第29話 ★漆黒のレイヴン・真紅のアイビス

 アイビスの戦闘能力の中でも特筆すべきは他の追随を許さない圧倒的な『敏捷性アジリティ』の高さである。


 小柄で身軽なその体躯が発揮する戦闘能力ステータスは機動力に全て注ぎ込まれており、並の射撃手ガンナーではその姿を捕捉することすら出来ないだろう。


 アイビスの強さは彼女の戦闘を常に間近で見ていた相棒の私が一番良く知っている。専用兵装のチート性能を抜きにしても単純な剣士としての実力は私を負かすには十分過ぎるほどの強さだ。


 だから、その機動力を牽制射撃で徹底的に抑える。


「開幕から引き撃ちとか、ビビってるのはどっちかな!」

「馬鹿言わないでよ! こっちは距離詰められたら即ゲームオーバー確定なんだからね!」


 近接戦闘インファイトがメインの相手に対して逃げながら応戦する《引き撃ち》は対戦ゲームのみならず実戦においても定石の戦法ではある。


 まぁ、ゲームでやる引き撃ちはマナー違反だとか卑怯だとか散々叩かれるけど。


 今回ばかりはどんなに卑怯でも勝ちに行く。負けないための戦いじゃなくて。私の想いを伝えるために勝利を掴むんだ。


 私は鍾乳洞の地形を利用して遮蔽物が多い場所へ移動する。普通なら射線が通らないバトルフィールドは射撃手ガンナーには不利な環境だ。

 でも、私ならこの地形の強みを最大限に活用できる。


「外さない!」


 針を通す様な狭い射線を選びアイビスの右腕を狙い撃つ。


「甘いよ!」


 しかし、アイビスは私の射撃が通る事を予見していたかの様にあっさりと氷刃の一振りで飛翔する弾丸を切り払った。


「ははっ、相変わらず射撃精度だけは舌を巻くレベルだね。流石はボクが見出しただけのことはあるよ!」

「こういう時に限って褒めないで! てゆーか褒める部分が微妙にズレてる! 自分大好きか!」

「それはそうだよ。ボクは常に強くて可愛いって自分を肯定しているから。《大切な相棒》に憧れて尊敬される英雄ヒーローのボクでいたいからね!」


 真剣勝負の最中でも私とアイビスのお喋りは止まらない。当然だ、半年振りの再会だから、話したい事は山ほどあるに決まっている。


「キラキラした眼差しが凄く気持ちいいんだ。まるでヒーローを見ている小さな子供みたいでね。それがボクの仕事に対する原動力モチベーションだった!」

「それはそうだよ。だってアイビスは私にとっての命の恩人で、理想像で、目指すべき高みだったから!」


 会話と同時に銃弾と刃が交差する。言葉を交わすたびに心の距離は縮まっても物理的な二人の距離は離れたままだった。


「何を言っているんだ。両親を殺した殺人鬼を命の恩人って言うのはハッキリ言って異常だよ! ボクは本来なら恨まれるべき存在なんだ!」


 苦い顔でアイビスは今まで心の底に溜め込んでいた重い物を吐き出す。


「……ボクはキミの仇敵になるはずだった。なのに、キミはボクに好意を持ってしまった。そんなの許されるわけが──」

「今更それを引き合いに出すんだ?」


 まさかそんな小さい事で私を拒むなんて。やっぱりこの子には私の気持ちをハッキリ言わないとダメだ。


「隠していたみたいで悪いけど、!」

「……なんでキミがそれを知って──」


 アイビスの表情に僅かな動揺の色が見えた。どうやら思い当たる節があるらしくアイビスは一人の名前を恨めしそうに吐き捨てた。


「ジョシュアの奴、余計なことを……」


 ジョシュアが音楽団ブレーメンのジョージさんの本名である事は私も知っている。


「ジョージさんには感謝してるよ。日本に亡命してから私の戸籍とか入学の手続きとか色々と良くしてくれたから。この前なんてお友達価格で情報売ってくれたし」

「それはそうだよ。ボクが事前にアフターケアを頼んだからね。むしろそれくらいやってもらわないと割に合わないよ。今までに払った法外な金額を考えればさ」

「あっ、やっぱりあれって有償の善意だったんだ……」


 どうやらアイビスもアイビスでジョージさんから相当な金額のお金を巻き上げられたらしい。なんなら今から二人であの猫カフェにカチコミに行く? 手伝うよ?


 ジョージさん絡みの話題が出て私はあの時の事を思い出した。


「……分かっています。けど、あの子に対する口説き文句はしっかり練りたいんです」

「ははっ。まるで一世一代の愛の告白プロポーズみたいだな」

「……そんな大層な物じゃありませんよ。おそらく半分は愚痴になりますから」


 ──いざ本番を迎えてみれば、口説き文句なんて浮かばないし、なんなら口よりも拳で語り合ってる方が長いし、なんていうか、本当に私達らしい展開だ。


「……なんていうか、アイビスって不器用だよね。そういう根回しとか事前準備は用意周到でも肝心な部分はボカして話してくれないよね」


 この際だから言いたい事は全部言ってやる。


「ねえ、アイビス。アイビスは私のことどう思ってるの? やっぱり、ただの仕事仲間ビジネスパートナーなの?」

「…………」

「もう一度言うけど、私はアイビスの事が好き。言っておくけどこの気持ちはlikeじゃなくてloveだから」

「…………っ」


 アイビスは下を向き押し黙った。常に余裕を持っている彼女がこんな表情をするのは珍しい。私はてっきりいつものように流されると思っていたのに。


「……だよ」

「え?」


 何かを呟いたらしいアイビスが急に顔を上げて私の目を真っ直ぐ見据えた。


「そうだよ! ボクはキミのことが大好きだ! 本当はこんな後ろ暗い仕事なんて二度として欲しくなかった!」

「でも、そうしないとアイビスに会えない──」

「だからだよ! ボクが迎えに行かなかった理由をちょっとは考えてよ!」


 私の言葉を遮る様にアイビスが叫んだ。瞳に涙を溜めて今にも泣き出しそうな顔で私を見つめていた。初めて見せる表情だ。だから、私は気圧されたんだ。


「分かってよ! 大切な人を失う悲しみと恐怖を! ボクはもう、これ以上何も失いたくないんだ! キミの世界はボクが守るから、だからもうこっちの世界に来ないでよ!」

「アイビス……」


 そうか、私とアイビスは似ているんだ。私も彼女も大切な人を失う事に怯えている。失うのが怖いから大切なものを作らない様にしていた。大切な人がいないなら自分が傷つくこともないから。


 でも、それはワガママだ。私の、アイビスの心の弱さが生み出した関係性。私たちは《共依存》の関係性に囚われている。


「……分かってるつもりだよ。アイビスが死んだと思っていたこの半年間で嫌というほど。なんなら後追いで自殺する事も考えてた」

「……ボクが言うのもなんだけど、自分の命は大切にしてよ」

「本当だね。その発言は特大ブーメランだよ」


 私は、いや私たちは一度死んだんだ。

 一度命を落として生まれ変わったんだ。だからもう、他人に守られているだけの《弱者》じゃいられない。


「ねぇ、アイビス。私は《重荷》になりたくないからアイビスと一緒に行く事を強くは望まないよ。でもね、アイビス一人に全てを背負わせるほど、私は出来た人間じゃないんだ」

「……」


 私の気持ちは変わらない。私達の関係性は変わってしまったかもしれないけど、それでも私の想いは変わらない。それが答えだ。私が伝えたいことの全てだ。


「魅せてあげるよ。私が強い女だってこと。アイビスに勝ってそれを今、この場で証明してあげるから!」

「──この、分からず屋!」


 アイビスが突き出した氷刃の切先から無数の氷のつぶてが生成され、それが矢継ぎ早に放たれる。


「穢れた魂を洗い流せ! 【浄化の氷雨フリージング・レイン】!」


 私は飛来する氷のつぶてを銃弾で迎撃しながらアイビスに向かって一直線に走り出した。


「いっそ誰かに殺されるくらいなら、ボクの手でキミの命を終わらせてあげるよ! 今、この場で!」


 もう、アイビスに迷いは無かった。その目は真っ直ぐに私を捉えていた。だから私もその覚悟に応えたいんだ。


「相変わらず射撃だけは下手だね!」


 私とアイビスの距離が縮まるにつれて飛来する礫の数が増えてくるが、私の足を止める程ではない。


「自分から距離を詰めるなんて、馬鹿なこと──」


 懐から取り出した『それ』はこの瞬間まで温存していた虎の子の手榴弾。私はそれをこれ見よがしにアイビスにアピールしてから安全装置のピンを引き抜いた。


「無理心中とか、愛が重い!!」

「いや、しないよ!?」


 心外だなぁ、と思いながら私は手榴弾を天井に向かって放り投げた。爆発により天井の一部が崩落を始める。宝石の様な虹色の結晶がパラパラと、光を放ちながら舞い散る。


「一体何を考えて……」


 アイビスの問いかけに私はただ笑った。


「サプライズだよ。新技のお披露目のね」


 アイビスを含む手練の戦士では並の射撃は効果がない。狙うなら正面からじゃなくて搦手を。悔しいけど、あの怪人のアドバイスを素直に聞いたからこそ、私はこの必殺技を思い付いた。


「……I Believe I Can Fly」


 この時、この瞬間、アイビスを諦めてはいけない。そう思った。その言い様のない焦りに似た感情が私の神経を極限まで研ぎ澄ませる。


 今の私は今までで『最強の私』だ。成功するイメージを想い描け。過去を振り返るな、前だけを見て、突き進め!


「……私の全部、受け取ってねアイビス」


 残弾数は丁度九発。我ながら良いネーミングセンスしてるなと思った。


二丁拳銃ダブルトリガー連鎖銃撃ハスラー・ワンアレンジ」


 覚悟してよアイビス。私の《愛の告白》はめちゃくちゃ刺激的だからね!


「【多重跳弾ナインボール】ラストシュート!」


 銃口の向きで狙いを悟られない様に踊る様に身体を回転させる。壁や床、落ちてくる岩盤に狙いを定めて左右の拳銃を交互に連射。時間差で跳弾する複数の弾丸は交差し、同時多角的かつ全方位でアイビスの逃げ場を潰す。


「ッ……! 【 墓標グレイブ】!」


 アイビスはとっさに氷壁で銃弾の数発を相殺するが、それでも手数ではまだ私に分がある。氷壁を逃れた跳弾がアイビスの退路を塞ぐ様に迫り来る。その弾丸の中には跳弾する前の拳銃から放たれた射撃も混ざっており、逃げ場を失ったアイビスはその身に無数の弾丸を受けることになる──はずだった。


「まだだ!」


 それは専用兵装による能力ではないアイビスの、強化人種として保有している本来の異能。


「I Believe!」


 光をはらんだ《真紅の翼》が、アイビスの身体を包み込む。


「【飛翔フライ】!」


 空間転移による瞬間移動。一撃必殺の刺突をより確実なものにするための、アイビスのもう一つの切り札。アイビスは世界のあらゆる法則を無視して私の銃撃を回避して私の眼前に姿を現した。


 必殺の間合い。鋭い眼光。音も無く近付く真紅のドレス。氷刃の切先が私の胸にめがけて突き立てられる。


「……さようなら彩羽」


 悲しみに満ちた真紅の瞳。


 でもね、アイビス。そっちの剣じゃ私は殺せないよ?


 私は諦めないから。


「──信じてたよアイビス。逃げずに私に向かって飛んで来るって」


 瞬間、ゼロ距離で爆発する眩い光が私とアイビスの視界を白く塗り潰した。


「──ッ!」


 それはアイビスの切り札を逆手に取った私の秘策。氷刃の切先を胸に突き付けられる直前に私が投げた閃光弾だ。一瞬とはいえ視界を奪われたアイビスが狼狽えている隙に、私は強引にアイビスの華奢な身体を抱きしめた。


「捕まえた」


 目標の無力化に成功。あとはずっと私のターンだ。


「ふふん、勝負は私の勝ちってことでいいよね?」


 抱きしめて一方的に勝利宣言を出した私にアイビスは恨めしそうに抗議の目を向ける。


「まだ勝負はついて──ちょっ!?」


 身長は私の方が高いから。こういう時楽でいいよね。ちょっとあごクイするだけで角度を調整できるし。


「大好きだよ、アイビス」


 必要最低限のエチケットとしてする前にもう一度ちゃんと気持ちを伝えて、私はアイビスの唇に自分の想いの丈をぶつけた。


「あーむ」

「むぐー!?」


 執拗に舌を絡ませるとアイビスの身体から力が抜ける。はいはい、生意気でうるさい口はベロチューで塞ぎましょうねー。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」


 数秒間の口付けを終わらせて唇を離すと、アイビスは物足りないような、そしてもっとして欲しいような複雑な表情を浮かべていた。


「これが私の気持ちだよ。伝わった?」

「──ズルいよ」

「好きな人に想いを伝えたいと思うのは当然のことだよね」

「……そうだね。彩羽の言う通りだ」


 ようやく観念してくれたのかアイビスが自身の負けを認めてくれた。


 やれやれ、一時はどうなる事かと──


「……なんて言うわけないだろ。今から『二回戦目』でキッチリ勝負をつけるからね!」

「……二回戦目?」

「ふふん。『いつぞやの時』みたいにヒイヒイ言わせてあげるから覚悟してね!」


 その発言はつまり、あの作戦前の夜にした『初体験』の続きの遠回しなお誘いだった。


「待ってアイビス。私、今日の下着はあまり可愛くな──きゃー♡」

「この際だからキミが誰の女かその身体にたっぷりと教えてあげるよ♡」


 その後、私とアイビスの勝負は施設の崩壊(上層部でカイトが暴れたせい)で中断を余儀なくされ、一勝一敗という両者引き分けドローという形で幕を閉じた。


 なんていうか、世界の存亡をかけた戦いのオチがこんな感じでいいのかなぁ。

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