第28話 ★世界樹の種子
「悪いけどレイヴン以外は外に出てもらうよ。当然マグノリアもね」
場の流れに身を任せていると、なんだかんだで旅団との交渉が成立した。アイビスからの指名が入り、程なくして私以外の人員をこの場から撤退させることになった。
「うにゅ、あと五分……」
しかし、身体を揺すってもマオちゃんは中々昼寝から目覚めない。ベタな寝言を呟くあたり意地でも動かないつもりらしい。
「ほら、起きてよマオちゃん」
「ふにゃあ」
仕方が無いので頬を
「……まだねむい」
それは見れば分かるよ。というか、あの状況下でよく寝れたね。こっちは不思議で仕方ないよ。
「……んしょっと」
マオちゃんはあくび混じりに身体を起こすと大きな口を開けて背伸びをした。日向ぼっこする猫みたいで癒されるけど……あまりにもマイペース過ぎて今後の任務がちょっと心配になってきたかな。
「ほら、行くわよ」
「うん」
ハイネが手を引いて促すとマオちゃんは素直に言うことを聞いてくれたので楽だった。
「……じゃあ、またね。アイビスお姉ちゃん」
「うん。マオも元気でね」
どういう訳かマオちゃんは本物のアイビスを見てもまったく驚く様子がなかった。もしかして何かしらの方法でアイビスの登場を察知していたのだろうか。
「……アンタとの《約束》は一応は守ったからね」
「うん。ありがとうハイネ」
「……ふん。これで貸し借りは無しだから」
「うん。それでも、ありがとう」
「……どーいたしまして」
どこか気恥ずかしそうにハイネは顔を背けるとマオちゃんを引き連れてこの場を後にしようとする。
「あー……一応は釘刺すけど、ちゃんと帰ってきなさいよ。まぁ、『そっち側』に着いていきたいって言うならあたしは止めないけど」
止めないけど次からは敵になることだけは覚えておいて、ハイネは私に暗にそう忠告しているのだろう。
「うん。必ず帰るって約束する」
「そう」
ハイネは一瞬だけホッとした表情を浮かべると今度こそ背を向けた。そして、残されたドローンが一言だけアイビスに質問を投げかける。
『……この施設に何かあるのか?』
「あるよ。世間に公表されるとまずい厄介な物がね」
『お前、まさか──』
ヒュン、と。風を切る音。
ハンドラーマグノリアが何かを言い出す前に真紅の人影が跳躍し、浮遊している戦術ドローンを氷刃の一振りで地面へと切り落とした。
『……くっ、やってくれたね糞餓鬼っ!』
「どう? これで少しは《本体》にダメージが入ったかな?」
地面に叩き付けられたドローンを見下ろすアイビスの眼差しは酷く意地悪で、普段のドSぶりが遺憾なく発揮されていた。そんなんだから糞餓鬼って呼ばれるんだよ。
『はん、飼い犬に手を噛まれるのは久しぶりだね……やれやれ、ここは糞餓鬼の顔を立てて大人しく引いてやるよ。じゃあな』
チリチリと、因縁と悪態の火花を散らすドローンはその通信を最後に機能を停止した。
「じゃあ、行こうか“レイヴン”」
邪魔者を排除して、二人きりになってもレイヴン呼びをやめない。アイビスは私の顔を見ようともしない。
それは私に対する一つの『牽制』なのだろう。公私混同はしない。敵と味方の区別はハッキリと。もう今まで通りの関係には戻れないと。
他人行儀とは何かが違う異質な居心地の悪さ。
私はその雰囲気に言いようの無い不安を募らせていた。胸の内がモヤモヤとしていて酷く気分が優れない。
「……うん」
それでも私はアイビスの背中を追いかける。それ以外に選択肢がないから。
選べないなら黙って従えばいい。そうすれば傷付かずに済むから。
「ねえ、レイヴン」
移動の最中で投げられたその問い掛けはあの時に交わした私とアイビスの初めての会話と似ている気がした。
「どうして戻って来たの?」
何も変わっていない耳心地の良い声音。ずっと聞きたかった声。ずっと隣で話しかけて欲しい声。私だけに向けて欲しい声。
「それは……」
私には、彼女に伝えられる明確な解答がない。だから、私は──
「……アイビスに会いたかったから」
飾らない本心を伝える。それが今、私に出来る精一杯の答えだ。
「……そっか」
あまり興味がなさそうな素っ気ない返事。
「ボクはキミに戻って来て欲しくなかったかな」
淡々と感想を述べるだけ。背中を追いかけるだけじゃ顔は見えない。顔を見なければ本心なんて分からない。隣に並んで歩かなければ対等な関係とは言えない。
「それはどうして?」
隣に並んでやっと向き合えたと思った。なのに、アイビスは私の方を見ないままだった。
「ねぇ、レイヴン」
長い前髪でその表情を
「ボクが──『人殺ししか能のない猟犬』が“守るべき大切な人”を作る意味ってあったのかな?」
彼女の自虐的な問いに対して私は即答することが出来なかった。答えを導き出すための材料が足りなさすぎるから。学のない頭の悪い私はただ黙ってアイビスの声に耳を傾けることしか出来ないのだ。
「怖いんだ。これ以上何かを失うことが」
だから私は、ただアイビスの言葉を待つことしかできない。それがどんなに残酷な答えだとしても。
「きっとボクはキミと出会って弱くなってしまったんだ。あの敗北を知ってさらに弱くなったボクにこれ以上の『重荷』を背負わせないで」
それはあの作戦で初めて敗北を味わったアイビスが吐いた弱音の様なものだった。
私は、アイビスの弱い部分を知らない。
私が知っている彼女の内面はほんの一部でしかないから。
私の目線で見ればアイビスはいつも自信満々で、やることなす事が全て上手くいっていた完全無欠の英雄の様な存在だ。
不良品の私は、彼女の抱える苦しみを知らない。
私は、アイビスの心の奥底を理解できない。
だから──私はもっと体当たりする。
「ボクのことはもう忘れて」
そんな悲しそうな顔をしないでよ。私は貴女に笑っていて欲しいんだから。
「嫌だよ」
優柔不断な私だって拒絶する時はちゃんと拒絶する。
声に出して。ハッキリと。
「私、まだアイビスに何も返せてない」
辿り着いた先は人類が足を踏み入れてはならない聖なる領域。この施設の真の意味での最深部であり地中深くにある《世界の裏側》だった。
「見てごらん」
辺りを見回せば壁一面に散りばめられた虹色の結晶。アイビスの視線の先にあるのは地球のエネルギーを蓄えた生命の泉だった。その泉の周辺には闇夜に舞う蛍の様な淡い緑色の光があった。光の粒子が宙を漂い一つの大きな柱を形成している。
「……これが世界樹から生じた可能性の種子【SEED】だよ」
私はこの光の粒子を知っている。色こそ違うけど本質はきっとあの《光の翼》と同じはずだ。
「有り体に言うとこの粒子はボク達の体内に滞留している【
「綺麗……」
私が感嘆の声を漏らすとアイビスは薄く笑みを浮かべた。その笑みからは達成感に近い感情を読み取れた。
「でもね、この粒子は未来の可能性であると同時に《戦火の火種》でもあるんだ」
それは裏を返せば有用な資源物資を巡って争う新たな闘争の始まりを意味していた。
「世界樹の目的は人類の宇宙進出である
「……ごめんアイビス。私、割とバカだからさ、今の説明だとアイビスが命をかけて戦う理由が分からないんだよね」
「この粒子が地球上から無くなると世界が滅ぶって言えば信じる?」
「……そんな、SFみたいな話を急に言われてもね」
「ふふ、そうだね。ボクもそう思うよ。でも事実なんだ。この粒子は星の命そのもの。この粒子が枯渇すると星が滅ぶ。人類の存亡を決める【
星の命。人類の存亡。どれも大きくて、重くて、私にはとても実感できない。
「私にこれを見せて、その事実を話してどうするの?」
「……説得かな。ボクのことは諦めて」
「さっきも言ったよね。嫌だって」
「分からず屋」
「どっちがよ」
気が付けば私とアイビスは武器を構えていた。
別に殺し合いをする訳じゃない。
これは一つの対話であり手段だ。
あの日、【
道を違えた今の私たちにはそれが必要だ。
「ねぇ、覚えてる? 初めて模擬戦した日のこと」
「忘れる訳がないよ」
「自分の勝率どれくらいか知ってる?」
「一度も勝ててないってことだけは知ってる」
だからこそ、私は今日初めてアイビスに勝たなければならない。私の想いを伝えるために。
「ていうかさ、いい加減私のことちゃんと見てよアイビス。もしかしてビビってるの?」
今になってようやくモヤモヤの正体が分かった。
あの時と一緒だ。私、アイビスに怒ってるんだ。
──不安とか悩みくらい、気軽に『相棒の私』に相談してよ! 馬鹿アイビス!
「まさか、そんな安い挑発でボクが油断すると思ってるの?」
「挑発じゃないよ。事実を言ってるだけだから」
「ふうん。少し見ない間に随分と生意気になったね。一体誰に似たんだか」
「たぶんだけど、私が知っている中で最高にカッコいい子だよ。言っておくけどめちゃくちゃ美少女だから!」
「このタイミングで予想外の方向から心理攻撃しないでよ!」
赤面したアイビスの顔がしっかりと私の目を捉えている。
「えへ、やっと私を見たね。じゃあ、始めるよ」
距離を取り互いに頷き合ったのを合図に私とアイビスの戦闘が始まった。
「行くよレイヴン!」
「勝負だよアイビス!」
一発の銃声を開幕の引き金にして私とアイビスは同時に大地を蹴った。
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