第27話 ★不名誉の旅団

 アイビスの毒に侵されたRD8号の身体は焼け落ちる炭の様にボロボロと崩壊していった。


「おやすみRDラタトスク・ドールシリーズの8人目。冥界の女王によろしくね」


 アイビスと再会する場所は戦場のど真ん中だろうとは思っていた。


 それが一番自然な形だと思っていたし、それが一番私たちに相応しいとも思っていた。


 でも渇望していたアイビスとの再会は思っていたよりもあまり感動的ではなかった。


 私たちの間には他人という水が多く入り込んでいた。


『……どうやら今度は正真正銘『本物』の糞餓鬼アイビスみたいだね』


 突然過ぎるアイビス本人の登場に私は感情がぐちゃぐちゃになっていた。そんな私を置き去りにして状況は目まぐるしく変化する。


「いやはや、またお会いしましたね。麗しいお嬢さん方。どうやら私はまたパーティーに間に合わなかった様ですね」


 聞き覚えのある声に視線を向けると何もない空間から見覚えのある人影シルエットが姿を現した。不気味な髑髏の仮面と燕尾服が私の脳内から苦い敗北の記憶を呼び起こす。


 劇場の怪人ファントム。私とハイネに苦い敗北を与えた存在。


『なるほど、お前が報告にあった【認識阻害】を使う独立傭兵か』


 ハンドラーマグノリアはオープンチャットを使用して神出鬼没の怪人を相手に対話を試みる。


『状況から察するに、お前の認識阻害は自身のみならず他人にまで効果を付与できるみたいだな。旅団の人員が少な過ぎるとは思っていたけど、まさかこんな《手品》で隠れていたなんてね』

「ご機嫌ようハンドラーマグノリア。【死神部隊】の武勇伝は私も聞き及んでおりますよ。流石は【蒼華の魔女ブルーマグノリア】の異名を持つだけのことはありますね。素晴らしい知略と采配でした」

『はん。そりゃどうも』

「いやはや、のか是非とも御教授願いたいですね」

『……敵に教えてやる義理はないね』

「おや、これは手厳しい」


 死神部隊とは一体何のことだろう? ハンドラーマグノリアとファントムが話している内容に私は全くついていけない。だけど、そんなことは今はどうでもよかった。


 私は今すぐにでもアイビスの胸に飛び込みたい気持ちだった。


「アイビス──」


 だけど、それは『今の相棒』によって「待った」をかけられた。



「はいはいステイ。大型犬じゃないんだから尻尾振って飛びつくのはやめなさい。まぁ、気持ちは分かるけど」


 冷静に状況を分析すればアイビス達が味方でない事は明白だった。


「助けてくれたのは感謝するけど……でもね、あたし達のことをのは良い気分じゃないわね。流石にさ」


 ハイネの言う通りだ。加勢するならもっと早いタイミングで出てきても良かったはずだ。この状況は私たちが消耗するのを待っていたとしか思えない。


 第三勢力である相手の立場を考えれば一番の理想は共倒れ。客観視すれば連戦で疲弊している私たちは旅団にとって格好の餌食だろう。


『こっちの作戦内容が【自由兵団フリーカンパニー】に筒抜けだったのはあの『銭ゲバ猫親父』の仕業だとしてだ。まさか、お前たちが旅団に加入しているなんてね。これは流石にアタシでも読めなかったよ』


 飼い主の鞍替え。それは明確な裏切りであり組織との決別の証明でもある。


『この状況で感動の再会なんて甘っちょらい事を考えてるのはそこのアホガラスだけさね。単刀直入に話をしようじゃないか。お前らの《飼い主》は何の目的でこの施設を襲撃したんだ?』


 ハンドラーマグノリアの問い掛けに答えたのは予想外の人物だった。


「私たちの目的は世界樹を含めた武装勢力の壊滅よ。女神の天秤アストライアのヌルいやり方では到底成し得ない事をやるの。そう、新たに編成された【不名誉の旅団アンサング・ブリケード】の主戦力【頂点捕食者オルカ】である私たちがね」


 声と共に見覚えのある銀髪と冷たい色の碧眼がアイビスの隣に姿を現した。


 それはあの作戦で殉職ロストしたと思われていた最強の猟犬である彼女の姿だった。


『糞餓鬼といいお前まで生き残ってたのかい。久しぶりだねカイト。いや、この場合は元カイトというべきか』

「今でもカイトの名前は使わせてもらってるわ。不本意だけど『最強の猟犬』という肩書きは売名には丁度いいから」

『そうかい。生きていた事を喜んでやりたいが、生憎と《裏切り者》に情けをかけてやるほどアタシはお人好しじゃないんだ。一度しか言わない、今すぐ投降しな』

「どうやら指揮官ハンドラーの癖に状況を理解できていないみたいね。主導権がこちらにある事を教えてあげるわ」


 カイトはこれ見よがしに自分の首に【首輪】がない事をアピールする。


「窮屈な《枷》はもうないの。私もアイビスも」


 カイトの背中から真紅の色彩を放つ光の翼が広がる。使用制限リミッターが外れた能力の行使。それは彼女が持ち得る最大出力が解き放たれる瞬間である。


「歌いなさい【戦乙女の凱歌シグルドリーヴァ】! 英傑の一太刀ブレイブスラッシュ!」


 大型の銃剣ガンブレードから放たれる一振りの衝撃波は、いとも容易くヘカトンケイルの残骸を圧壊させた。


 その一撃は自分が狩られる側だという事を理解するには十分過ぎる破壊力だった。


『……お前、いやお前たち、どうやって【首輪】を外した?』

「答える義理はないよマグノリア。ボクたちは飼われるだけの猟犬を辞めた。ただそれだけだ」


 まるで「晴れて自由の身になったから腹いせに飼い主の手を噛みに来てやった」と言わんばかりの意地悪な顔だった。どうやら悲しいことにアイビスの腹黒具合は今でも現在らしい。


『はん。人生の先輩から一つだけ良い事を教えてやるよ糞餓鬼。飼い犬はな、野に放たれても狼にはなれないんだよ。決してな』

「ふうん。それは自分の体験談かな?」

『……相変わらずの糞餓鬼ぶりで安心したよ。分かった、交渉の時間といこうじゃないか』


 あくまでも立場は対等であるとハンドラーマグノリアは交渉のテーブルをこの場に設けた。


『この際だ、裏切りに関しては目をつむってやる。だから、コイツらを見逃してやってくれ』


 ハンドラーマグノリアの意外な提案に私は驚きを隠せなかった。てっきりこの場で全員始末すると言い出すものとばかり思っていた。まぁ、そんな事は100%無理だろうけど。


「良い判断ね。それで、貴方達がは何かしら?」


 カイトは私に視線を向けるとゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。そして、私の眼をじっと見つめると胸ぐらを掴んでこう言ったのだ。


「一番使えなさそうなこの雑種は殺処分しても問題ないわよね?」

「な──」


 私は言葉を詰まらせる。ああ、やっぱりだ。私は今でもカイトに恨まれているんだ。


「この雑種が足を引っ張ったせいであの惨劇が起きたのよ。殺さないにしても見せしめに手足の一、二本は切り落としても良いわよね? 駄犬には然るべき躾をして身の程を教えてあげないと」


 そう言ってカイトが銃剣を振り上げると、三方向から強烈過ぎるほどの殺意を内包した眼光が一点に突き刺さる。


「それは困りますね。私は彩葉さんとは五体満足で再戦したいんですよ」

「ねえ、シルバ。アンタっていつからそんなにイキれるほど偉くなったの?」

「カイト、二度は言わないよ。今すぐレイヴンから離れて」


 視線を向けてられない私ですらも寒気がするほどの殺気。もしもカイトが凶行に及んでいたら三人はどうするつもりだったのだろう。


「でも、アイビス。コイツのせいで──」

「ボクに殺されたいの?」

「…………っ!?」


 一際暗い感情が乗っているアイビスの声音と視線。カイトは深いため息をつくと、ゆっくりと私の胸ぐらから手を離した。


「……私は先に戻って脱出経路を確保するわ。まだ稼働している自律兵器もいるでしょうし」

「うん。頼んだよ団長リーダー


 出口に向かうカイトの背中を見送るとファントムがポツリと呟いた。


「ふむ。雇われの身である私が団長の人選に口を挟む気はありませんが……なんというか、先行きが思いやられますね」

「ファントム」

「これは失礼。どう見ても能力的に貴女の方が適任だと思うのですが」

「ボクにリーダーは務まらないよ」

「クク、貴女がそう言うなら、そういう事にしておきますよ」


 ファントムは可笑しそうに笑うとアイビスの隣へと並び立った。


「さて、私から一つ提案があります。打算的な交渉で解決するよりもシンプルに代表者による決闘をもって決着とするのはいかがでしょう?」


 代表者による一騎討ち。ファントムの提案はある意味で窮地に立たされている私たちにとっては救いの手にも思える。提案者があの怪人の時点で裏があるとしか思えないけど。


「へぇ……それで、誰が来るの? まさかアンタじゃないわよね?」


 ファントムには色々と思う所(主に殺されかけた恨み)があるであろうハイネ。そんなハイネの挑発的な物言いにファントムは首を横に振る。そして、予想外な事実を言い放った。


「お恥ずかしいことですが……実を申し上げると、私も私で能力の長時間使用でまともに動ける状態ではないんですよ。それに、こちらの陣営はあの機動兵器に対する有効打に欠けていましたからね。この提案は他力本願に対するせめてものお詫びです」


 おどける様にファントムは言う。先のカイトの一撃も痩せ我慢のパフォーマンスだと。


「お詫び、ね。それ、こっちの状況見て言ってるの? ご覧の通りあたしらめちゃくちゃ怪我してるんだけど?」

「そうですね。ではこうしましょう」


 ファントムは困ったようにため息を吐くと、パチンと指を鳴らした。すると、どこからともなく見知らぬ人物の影が姿を現した。


 その人物は長い前髪で片目が隠れている修道女シスターの様な装いの少女だった。


慈愛の瑠璃石ラピスラズリ。御二方の手当てをお願いします。よろしいですよね? アイビスさん?」

「うん。怪我の治療に関してはボクは何も言わないよ」


 アイビスは素直にファントムの提案を受け入れた。怪我の治療。それはつまり私たちと敵対する意思は無いと見ていいのだろうか?


「ひ、久しぶりです。ハイネさん」

「……誰?」

「あう、ルリです」

「えっ? ルリ? 嘘!? アンタいつの間にそんなに大きくなったの?」

「あう、ルリももう十二歳なんだけどなぁ……」


 どうやらラピスラズリと呼ばれる少女はハイネと知り合いらしい。なんだろう、ちょっとだけ疎外感がある。


 というか、十二歳であのけしからん乳をお持ちとはどういう事だ。ハイネと並ぶと何とも言えない迫力がある。けしからん。ほんとうにけしか──ふぁっ、殺気!?


 出所の分からない殺気を探ると何故かアイビスと目があった。なんでだろう。


「ハイネさん。実を言うとルリは能力で人体の治療もできるんです」

「え? そうなの?」

「はい。ルリも最近になって自分の能力の正しい使い方が分かりました」


 ラピスラズリという少女は恥ずかしそうにモジモジしながらも言葉を続ける。


「ルリは『廃棄ナンバー』だから『堕天使の化身ルシフェル』の先輩達と一緒に戦うことはできませんけど……」


 そう言ってラピスラズリは恥ずかしそうに顔を赤らめるが、私たちには彼女が何を言いたいのか理解できなかった。そして数秒後──その言葉の意味を私たちは思い知ることになる。


「でも、ルリは自分にしか出来ない事を一生懸命やります。お二人ともルリの近くに来てください」


 少女の手から伝わるその温もりは慈愛に満ちた優しい光から発せられたものだった。


「め、【豊穣の蒼葉メーテルリンク】。急速成長クイックグロウ!」


 ラピスラズリの持つ癒やしの光は瞬く間にハイネと私の傷を癒した。


「傷が治っていく……」

「へえ、やるじゃないルリ」


 直視するのもためらうほどグチャグチャに抉れていた傷口が無くなり私は驚愕の声を漏らした。

 正直言ってこんな魔法みたいな現象はカナリアにしか出来ないと思っていた。まさか、他にも治癒能力を持った強化人種がいるなんて。


「ありがとルリ……って! なんかアンタの髪の毛が異様に伸びてるんだけど!?」

「あ、安心してください。これは能力の反動でルリの身体が成長しているだけですから」

「いや、それ大丈夫じゃないやつでしょ!」


 よく見るとラピスラズリの爪もネイルアートの付け爪と見間違えるくらい伸びていた。


「あう、豊穣の蒼葉メーテルリンクは対象の成長と新陳代謝を促進させる能力ですから……ルリは大丈夫ですよ」


 どうやらラピスラズリの能力は反動で自身の新陳代謝まで上昇させるらしい。彼女の容姿と実年齢が噛み合わないあたりおそらく身体の成長すらも加速させているのだろう。


 それは継続的に使用すれば自身の寿命を縮める行為に繋がる危険性もある。間違いなく安易に使用していい能力ではない。


「…………」


 危険性を知った上で彼女はこの能力を行使しているのだろうか。


 もしも良いように利用されているだけなら私は──


「ふむ、随分と険しい顔をしますね彩羽さん。一応断りを入れさてもらいますが、私も含めて団員は彼女に能力の行使を強要しませんよ。まぁ、胡散臭いのは否定しませんが」


 ファントムはラピスラズリの肩を抱くと「ご苦労様でした」と労いの言葉をかけた。そして、その視線は再び私たちに向けられた。


「さて、感動の再会をこれ以上邪魔するのも野暮ですし、私たちは『結果報告』を外で待ちましょうか。アイビスさん、くれぐれも任務に『私情』を挟まないようお願いしますよ」

「分かってるよ」

「あう……サクラさ──こほん。アイビスさん……頑張ってください」


 そして、二人は私の視界から姿を消した。


「……じゃあ、レイヴン。ボクに着いて来て」


 アイビスは言う。私の顔を一切見ずに。


「君に見せたい物があるんだ」

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