第21話 ★ブリーフィング
「コラ彩羽! ブリーフィング直前にうたた寝するんじゃないわよ!」
脳が震えるほどの大きな怒鳴り声が、眠っていた私を現実に連れ戻す。
「痛った!? 何するの急に!」
後頭部に鈍い衝撃が走り、私は思わず変な声を上げてしまう。
「何するの、じゃないわよ。急に居眠りするアンタが悪いんだからね?」
「居眠り?」
私……寝てた? いつの間に?
「もう、意地はって勝つまでババ抜きやるからよ。まったく……」
「お姉ちゃん、ババ抜きめちゃくちゃ弱かった」
「そうね。彩羽って意外と顔に出やすいタイプなのかもね。ちょっと意外だったわ。負けず嫌いなところもね」
ハイネとマオちゃんが生温かい目で私を見ている。
──ああ、そうか。
昨日は親睦会も兼ねて夜遅くまで三人でトランプやってたんだ。三人だからババ抜きの決着が早くて勝つまで何回もやってたんだっけ。
それにマオちゃん絡みの昔話もついでに話してたから余計に時間がかかったんだった。
でも私、睡眠不足には耐性がある方なんだけど……まぁ、いいか。
「もうすぐハンドラーカトレアからリモート通信で任務の説明があるから、アンタもちゃんと聞いてなさいよ」
「う、うん。分かったよ」
自宅のリビングには既にノートパソコンがセッティングされており、それを挟むようにして私とハイネがソファに座り、そして私の膝の上にマオちゃんがポフっとまたがった。
『はーい、みんなお待たせー♪ リモートワークでこんにちは♪ 皆んなのママを一手に引き受けるハンドラーカトレアだよー』
画面には垂れ目気味な優しい目元が印象的な三十代くらい(年齢不詳)の女性が写っており、画面の向こうからフリフリと私たちに向かって手を振っていた。どういう訳か可愛い感じのカチューシャとメイド服を装着していた。
「…………」
それを見たハイネが無言で私に説明を求めていた。あ、うん。分かるよ、そのリアクション。初対面だと面食らうよね。
「カトレア。マオ、お姉ちゃん見つけられたよ」
『あら〜マオちゃん。無事にお仕事できたのね。偉いわー。ママ、マオちゃんがちゃんと初めてのお仕事できるか心配だったのよ』
マオちゃんがカトレアに手を振るとカトレアも嬉しそうに手を振り返した。
『はい、それじゃブリーフィング始めるよー♪ 良い子の皆んな準備はいいかな?』
幼稚園の保育士、ないし某歌のお姉さんみたいなノリでブリーフィングを始めるハンドラーカトレア。相変わらずの平常運転だった。
「ねぇ、彩羽。ハンドラーカトレアっていつもあんなノリなの?」
ハイネは信じられない物を見るような目で私を見つめてきた。
「まぁ、うん。……概ねあんな感じだよ」
「……分からない。あたしには裏社会の常識が分からない」
そうだね。頭バグるよね。分かる。
なんていうか、血生臭い仕事をしてる組織の重役に和みオーラ全開の人がいると違和感がすごいよね。
『シグネットちゃん、彩羽ちゃん聞こえてるわよ〜? もうっ、ママ悲しいわ〜』
そんな私たちのやり取りを見ていたカトレアがむくれながら口を挟んできた。
『新人のシグネットちゃんも私のことは自分のママだと思って気軽に接してね』
「あ、はい。なんていうか、友達に見られたくないタイプのママですね……」
管轄している猟犬に実家の様な安心感を与える。それがハンドラーカトレアの仕事に対する信条だとは聞いたことがある。
それは私たちみたいな親のいない子供にとってはありがたい存在なのかもしれない。うん、全肯定はしないけど。
『さて、それじゃあブリーフィングを始めるわね』
声質の変化でカトレアはおふざけモードから仕事モードへと瞬時に切り替わる。こういうところは流石と言える。
『今回貴方達が向かうのは因縁の相手とも呼べる【
それは私たち三人だけでやるには『重過ぎる』任務内容だった。どう考えても三人でやる任務ではない。
『【
カトレアの説明に疑問が浮かんだのは私だけじゃないらしく、ハイネやマオちゃんが私の意見を代弁するかの様に口を開いた。
「あの、それだとターゲットを判別するのは難しいというか不可能なのでは?」
「マオ、知らない人だと匂いで判断できない」
『ええ、だから手っ取り早い手段を取る予定なんだけど……』
二人の質問に困り顔を見せるカトレア。そんな最中で粗暴な声がリモート画面に割り込んでくる。
『簡単さね。敵は皆殺しにすれば良い』
ブリーフィングに割り込んで来た音声通信。顔を出さないやり方は徹底しているらしく、画面にはマグノリアが愛用している青い花の模様が描かれた【HandlerⅣ】のエンブレムマークが映っていた。
私たち猟犬同様に重役である
『マグノリアちゃん? 私との約束忘れてないわよね?』
『ああ、分かってるよ。09スパロウに殺しはやらせない。どうせ人間よりも
『ええ、そうね。でも、気をつけてね。マグノリアちゃんは子供たちに無理をさせ過ぎるところがあるから』
『管轄猟犬の『早期死亡数』が高いアンタには言われたくないね。いつまでもあまちゃんな考え方だと悪戯に部下を失うだけだぞ?』
『……後はお願いね』
マグノリアの言動に返す言葉を無くしたカトレアはリモート通話を切断した。
『おや、怒らせちまったかね? まぁ、いいさ。というわけだから露払いは09スパロウに担当させる。社会のゴミ掃除は残りの二人に担当して貰おうか』
そんな風に人の心を傷付けて耳障りな高笑いをしている上司に私は尋ねる。
「作戦予定日はいつですか? というか、日本じゃないですよね? その地下兵器製造施設って」
『ああ、日本じゃないさね。場所は中南米の廃鉱山だから移動におおよそ三日くらいは掛かるが……何か問題でもあるのかい?』
「ええ、とても重要な事が」
私にはとても重要な事なんだ。その日が来るのを私は心の底から待ち望んでいたのだから。
「近日中に日本で私が崇拝している
私がそう言うと場の空気が一気に冷めていくのがひしひしと肌で感じられた。
「……アンタ、空気読みなさいよ」
「お姉ちゃん……」
『…………』
あれ? 私何か間違ったこと言ったかな?
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