第26話 ★黒と灰

 それは突入前にハイネから説明された彼女の持つ異能力の性質だった。


「よく見てて」


 ハイネの指先が水溜まりの水面に触れると、まるで大地震でも起きたかの様な激しい水の波紋が指先を中心にグラグラと広がっていく。本人が言うにはこれでも出力を極限まで抑えているらしい。


「あたしの能力は《超振動》。ナイフや脚周りに振動を付与して破壊力を向上させたり自分の心臓の心拍数を能力で無理矢理加速させて身体能力を高めるってのが主な使い方ね」


 聞いた感じでは使い勝手の良い能力に感じる。しかし、それではハイネが能力を使うのを控える理由がない。


「まぁ、有り体に言うとあたしの能力は《自爆技》なのよ。使った分だけ自分自身にも超振動のダメージが返ってくるってわけ」


 強い力には何かしらの代償が付きまとう。アイビスの《切り札》と同じ様に、ハイネもまた自身の命を削る諸刃の剣を抱えていた。


「まぁ、そんな使い勝手の悪い能力だから失敗作のレッテルを貼られて廃棄処分される予定だったんだけど……あの子が助けてくれたんだよね」

「あの子?」

「アイビスよ」


 私の疑問にハイネが答える。昔を懐かしむ様に遠くの景色を見詰めて。


「廃棄処分される予定だったあたしを助けてくれたのがアイビスだった。あの子はあたしと全く同じ境遇だったのに、自分の立場を理解した上で『自由に生きていい』って言ってくれたんだ」


 当時の事を思い出しているのだろう。その声色からは感謝と喜びが読み取れる。


「だから、あたしはアイビスが心を許したアンタを、彩羽を信じる。だからアンタもあたしに変な遠慮なんてしないでガンガン援護射撃しなさいよね。味方撃ちフレンドリーファイアも一発くらいまでなら許してあげなくもないわよ?」

「……うん、分かった。ありがとうハイネ」


 私たちは拳を突き合わせる。共に戦う仲間として。背中を預ける戦友として。


 私たちは負けない。


『やれるか? なんて訊ける状況じゃないね。やるしかないね。やらなければ死ぬだけだ』


 ハンドラーマグノリアが私たちに命令を下す。シンプルに。だが、その命令は何よりも分かりやすく。


『二人で勝ってこい。まだ死にたくないだろ?』


 この作戦の終わりが見え始める。後はボスを倒して脱出するだけだ。


「ふん。前座がいるとか、まんまダンジョンのボスじゃない」


 ハイネの顔に疲労の色が見え始める。額からは汗が流れ落ち、身体を支える両脚もガクガクと震えている。


 一度でも能力を行使すれば《反動》が来るのは周知の事実。これ以上の長期戦はハイネの命に関わる。


「最初から全力で行くよシグネット」

「背中は預けるからね相棒バディ


 私とハイネは武器を構えてRD8号と向き合う。


「グルルゥゥ……」


 一方、RD8号は異形の身体に慣れていないのか、身体のバランス感覚が掴めないらしく、しきりに身体を動かしている。まるで新しい玩具を与えられた子どもの様に嬉しそうに機械腕を振り回していた。


 その隙に私はアイコンタクトで突撃の合図をハイネに送る。


「Now!(今よ!)」


 ハイネの突撃に合わせて私は異形の兵士に銃口を向ける。


「外さない!」


 発射された弾丸はハイネの身体をすり抜けRD8号の頭部に直撃する。しかし、その強靭な外皮の前にはあまりダメージを与えられていない様子だった。


 44マグナム弾が通らない。生物としては規格外の耐久力だ。


「バカみたいに硬いわね。でも、動きは鈍った!」


 私たちは相手の機動力が低下した隙に接近戦に持ち込む作戦を取る。私は脚周りの関節部を狙い、ハイネは身体機能を最大出力で稼働させ異形の兵士に向かって斬りかかる。


「グルルゥゥ……グガァアアア!」


 機械化された右腕は飾りなのかRD8号は左腕の鉤爪でハイネに応戦する。しかし、その大振りすぎる刺突は容易に回避できる。どうやら大きく肥大した筋肉と体躯が戦闘のスピードにまったくついていけていない様子だった。


「遅いのよ、トカゲもどき!」


 ハイネは《超振動》によって強化されたナイフで鉤爪を受け流し懐に潜り込む。そして、がら空きになった異形の兵士の左腕に向かって渾身の一太刀を放った。


「左腕、もらった!」


 一閃。超振動によって強化された高周波ナイフが丸太の様に太い腕を切り落とす。


「ギャァァア!?」


 大量の血潮を撒き散らしながら転がるトカゲの腕。甲高い悲鳴をあげて痛みに悶えるRD8号。あの様子ならすぐに戦闘不能になるだろう。


 そう思っていたけど──


『ところがギッチョン。再生するんだよねーこれがさ』


 ラタトスクの言葉と共に切り落とされた腕部に異変が生じる。


 ──何? 身体が赤く発光している!?


 RD8号の腕は切り落とされた直後だと言うのに凄まじい速度で再生していく。筋肉繊維、血管、神経が高速で再構築されていく様子が見て取れた。


「うえ!? 何あれ気持ち悪っ!」


 生々しい再生の様子にハイネが嫌悪感から吐き気を催していた。私もそのグロデスクな光景に言葉を失うしかなかった。


 そして──


『あー、やっぱオレがお手伝いしないと駄目か。8号くんはオツムまで化け物になっちまったからな。ほら、手助けしてあげるからちゃんと働けよ?』


 鋭い眼光が私の方に向き直る。


『やっぱ戦いは弱い奴から殺さないとだよなぁ! ギャハハ!』


 粗暴な足音。轟音を撒き散らすチェーンソーの凶刃が私に迫ってくる。


 ──ほら、やっぱりだ。真っ先に私を狙う。


 前衛を無視して後方支援を狙う。私は差し詰めRPGにおける魔法使いポジション。こんなワンパターンな展開は今までにも飽きるくらい経験している。


 私は裏方で囮役。舞台の黒子。それが私の役割。だから、私は『世界の主人公』にはなれない。


 主人公になれない私はRD8号の眼を狙って発砲する。生物である以上、眼は明確な急所の一つだ。脳までの貫通は無理でも視界を潰せばそれだけ勝率も上がるはずだ。


 この攻撃は有効打になる。そう思っていた。


 だけど──


『ギャハハ! 無駄だよ、無駄!』


 放たれた銃弾はRD8号の眼孔に吸い込まれるように直撃したが、痛みを感じていないのか効果がまるで無かった。


『もうソイツに痛感はねーよ!』


 視界を潰しても止まらない敵。ラタトスクの言葉と共にRD8号の振りかざした機械腕が私の眼前にまで迫り来る。


「っ!?」


 私は反射的に身体を反らす。すると、私の顔があった場所に大木の様な機械腕と禍々しいチェーンソーの刃が通りすぎる。


『へえ、中々やるじゃない。それなりにはさ』


 初めてだった。敵の攻撃をこれほどの至近距離でかわせたのは。考えるよりも先に身体が反応したのか、それともありもしない経験に身体が突き動かされた結果なのかは分からない。だけど、結果として私は死なずに済んだ。


 ──でも、今のは偶然。もう一度避けられる保証なんてない。


『ほらどうした! 逃げるだけじゃジリ貧だぞ!』


 敵も簡単には私を殺せないと理解しているのか機械の腕を伸ばして執拗に攻撃してくる。私も射撃で反撃を試みるが有効打にはならない。私の身体能力では近接戦闘では分が悪いのは分かっていたけど……ここまで何もできないとは……。


『ちょいさぁ!』

「っ!?」


 ザクリ、と。

 突き出されたチェーンソーを回避しきれず肩に凶刃が掠める。傷口から溢れた鮮血が空中に舞い上がる。


 ──しまった……っ! バックステップで回避──いや、手榴弾。駄目だ、距離が近過ぎる。


『ゲームオーバーだ子犬ちゃん!』


 ラタトスクに操られたRD8号が私の首を切り飛ばそうと機械の腕を構える。


 ──ああ、これはもう駄目だ……逃げられない。


 とか、思ってるんだろうな。相手の方は。


 ヘイトコントロールとか知らないんだろうな。


「あたしを無視シカトするとか良い度胸ね!」


 窮地に立たされる私だったが、その瞬間に疾風がRD8号の巨体を視界の彼方に吹き飛ばす。そして、瞬時に状況を理解した私は体勢を立て直した。


「このおバカ! 引きつけるにしても限度があるでしょ!」


 攻撃の瞬間にこそ大きな隙が生まれる。ガラ空きの背中に向かってハイネが放った渾身のドロップキックは敵の背骨をへし折るには十分すぎる破壊力だった。


「ごめん、助かった」


 私は感謝の言葉と謝罪を同時に伝える。ハイネも私の無事な様子に安堵している様子だが、すぐに表情を引き締めてRD8号に目を向ける。


「うわ、背骨が折れてもまだ動けるんだ。キッモ」


 糸の切れた操り人形の様に変な体勢で起き上がるRD8号。直ぐに起き上がる状況を見ると、どうやら折れた骨すらも高速で再生している様だ。


「さてと……どうする? たぶんアイツをるにはそれなりの火力が必要よ?」

「うん。だけど私の射撃じゃ威力不足……だよね」


 自己再生機能を有している以上は一撃で相手を絶命させるしかない。


『狙うなら頭だよ。自己再生機能があっても脳だけは完全に再生できないからね。そういう仕組みなんだよアレは』


 ハンドラーマグノリアが何を根拠にして敵の弱点を看破したのかは定かではない。だが、今はその情報に頼るしかない。


「……分かったわ。あたしがあのトカゲ野朗の頭を首ごと蹴り飛ばすから。援護はお願いね相棒バディ

「うん。お転婆なお姫様のエスコートなら任せてよ」

「ははっ、頼りにしてるからね!」


 自分でも分からないけど負ける気がしなかった。


 ハイネも蓄積されたダメージで脚周りが赤く腫れ上がっているし、私も私で肩をやられてまともに射撃できるか怪しいところだ。それでも、負ける気がしないのは何故だろう?


 言い様のない既視感のせい? それともアドレナリンとドーパミンが出過ぎて頭がハッピーになってる?


 なんでも良いや。勝てればさ。


『もしもーし? 作戦が丸聞こえなんですけど大丈夫ですかー?』


 人を小馬鹿にするラタトスクを無視して私たちは再度連携による攻撃を仕掛ける。


「Howl, my Heart!(吠えろ、あたしの心臓!)」


 ハイネは渾身の咆哮で突撃する。私はそれに合わせて持てる全ての力をある《一点》に集中する。


「ギシャァァァァァアアア!!」


 ハイネの突撃を見てRD8号もチェーンソーを振り上げて迎撃する。しかし、ハイネは物理法則を無視したかの様な動きでチェーンソーの斬撃をかわし、天高く跳躍する。


『あー、このタイミングで言うのもなんだけど、頭潰してもオレが操作してる以上はゾンビみたいに動くからねソイツ。なんかごめんね、空気読めなくて』


 ──だろうと思っていた。だからこそ、私は“そこ”を狙う。


 狙いは壁際の僅かな『景色の歪み』。そこに全てを叩き込む!


「【連鎖銃撃ハスラー・ワン】フルシュート!」

「【天来襲撃ヘヴンリーレイド】! Go to heaven!(天に召されろ!)」


 瞬間、戦場に火花と血飛沫が弾け飛ぶ。


 私が狙った壁際の《標的》が六連射撃による破損ダメージで『光学迷彩ステルス』を維持できなくなり、火花を散らしながらその姿を現した。


 壁に張り付いていた蜘蛛のような造形フォルムの自律兵器。おそらくはあれがラタトスクの通信と操作を繋ぐ中継器ルーターだったのだろう。


 対するハイネの繰り出した直下式のドロップキックはRD8号の頭部どころか上半身をも一瞬で崩壊させたらしい。超振動の破壊力は凄まじくハイネの着地した大地には大きなクレーターが出来上がっていた。


「あーもう最悪! 返り血がめっちゃ飛んできたんだけど!」


 ハイネが文句を言いながら袖で顔に付着した返り血を拭っている。背後には肉塊に変わり果てたRD8号の下半身が残っていた。


「ふぅ、やっぱり手榴弾は凄いわね。破壊力が桁違いよ。事前にもらっておいて正解だったわ」


 ハイネはそんな事を言いながら「口裏を合わせて」と、私にアイコンタクトを送る。


「あ、うん。手榴弾すごいよねー」

「やっぱり爆発は正義ね」

「そだねー」


 どうやらハイネはあの人間離れした爆砕キックを手榴弾による攻撃にしたいらしい。使ってる素振りなんて微塵も無いし、下手な嘘はすぐにバレると思うんだけど。まぁ、いっか。


「お疲れ様シグネット。足は大丈夫?」

「とーぜんよ……って、言いたいけど。ごめん、ちょっと肩貸して……って、アンタも肩の怪我は大丈夫なの!?」

「うん、大丈夫だよ。シグネットに比べれば軽傷だから。むしろちょっと興奮してる」

「やっぱりMだったか……」


 超振動による反動のダメージは想像以上に深刻で、足を引きずるハイネを労いながら肩を貸してその場を離れる──その時だった。


『……やるねえ、子犬ちゃん。だけど詰めが甘いよ』


 ノイズ混じりのラタトスクの音声に呼応する様に崩壊したはずのRD8号の身体が再生を始める。頭部が破壊されようとも、散らばった肉片や骨の破片が急速に集合し、残っていた下半身に取り込まれ──そして新たなる肉体を作り上げていく。


『……馬鹿な、あの状態から再起動するのか!?』


 ハンドラーマグノリアがRD8号の異常な再生能力に狼狽する。


光学迷彩ステルスを見破ったのは良い線いってたよ。まぁ、オレのコントロールが無くなったから完全に悪手なんだけど。あーあー、もう止まらないよソイツ』


 まるで私たちに責任を放り投げる様にラタトスクの音声はプツリと途切れた。どうやら中継器だった自律兵器が完全に機能を停止したらしい。


『逃げろ二人とも! おいスパロウ! 呑気に寝てないで二人を援護し──』


 ハンドラーマグノリアの指示よりも先に怪物が躍動し、私たちの視界に暗い影を落とす。


 歩く様な速さで迫り来る死の予感。

 絶対的な理不尽。圧倒的な暴虐。

 満身創痍。絶体絶命。

 殺意が、死神が、最期の予兆が、私たちの首に大鎌をかけている。


 なのに──不思議と恐怖をまるで感じないのはおそらく──


「──やらせないよ」


 救世主の登場があるからだ。


一撃必殺オンリーワンフィニッシュ。【葬送の失楽園パラダイス・ロスト】」


 それは別れを経験したからこそ訪れる再会の瞬間。目も覚める様な【真紅の翼】が私たちの前に現れると私の《魂》が予感していたからなのだろう。


「……アイビス」


 煌めく赤い光の粒子を纏った少女を見た私は、再びその名前を呼んでいた。

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