第19話 ★なるほど、これがWSS(私が先に好きだったのに)

 私が『仕事道具』に銃を選んだ理由はひとえに命を奪う時の感触が手に残らないからである。私がこの手で、この足で人の命を奪ったという『生々しい感触』を直に味わいたくなかったからだ。


 私は臆病で卑怯な人間だ。それでも相棒のアイビスならそんな私の弱さも許してくれると思っていた。


「んー、やっぱり彩羽に剣術や近接戦闘インファイトの才能は無いよ」


 選抜試験を通過しコールサイン付きの猟犬になってから数日が経ったある日。アイビスが次の任務までの待機期間を使って療養中の私を相手に模擬戦を仕掛けてきた。


 比較的軽傷だったとはいえ怪我人が相手でもこの腹黒サディストは容赦がなかった。


 普通なら死地から生還した相棒にハグの一つくらいはしてくれると思っていたけど……どうやらアイビスは私が考えている以上にドライな性格だったらしい。この日も顔を合わせるなり訓練の催促をしてきた。せめて「髪切ったの?」とか、「髪飾りはどうしたの?」くらいは聞いて欲しかった。あと、肝心の「合格おめでとう」をまだ聞いていないんだけど!?


「なんでよ。近接戦闘だってちゃんと指導教官インストラクターに教わったよ?」

「習ったからってすぐに使いこなせるわけないだろ? 彩羽は頭でっかちだから経験よりも知識と思考を優先している節があるからね。ハッキリ言って今のままじゃダメダメだよ」


 私はアイビスとの模擬戦が始まって早々に弄ばれていた。もちろん、手を抜いてくれているのだろうけど私からすればあまりいい気はしない。そもそも私が格闘術を習い始めたのはアイビスが「ボクの相棒を名乗るなら器用にならないとね」と言ったからだ。


「もういっそバトルスタイルに関しては射撃戦特化に尖らせた方がいいかもね」

「でも、それだといざ射撃ができない時に不利じゃない? 弾切れした時とか特にさ」

「何言ってるんだ。それを補うための二人一組ツーマンセルだよ」

「言いたい事は分かるけど、それって特定の人以外がパートナーになると連携が取り辛いくならない?」

「え? ペア組んで早々に浮気するつもりなの? 最低だね彩羽って。見損なったよ」

「誰が浮気よ。私はアイビス一筋だから……って、何言わせてるの! 私が今後アイビスのパートナーを降ろされる可能性があるかもしれないって話をしてるの。そうなったら後方支援だけじゃ役に立てないでしょ?」

「ボクは下手な器用貧乏の方が役に立たないと思うけどね」

「器用貧乏って言い方」


 反論してみるもアイビスは私の言葉など聞かずにどんどん話を進めてしまう。


「苦手を克服するのが悪いとは言わないけど、やっぱりボクは得意分野を伸ばす方が良いと思うよ?」

「……そうだね。アイビス、今度は射撃戦メインで模擬戦しようよ」

「あー、ボクちょっと用事を思い出したから先に帰るね」

「待ちなさいよ! このノーコン射撃下手!」


 単純に考えて近接戦闘と射撃戦闘の両方が得意な人が二人いる方が強いと思う。弱点は無い方が強いに決まっている。


 そんな単純な思考を改めるきっかけを作ったのはおそらく『彼女』との邂逅が原因なのかもしれない。


「ここにいたのねアイビス。探したわ」


 私とアイビス二人きりの訓練場に割って入って来たのは、当時の時点で既に『最強の猟犬』の座に君臨していたNo.1である彼女だった。


 コールサインJK01カイト。専用装備である白銀の重剣銃ヘビーガンブレードの【戦乙女の凱歌シグルドリーヴァ】を駆使する最強の猟犬である。その容姿はまさに才色兼備で鮮やかな長い銀髪と冷たい色の碧眼がミステリアス美少女のイメージを強く私に印象付けていた。


「話はマグノリアから聞いたわ。No.2昇格のチャンスを蹴ってまでその『雑種』に固執する理由は何?」


 近くにいる私のことをガン無視してアイビスに詰め寄るカイト。どうやら彼女の瞳にはアイビスの姿しか映っていないらしい。


 というか、この人。今、私のことサラッと雑種って言った?


「マグノリアめ……。カイトには余計なことを言わないでって言ったのに」

「私じゃ不満だって言うの?」

「別にカイトに不満があるわけじゃないよ。ただ、ボクはボクが認めた人しか相棒としたくないだけだよ」


 ドン、と。アイビスに壁ドンしたカイトが顔を近付ける。その距離は鼻先が触れそうなほどの近さだった。


「……具体的な理由を聞かせてもらおうかしら?」


 圧が強めなカイトに詰め寄られたアイビスは渋々と理由を話した。


「……心の綺麗な人が隣にいると自分がどんなに汚れても綺麗にしてくれる気がするんだ」

「……それは私を拒む理由にならないわ」

「なるよ。カイトと一緒だとボクは『人間性』を見失いそうになるんだ」

「…………っ」


 ギロリと、殺意のある鋭い眼光が私を貫く。その眼光に私は思わず怖気づいてしまった。


「そーゆーことだから、ボクは彩羽を相棒にするよ」


 でも、当のアイビスは全く動じず真っ直ぐな瞳でカイトを見つめていた。きっとここで私が逃げていたら一生後悔することになっただろう。


「なるほど……貴女の気持ちは十分に理解できたわ」


 そう言うとカイトは私と向き直り初めて私に対して言葉を投げかけた。


「──捨て犬の雑種に『血統』の違いってやつを教えてあげるわ」


 それは挑発であり、宣戦布告。

 私のことが心底気に入らないカイトは私に模擬戦を吹っ掛けたのだ。


 いや、どう考えても憂さ晴らしの私刑リンチじゃない。嫌に決まってるでしょ。


「そうだね。彩羽が雑種かどうか判断する良い機会だし。ボクは彩羽の『将来性』に全額賭けオールインするよ」

「え? ちょっと待ってよアイビス!?」


 止める立場の相棒が火に油を注ぎ込む。何言ってくれてんの、この腹黒サディスト。そんなの無理に決まってるじゃない。


「私が勝ったら、その雑種とのコンビは解消してもらうから」


 私の意見を完全に無視して話が進んでいく。

 そして、私はカイトと模擬戦をする羽目になったのだ。


 普通に考えたらNo. 1のカイトに序列13位の私が勝てるわけがない。


 だけど、捉え方を変えればこの模擬戦は私に『勝て』と言っているのではなく『負けるな』と言っているのだ。要は引き分けにして結果を有耶無耶にしてしまえばアイビスはカイトと組まなくて済むのだから。時間潰しでタイムアップを狙えばいい。もし作戦がバレてしまえばその時点で私の敗北が決まってしまうけど。


 結局の所、私はアイビスの手のひらの上で踊らされているだけなのだけど……なんだかそれがちょっぴり心地よいと思ってしまった自分がいた。


「彩羽、キミは頑張らなくていいよ。結果は分かりきっているから」


 だから、そんな「ボクの相棒なら勝って当たり前だよね?」みたいな雰囲気を出さないで欲しい。


対戦環境レギュレーションは訓練用のペイント弾を使用した市街戦想定の模擬戦。勝敗条件は相手の急所にペイント弾を一発当てること。制限時間は十分の一本勝負で。あと、一番重要なことだけど戦闘は相手を倒すんじゃなくて『生き残る』ことが重要だからね?」


 アイビスがルールを説明している最中もカイトは私に対して殺意の眼光を向け続ける。


「準備はできているわよね? 雑種」

「…………」


 ──なるほど、これがアイビスが言っていた『一緒にいると疲れる人』か。確かにこれは疲れる。


 私はカイトに対してそんな感想を心の中で呟いた。私もこんなギャグの一つも言えなそうなクソ真面目がパートナーだと心労ストレスで過労死しそうだ。


「あと、これはボクからの個人的なアドバイス。ぶっちゃけた話、ボクたち一桁代シングルナンバーの猟犬は『専用兵装』に“依存”してるから強い武器が無い状態だと割と普通に戦えたりするんだよ」


 そう言って私にアドバイスを送るアイビスは不敵に笑ってカイトの方に視線を向けた。


「まさか、不正行為チート使よね?」


 その時の私はアイビスが言ったその言葉の真意が分からなかったけど。


 どうやらアイビスの言っている事に間違いはないらしく、私は頭に血が昇っているNo.1を相手に誰も予想していなかったであろう『善戦』を演じていた。


「ふん……じゃあ、行きましょうか」


 騒ぎを聞きつけた野次馬が集まる訓練場。開始の合図が訓練場に鳴り響くとカイトは射線軸や遮蔽物の位置関係すら無視して私に向かって一直線に突っ込んで来た。


「やらせてもらうわ」


 雑な狙いで私に向かって発砲するNo. 1。当然のこと当たる訳がない。模擬戦用のペイント弾は通常の弾丸よりも空気抵抗が強いから飛距離が長いほど弾道のブレが大きくなる。適正射程外からバカスカ撃つとか素人かな?


 いくら何でも私のことを舐めすぎでしょ、この人。


 牽制射撃とかやるのが馬鹿馬鹿しいと思えるくらいの舐めプ。そんな雑な戦い方に私は柄にもなく苛立ちを募らせていた。


「……ねえ、最強の猟犬ってそんな雑な戦い方でなれるの?」


 そんな私の分かりやすい煽りにカイトはまんまと噛み付いてくる。


「そうね、その雑な戦い方で貴様の『居場所』を奪い取ってあげる!」


 牽制射撃を掻い潜り私に向かって真っ直ぐに突っ込んでくるカイト。どうやら彼女はまだ私を見下し足りないらしい。


「素人でも迷い込んだのかしら? 話にもならないわ」


 向こうも負けじと私を煽ってくる。


 素人、ね。油断させるためにあえてそうしてるんだけど。本気出されると負ける可能性が上がるから。


 仕方ないなぁ、リクエストに応えてこっちもそれなりに『実力』を披露しようかな。


 それはあの地獄みたいな選抜試験の最中で私が選択した対人戦法バトルスタイル。単純な事だけど、拳銃は一丁より二丁の方が強いと思うから。


 二丁拳銃ダブルトリガー。この時はまだリボルバーとの使い分けとかはなかったけど。


 それでも単純に攻撃の試行回数が増えるのはそれだけで驚異が大きい。突撃銃アサルトライフルなどのフルオート射撃には無い『器用さ』がこのスタイルの最大の強みだと私は思っている。


 こちとら命を賭けたリアルFPSで生き残ったんだ。射撃戦メインならちょっとくらいは自信があるぞ! この傲慢女!


「っ……!」


 私の二丁拳銃による時間差偏差射撃にカイトはたまらず後退する。もちろん、その隙を逃す私じゃない。


 逃げる先を予測し、牽制射撃をしてカイトの移動範囲を限定する。


「くっ……!」


 だけど、その程度の小細工が通用するNo. 1ではない。カイトは私の射撃をギリギリのところで回避し、遮蔽物を盾にしながら私を翻弄しようと距離を詰める。前に進みながら最小限の動きで回避するその機動力の高さは間違いなく最強の猟犬を名乗るのに相応しい実力だった。


 だけど、完璧な勝利を狙っているうちは私には勝てない。


 だって私は──弱者で臆病者だから。私が求めるのは完璧な勝利じゃなくて『負けない』ことだ。


 勝てないなら、負けないための努力くらいはするさ。それが私の戦い方なんだから。


「あれ? 雑種相手に随分と手こずってるね。最強さん?」

「ふん、観客ギャラリーがいる前でワンサイドゲームなんてしてたら会場が盛り上がらないでしょ?」

「へえ、まだ手加減してくれるんだね。ありがとう人に譲られて昇格した肩書きだけのNo. 1の人」

「…………っ!?」


 そう、私は虚勢を張ることしかできない弱者だ。だが、それでいい。今の私にはそれで十分だ。


「っ、貴様ぁぁ!!」


 図星だったのか、完全にブチ切れたカイトが遮蔽物を飛び越え、私に向かって発砲する。狙いは予想しなくても分かる。顔面狙いだ。


 距離が詰まれば回避はより困難を極める。それは何も私だけに限った話じゃない。


 この近距離であえて小さい的を狙うなんて……よほど腕に自信があるのだろう。


 ──なら、それを逆手に取る。


 私はカイトの射撃に合わせてペイント弾を撃ち込む。


 飛翔した私の弾がカイトの発射した弾と衝突する。

 バチン! 私とカイトの間でペンキが弾ける。


「っ!」


 避けずに攻撃を防がれたのが意外だったのか、カイトは一瞬、唖然としていたけど、すぐに気を取り直して再び距離を詰めてきた。


 同じ手は二度も通じない。今度は私も警戒して距離を詰める。そして私とカイトの距離が目測で五メートルを切った時だった。


「……っ、強制解除!」


 カイトが銃を構える。大丈夫、まだ攻撃は防げる。


「暴君の前に平伏せ【静止する虚構世界ステイシス】!」


 ──あれ?

 引き金が、身体が動かない?

 なんで動かな──


 そう思った瞬間に私の視界に真っ赤な色が飛び込んできた。それはカイトが放ったペイント弾の赤いペンキだった。


「……これ、どういうこと?」


 勝負に負けたという事実よりも唐突に起こった怪現象が受け入れられず、顔面ペンキまみれの私は呆然と立ち尽くしていた。


 結論から言ってこの時のカイトは私との勝負で不正行為チートを働いていたらしい。


「試合中に不正行為があったからこの試合は無効試合だよ。いや、どちらかと言えば格上に『切り札』を切らせた彩羽の勝ちだと思うけどね。審判役のボクの意見としてはさ」


 その怪現象の原因を明かされるのはまだまだ先の話だけど……どうやら私は勝負に勝ったみたいだ。


「まさか、こんな結果で約束守れとか言わないよね? ていうか、首輪……無理矢理外してたけど大丈夫?」

「はぁ、はぁ……大人気ないことをしたのは認めるわ。でもね──」


 だけど。私はとてつもない敗北感をこの後に味わった。


「えっ? ちょっと、人前でいきなりキ──もがっ!?」


 やり場のない気持ちをぶつける様に。私の眼前でアイビスの唇にカイトの唇が重なった。


「ん、んん……」

「んっ、はぁ……」


 たっぷりと。相手の息が苦しくなるまで。唾液の糸が舌に絡み付くほどの深いキス。


 アイビスはカイトのキスを強く拒まなかった。

 それはつまり二人は『そういう関係』だという事だ。


 大衆の面前でキスを交わしたカイトは言う。まるで預言者にでもなったかの様に。


「……いつか必ず貴女は私の隣に戻ってくる。だから、今だけは我慢してあげる」


 その言葉がただの戯言でない事を私は二年後の夏に嫌というほど思い知らされる事になる。

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