第20話 ★評決の日《ヴァーディクト・デイ》

 その日起こった『惨劇』を私は生涯忘れないだろう。


「船体の上空に高熱源反応! これは!?」


 暗雲を切り裂いて海面に降り注ぐ『光の柱』の出現はその作戦において大きな分岐点だったのかもしれない。


 ハンドラーからの主撃命令を待っていた猟犬部隊ハウンズの私たち。駆逐艦の甲板上から見える一面の景色を白く塗りつぶす閃光。私はそのあまりの光量に目がチカチカと眩んでしまった。


 作戦名【世界樹攻略作戦オペーレーション・ニーベルング】。その作戦の現場指揮を取っていた【調教師ハンドラー】ロベリアは味方であるアメリカ海軍の原子力空母が光の柱に飲み込まれる光景を目の当たりにして言葉を詰まらせていた。


「一体何が起きているんだ……!?」


 ハンドラーロベリアの問い掛けにオペレーターは応える。


「ご、護衛のニミッツ級航空母艦の轟沈を確認。シグナルロストしました……」

「そんなの見れば分かる! 今の光は何だと聞いている!」


 装着しているインカムの音声からハンドラーの焦りが伝わってくる。その焦りは猟犬たち全員に伝播し、動揺が走る。


『こちら作戦司令部! 観測班の報告では信じ難い事に先程の光は敵による衛生軌道上からのレーザーによる照射であると推測される』


 衛生レーザー。そんな物騒な代物がこの世に存在していいわけがない。それが事実なら下手な核兵器よりも危険だ。


『作戦司令部よりハンドラーロベリアへ。作戦を継続せよ』

「ふざけるな! そんなこと、出来るわけがないだろう!」


 指揮官であるロベリアが動揺すればするほど、その影響は作戦全体の崩壊を招きかねない。それを悟った猟犬部隊ハウンズのリーダーであるJK01カイトがハンドラーロベリアに喝を入れる。


「落ち着け、ハンドラーロベリア! 私たちのすべきことは何だ!?」

「っ!」


 カイトの言葉によって冷静さを取り戻したロベリアは次の作戦の指示を出す。それはあまりにも残酷で無慈悲な作戦内容だった。


「衛生レーザーの次射がいつ来るか分からないこの状況で我々が生還する可能性は極めて低い。だが、我々の命はまだ此処にある。だから、命令に従い……前に進むぞ」

「──ハウンドリーダー了解」


 上層部が強行したこの決死作戦にアサインされた時点で私たちに退路は無いのだと、嫌でも実感させられる言葉だった。


猟犬部隊ハウンズ各員、ジェットパック装備後、各小隊に分かれて目標である海上プラントに上陸しろ。我々は、ここでお前たちの帰りを待っている」


 そう、この時から既に『地獄』は始まっていたんだ。


 この作戦に投入されたシングルナンバーである01カイト、04アイビス、06スラッシュ、07クレイン、09キングフィッシャーを小隊長として私を含む下位ナンバーを加えた6人小隊を5チーム編成。計30名の各小隊員が最新鋭の飛行器具ジェットパックを装備して駆逐艦の甲板から暗い海に向かって離陸した。


 そして、海上飛行を開始してから十数分が経ち、この作戦の難解さを私は思い知らされた。


「みなさん、前方に機影を確認しました。距離800。まもなくこちらの陣営と会敵エンカウントします」


 斥候役で先行していた09キングフィッシャーの小隊から無線が入る。その報告が開戦の合図だった。


 目標である海上プラント周辺海域に辿り着いた私たちを待ち受けていたのは無数の小型無人機ドローンだった。その数は優に100機を超えており、今まで経験してきた戦闘とは比べ物にならないほどの物量だった。


「おいおい、こんな数を相手にしていたらいくら弾薬があっても足りねーぞ?」

「無駄口叩くとか余裕ねスラッシュ。脳筋は黙って迎撃してなさいよ」

「ああん? テメェから先に撃ち落としてやろうかクレイン!」


 そんなシングルナンバー二人の口喧嘩にリーダーが割って入る。


「06、07、貴女たちは左右に分かれて先行して。ドローンの迎撃は私と04の小隊が受け持つわ。09、周辺海域の索敵は任せるから」


 カイトの指揮に反応した三人の小隊長は「了解」と答える。


「04。海面スレスレまで降下してドローンを引き付けて。水さえあれば後は貴女の独壇場よ」

「04了解。冬の海に綺麗な花を咲かせてあげるよ」


 カイトが命令したと同時に四人の小隊長はすぐさま行動に移した。


 飛行しながら空中のドローンに対して容赦なくクロスボウを放つクレインにスラッシュも負けじと両手に構えたアサルトライフルでドローンを撃ち落としていく。


「ははっ、戦友ダチども先に行ってるぜ!」

「クレイン隊各員、脳筋に遅れは取れないわよ」


 二人の小隊長は自身の隊を率いて海上プラントの上陸を目指し飛翔する。


「ほら、鬼さんこっちこっち」


 複数のドローンを引き付けたアイビスは海面スレスレまで急降下した後、片手に携えた【氷結の花束クリスタルブーケ】で鮮やかな氷の剣山を作り上げた。


「天を穿て【冥界の針地獄アイシクルスパイク】!」


 氷の剣山に無数のドローンが衝突し、爆発した破片の光がバラバラと海中に沈んでいく。


「……いや、それは花じゃないよね?」

「もー、細かい事は言わないの!」


 私のツッコミにむくれるアイビス。相変わらずの緊張感の無さだった。


 強化人種エンハンサーに比べれば無人機なんてクソ雑魚もいいとこだ。少なくとも私とアイビスはそう思っていた。


 しかし、順調に見えた突入作戦に横槍が入ったのはこの時だった。


「09からハウンドリーダーへ 。後方海域から反響音を確認しましたわ。この音は……戦闘ヘリ?」

「……っ!? 小隊各員迎撃体制。大物が来るぞ!」


 ドローンによる自爆攻撃が激しさを増した瞬間、カイトからの警告がインカム越しに隊員に伝わる。


「04、機影は?」

「まだ視認できないよリーダー。雲が邪魔だね。隠れてるのかな?」


 暗闇の中を縦横無尽に飛行する自爆ドローンを撃ち落としながら私たちは周囲を警戒する。だが、敵が放つ自爆攻撃はこちらの想定を上回る物量で各小隊の下位猟犬は次々に撃墜されていった。


「敵性ドローンなおも飛来! 28、33ロスト!」

「キングフィッシャー隊被害甚大! 救援求む!」

「わたしくが囮になります! 小隊員のみなさんは下がって下さい!」

「九時方向から大型の戦闘ヘリ、来ます!」


 戦闘ヘリの機影が明らかになった瞬間、今までとは比べ物にならない爆発が海上プラント周辺で巻き起こった。暗い海上に閃光と爆炎が広がる。


『……ッ!……だ……!』


 インカム越しにノイズが走る。それはノイズではなく猟犬たちの断末魔だったのかもしれない。


「敵戦闘ヘリよりミサイルの発射を確認! 25、30ロスト!」

「みなさん、ごめ──なさい……片腕を失ったわたくしはもう……」


 次々と、ミサイルの爆発に巻き込まれた隊員が暗い海面に向かって落ちていく。その中には09キングフィッシャーと思わしき声もあった。


「こちら04。大物デカブツはボクが受け持つ。レイヴン以外の小隊員はカイト隊に追従してプラントに上陸して」

「それは許可できないわ。貴女の武装は大型の兵器相手には無力よ、忘れたわけじゃないわよね?」

「言い争ってる時間はないよリーダー。いくよレイヴン」

「うん。JK13了解」

「……ハウンドリーダー、了解。これより我々はキングフィッシャー隊の犠牲を無駄にしないためにも作戦を継続す──」


 パン!

 一つの発砲音がカイトの通信を遮った。


「……どういうつもりJK11!」

「いえ、無能なリーダーにはここで退場してもらおうと思っただけですよ。あははは!」


 それは疑心暗鬼の始まり。カイト隊の一人であるJK11ストーカーがカイトのジェットパックに向けて拳銃による攻撃を仕掛けていた。


「メインブースターがイカれた? くっ、駄目だ飛べない……」


 ジェットパックから黒煙をあげるカイトの身体は海面に向けて落下していく。脱出用のパラシュートが作動していないのか落下の速度が落ちないままカイトの身体は暗い海に消えていった。


「ギャハハ! 本当におめでたい奴らだ! どうして味方に敵側のスパイがいる可能性を考えてないんだ! こんだけ準備万端で待ち構えられてたらちょっとくらいは──」


 一閃。

 全てを言い終わる前にJK11の首が飛び、泣き別れになった首が血飛沫と共に海面に向かって消えていく。そして、コントロールを失った身体がパラシュートを開き海面に向かってゆっくりと墜落していった。


「……そうだね。その可能性をボク達は考慮するべきだったよ。やれやれだ」


 冷淡かつ冷酷に。獲物を狩る夜鳥の様に。アイビスは音も無く裏切り者の首を切り落とした。この状況下で真偽を確かめている余裕は無かった。


「……生き残った子達は先に行って」

「ですが、04……」

「こんな場所で死にたいの?」

「……了解。先に行きます」


 役目を引き継いだ残りのカイト隊とアイビス隊の猟犬たちは私たち二人に別れを告げて海上プラントに突入していく。


 対峙するのは無数のドローンと戦闘ヘリ。戦力差は考えるだけ時間の無駄だった。


「背中、預けるからね」

「勝算はあるんだよね?」

「無いって言える状況だと思う?」

「うん。だよね」


 そして私とアイビスは敵の戦闘ヘリを相手に空中戦ドッグファイトを仕掛ける。


一撃必殺オンリーワンフィニッシュ。【葬送の失楽園パラダイス・ロスト】」


 あれ──?


 というか、私は何でこんなに長い夢を見ているんだろう?

 いくら何でも長すぎない?

 これじゃあ、まるで。

 そう、まるで走馬灯みたい──


「彩羽! しっかりして! 彩羽!」


 私の名前を呼ぶ声が耳に入り、私はゆっくりと目を開ける。


「アンタ、本当にバカね……この戦いが終わったらカナリアのライブに行くとか言うから……自分で死亡フラグ立てるとか、冗談でも笑えないわよ……」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん!!」

「ごめん、ごめんね彩羽ちゃん。カナリアの力じゃもう治せない……」

「……死んで勝ち逃げなんて許さないわよ彩羽さん。私はまだ貴女に……」

「彩羽殿! しっかりするでござる!」


 私の周りに誰か居る。この声は誰だったっけ?


 ──ああ、そうだ。今日はクリスマスイブだったんだ。もう組織に戻ってから半年も経ってるんだっけ?


 そうだ。私、■■■に刺されたんだ。あの剣で。


 そうか。私、また失敗したんだ。


 思い出した。全部。私が何回も死んで過去をやり直していること。


 私が死ぬ寸前までその事を思い出せないこと。


 これは何回目のリトライだっけ?

 セーブポイントは何処からだろ?

 また、あの夏まで戻るのかな?


「……ごめんね、■■■。私、また貴女を殺せな──」


 漆黒の翼を煌めかせながら宙を舞う一人の少女が私の言葉に耳を傾ける。


「おやすみ【特異点イレギュラー】。冥界の女王によろしくね」


 望まない結末。だから私はまた繰り返す。リトライする。


 何度でも、何度でも……何度でも──。


 この惨劇から抜け出すために。


 私はまだ、死ねない。


「……I Believe I Can Fly」

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