあるが手入れは終了だ。

 いずれの工程もそれほど難しいものではなく、慣れてしまえばそう時間をかけずに行えるはずだ、と作業をしながらカイルは説明する。


「道具は市場で買うといい。王都なら鍛冶屋じゃなくても売ってたはずだ」


 一瞬だけ、自作のものをこの場で売ることも考えたカイルだったが、すぐに「流石にそこまでしてやる義理はないな」と思い直す。


「今やったこと全部をコマメにやっておけとは言わねぇが、それでも定期的にしておけば大分長持ちするハズだぜ」

「うーん、僕にできるかな」

「やるんだよ。オマエの盾が仲間を守るんだろ? じゃあ、武具は大切に扱うべきだ」

「そうだね、頑張ってみるよ」


 素直なアルフレッドの返事に、満足そうな顔をして頷くカイル。

 その様子を傍で見ていたカナリアには、カイルの雰囲気が普段よりもどことなく楽しげに見えた。


「あら。二人の武器、随分と綺麗になったのね」

「うおぉ、いつの間に」


 そこへ、湯浴みを終えた女性二人が身体から湯気を発生させながら姿を現した。

 自分でも思っていた以上に熱中していたらしく、近づいてくる二人の足音に一切気付かなかったことにカイルは間抜けな驚き方をする。

 湯上りの二人の毛並みはしっとりと濡れて身体の線を強調しており、布で髪を拭くその姿は傍目から見れば非常に扇情的だ。

 最も、どれほど見た目が良くても中身が面倒臭い二人なので、カイルは毛ほども興味を示さないのだが。


「え、コレ、アンタがやったの? 開拓者やめて修理屋でも開いたほうが良いんじゃない?」

「褒めてんのかソレ」


 腕を認められたこと自体は悪い気はしないものの、余計な一言のせいで素直に言葉を受け取ることができない。

 マリシアンとしては大した意味もなく口をついて出た言葉だったので、カイルの微妙な反応など気にも留めず、馴染みの三人で和気藹々としたやり取りを繰り広げる。

 隣でこうも喧しくされてしまえば集中なんて出来るはずもなく、かといってもう一度場所を移動するのも面倒であり、やる気が完全にそがれてしまったカイルは諦めて、地面に広げていた道具を仕舞い始めた。


「開拓者さんたち、簡単なものでよければ食事でもいかがかな」


 この後は何をしたものかと思案していると、焚火の元で鍋をかき混ぜていた老人が、少し離れた位置で屯ろしていたカイル達に声をかける。


「すごい匂いですけど、なんです? それ」

「私の地元で作られていた野菜と牛乳の煮込み料理シチューでね。香草ハーブがたっぷり入っていて、体も温まってぐっすり眠れるんだ」

「これから野宿だというのに、その文句はどうなの……」


 にこにこと笑みを絶やさない老人のその発言に、マリシアンが思わずといった様子でツッコミを入れた。

 それでも匂いには興味を惹かれているようで、鼻をヒクヒクと動かしながら四人は老人の元へと向かっていく。

 それに対してカイルはといえば、変わらずその場に残り、手持ちの携帯食料を取り出していた。

 香草ハーブの入った腸詰めソーセージなどはよく食べるし、香草ハーブそのものに苦手意識があるという訳ではないのだが、老人が作ったその料理はいささか度が過ぎているように思える。

 それほどまでに強いその独特な香りはカイルにとってはかなり強烈であり、加えて、見ず知らずの他人が作った料理などとても食べる気にはなれないのであった。


「いくら野宿とはいってもここはまだ街道付近だし、変に緊張し続けるよりは、温かいものを食べて心を落ち着けて、明日以降に備えておいた方がいいと思ってね」


 安全が保障されている街道付近だからこそ、カイルたちは野宿にこの場を選んだわけであり、それを踏まえれば老人の発言には確かに一理あるように思える。

 他の者も同じ考えに至ったようで、四人は老人から煮込み料理シチューをよそった器を受け取ると、匂いに顔を顰めながらも、ちびりと口に含んだ。


「あ、おいしい」

「アンタは食べないの? このヒトがせっかく作ってくれたのに」

「いらねー」


 カイルが鼻をツンツンと爪でつつきながら返答すると、マリシアンは納得したかのように頭を軽く揺らす。

 一瞬だけわざとらしく憐みの眼差しを向けてきたのが目に付いたものの、反応をするのも相手の思うつぼのように感じ、カイルはみなかったことにした。

 しかし、カイルの嗅覚について知らない老人は、匂いからくる偏見だけで食わず嫌いをしているとでも判断したのか、なおも手招きをするのだった。


「君もこっちへきて、一緒にどうだい?」

「いらねーって」


 麺麭パンを浸しながら美味しそうに料理へかぶりつく四人を他所に、一人寂しく硬い干し肉を齧るカイルの元へ、煮込み料理シチューをたっぷりとよそった器を持つ老人が近づいてくる。


「匂いは確かに独特かもしれないけれど、慣れればやみつきになること間違いなしだよ」

「だからいらねーってんだろ」


 ズズイと顔前までよせられると、いかに器一杯分程度の量と言えどもその臭いは相当なものとなる。

 ウッ、と顔を顰めて思わず鼻を両手で覆い隠そうとしたその瞬間、強い香草ハーブの臭いに交じってほんの少しではあるものの、およそ料理には似つかわしくないなその臭いをカイルの鼻が捉えた。

 極至近距離でないと気付くことができなかったほどに、明確な意図をもって隠されたであろうその存在に、カイルの顔は緊張が強張る。


「商人さん、やめといたほうがいいっすよ。その人、結構がん――――」

「オマエら食うなッ!!」


 ニコニコとした笑みを顔面に貼り付けている老人を突き飛ばし、その体を踏みつけながらカイルは鋭く吠える。

 何事かとビクリと肩を跳ねさせるアルフレッドたち三人と、カイルに力強く踏みつけられている老人は、似て非なる感情でもって困惑した表情を浮かべた。

 三人は突然のカイルの声と行動による純粋な驚愕、老人の方は何故分かったのかとでも言いたげな驚き方である。


「その料理を今すぐ捨てろ! 鍋ん中のも全部!」

「ちょ、カイル!? 何してるんだい!?」

「そん中に毒が入ってる、キッツイニオイは毒のニオイを誤魔化すためのもんだ!!」


 ギョッとした顔で三人が手に持つ器の中身を見るも、真に迫るカイルの様子から本当のことだと判断したのか、すぐさま器を捨て、同時にアルフレッドは鍋を蹴飛ばして中身をぶちまける。


「なにしてんの、アンタも早く捨てなさい!」

「あ、私の煮込み料理シチューが」


 フレイシスだけが空気を読まずに食事を続けており、見かねたマリシアンが器をバシンとはたき落とした。


「い、いた……開拓者が民間人に暴力を振るっていいと思っているのかね!?」

「るせぇな。余計な口は叩くな」


 バチバチとカイルの手の中で黒い稲妻が爆ぜ、一振りの武骨な長剣が姿を現す。

 丁寧に磨き上げられたその刀身に映る己の姿と目が合った老人は、ヒッと息を呑んで押し黙った。

 周囲は完全なる沈黙に包まれ、焚火の火の粉が爆ぜる微かな音のみが絶えず辺りに響き渡っている。


「聞かれたコトだけに答えろ。それ以外のコトを喋ったら殺す」

「そ――」


 何かを言いかけた老人の顔のすぐ真横をめがけて剣が無造作に振り下ろされ、恐怖ですっかり垂れた耳を僅かに霞めた長剣がザシュッという音を当てて地面に突き刺さる。


「こちとら人殺しに躊躇するような甘っちょろい人生は歩んでねぇんだ。次はねぇぞ」


 返事をしようとして一瞬だけ開きかけた口をすぐさま閉じ、老人は頭を激しく縦に振って肯定の意を示した。


「カイル、いくらなんでも人殺しは……」

「オマエ……毒盛られた側っていう自覚あんのか?」


 被害者であるにもかかわらずカイルの行動を制止しようとするアルフレッドの言葉に、カイルは心底呆れたような視線を向ける。

 カイルとて、別に本当に殺すつもりという訳ではない。

 ただの旅人であった少し前までであればまだしも、今は開拓者というれっきとした身分を持ってしまっている身であり、そうおいそれと人殺しをしてしまっては自分が処刑されかねない。

 指名手配や討伐対象となっているような犯罪者や盗賊などを相手にする場合はその限りではないにしても、基本、殺しというのはどんな理由があれども殺した方が悪いのだ。


「目的はなんだ」

「か、金です。貴方が沢山の魔装を持っていたようなので……」


 今朝の馬車での発言、先程の武具の手入れを思い返し、カイルは思わず空いた手で頭を覆ってしまう。

 この老人を連れてきたのが自分であるという点も含め、現状を招いたのは己の不用心さと不注意が原因であったからだ。

 その後もいくつかの問答を繰り返して話を聞いてみるに、どうやらこの老人は過去に何度か、開拓者を対象にこのようなことをしていたらしく、今回が初めてではないようだった。

 開拓者という職業は基本的に死と隣り合わせであり、殺してしまったところで遺体を捨てて知らぬ存ぜぬを突き通せば、その行方を詳しく調べようとする者は殆どいない。

 そう思ってのことなのだろうが、この程度の毒であれば少し知識があれば簡単に気付けるだろうし、そうでなくても【魔法】などで解毒するのは容易なはずである。

 いってしまえば【魔法】の専門家スペシャリストたる開拓者を相手に、よくもこれまで無事で済んだものだと、話を聞き終えたその場の全員が同じ感想を抱く。


「解毒剤は見つかったか?」


 聞きたいことをあらかた聞き終え、用なしとなった老人は身ぐるみを剥がされて鎖でギチギチに縛り上げられた状態に地面で転がされていた。

 何かしらの【異能】や【魔法】を行使できる可能性があるため、完全に目を離すことはできないものの、とりあえずの現状はこの状態で問題ないだろうと判断されたのだ。

 今は全員で馬車や剥いだ老人の衣服から、解毒剤を探している最中であった。


「それらしいのは見つかったけれど……これはたぶん、一人分しかないだろうね」

「まあそだろうな」


 使われた毒自体はそう珍しいものではなく、端的にいえば市場でも出回っている睡眠薬の類である。

 何かに混ぜて飲んだ程度であれば余程の量でもない限りは死に至ることはないものの、解毒剤があればそれに越したことはない。

 そう思い全員で探していたのだが、当たり前というべきか、見つけられたのは小瓶一つ分――つまりは一人分だけであった。


「オマエらがどんだけ飲んだのかは知らねぇが、まぁ、どんなに長くても半日ほどぐっすり眠る程度だろうし、大丈夫だろ」

「随分と他人事だね……」

「実際他人事だしなぁ。赤の他人を簡単に信用するからこうなるんだよ」


 老人を見つけて連れてきたのは自分自身であることを棚に上げて、カイルは肩を落とすアルフレッドを鼻で笑う。

 仮に万が一があったとしても、最悪、依頼を中断して王都まで戻ればいいだけの話であり、御者を脅しながら一晩中馬車を走らせれば、十分なんとかなるだろう。

 依頼失敗による罰則金と治療費という手痛い出費はあるものの、そればっかりは己の不注意さが招いた結果の自己責任と割り切ってもらうより他はない。


「すみません、私が補助師として未熟なばかりに」


 補助師として開拓者組合ギルドに登録されているフレイシスではあるものの、新米である彼女には解毒の【魔法】はまだ扱えないのだという。

 とはいっても補助師としては最低限の条件である治癒の【魔法】は習得しているため、もしもの非常時に治療できる要因として、フレイシスが解毒剤を服用することとなった。


「今晩は私たちに任せてください」

「本当に不甲斐ない限りだよ。でも、君たちになら安心して任せられる」

「言った傍からオマエは……まぁ、寝不足だったみてぇだし、ある意味丁度いいんじゃねぇの?」


 他愛ないやり取りを交わし、カイルとフレイシスは天幕テントへと入っていく三人を見送る。

 そして、今晩は長くなりそうだ、とカイルは内心でそう思い、満天の星空を見上げるのだった。

 夜はまだまだ始まったばかりだ。

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