Chapter3
第18話 ★初めての殺人、何人殺したかは数えていない。
私が初めて人を殺したのはいつだっただろう。
「これより
それは
「今回の試験内容は単純明快に『生存競争』とする」
無骨な仮面で素顔を隠していた当時の試験官役である
「これからお前たちには試験終了時刻まで無人島で死刑囚の殺人鬼を相手に殺し合いをしてもらうよ。そうだね、最低一人は殺さないと試験は失格になるとだけは言っておこうか。分かっているとは思うけど相手に殺されたらその時点でゲームオーバーさ。まぁ、せいぜい頑張りな」
これはいわゆる試験という名を冠したデスゲームなのだろう。
命を狙われた極限状態のサバイバルデスゲーム。これまでとは比べものにならないほどの過酷な試験内容に私を含めた候補生たちは恐怖心を募らせる。
「それでは候補生諸君、健闘を祈る」
無人島に放たれた殺人鬼と猟犬候補生。単純な命の取り合い。犯罪者を狩る
「……I Believe I Can Fly」
緊張したらとりあえず自己肯定感を高めろ。育成機関に配属される前にアイビスに言われたアドバイスだ。
「……アイビス、今だけは信じてあげるよ」
無人島でサバイバルだなんて。候補生を何だと思ってるんだ。こんなことならもっと準備をすれば良かったかな。でも、後悔してももう遅いよね。
私は震える手で懐からハンドガンを取り出すとそれを強く握りしめた。
大丈夫、私は戦える。訓練の成果を見せてやろうじゃないか!
「いゃあああああっ!! 誰か助けて!」
「なんで! なんでこんなに敵の方だけ連携が取れてるの!?」
「こいつらただの死刑囚じゃないの!?」
「やめて! 来ないで! いや、嫌あぁぁぁぁっ!!」
「痛い! 痛いよぉ!」
無人島に夜が訪れる。蓋を開ければ相手は元軍人や傭兵上がりの死刑囚。殺すことに快楽を感じる真性の殺人鬼だった。
しかも相手が十代の少女となれば鬼側は喜んで候補生を
殺されるだけならまだしも、中には
暗闇の中で聞こえる同期の嗚咽と悲鳴。下卑た笑いを発する殺人鬼の群れ。鳴り止まない銃声。鼻をつく硝煙と血の匂い。
私は夜を迎える前に自前のコミュ症が発動して単独行動を取っていた。しかし、それが逆に良い方に転がり私は殺人鬼の群れに囲まれる事なく暗闇に身を隠す事に成功していた。
一人になるとネガティブな事ばかり考えてしまう。
こんな地獄みたいな試験を強要する組織に正義などあるのだろうか?
「私、どうせ殺されるならアイビスに殺されたかった……」
もしもこの試験で生き残れたとしても私は一生後悔するだろう。生き延びるために同期を見殺しにした。同期の死体から弾丸を盗み取った。こんな危険な試験を課す
「お願いだから死んでよ!!」
でもそれは相手だって同じだ。私たちのことを殺したいと思ってこの場に来ているのだから。おそらく上層部の方で何らかの司法取引があったのだろう。死刑を免れたい死刑囚からすればこれは刑を軽くできるボーナスゲームでしかない。
「嫌だ、まだ死にたくない!」
死と隣り合わせの極限状態で冷静になれるわけもなく。臆病者の私はただ闇雲にハンドガンを撃ち続けた。
「ッ、クソが!」
「餓鬼が! これでどうだ!!」
度重なる銃撃戦。恐怖と傷の痛みを誤魔化すように狙いを定めて何度も引き金を引いても殺人鬼はそれを簡単に避けてしまう。そして決死の抵抗と言わんばかりに私に向けて発砲した。
「ああもう! 早く死んでよ!」
放たれた私の弾丸は寸分違わず死刑囚の額を貫く。しかし、相手もタダでは死なない。使用者が死んだ事によりアサルトライフルがコントロールを失う。私に反撃するために放った数発の銃弾が私の頬を
「あ……」
飛来する一発の弾丸。突然の出来事に私は避けることすら出来なかった。まるでスローモーションの様に銃弾が迫ってくるのが見える。それが私の心臓を貫くのだと直感した。
──ああ、私はこれで死ぬんだ。
あの時、アイビスに殺されてたらこんな思いもしなくて済んだのかな。
そんな事を考えていた私は生きる事を諦めていた。
だけど。
「……っ!?」
ギン、と。心臓を貫くはずだった弾丸は胸にしまっていた『御守り』により直撃を阻まれ、私はかろうじて致命傷を免れていた。
その御守りは育成機関に配属される前にアイビスにプレゼントされた黒と青を基調にしたバタフライクリップの髪飾りだった。
「彩羽はロングヘアの方が似合うと思うよ。一緒に仕事をする時までにはその髪飾りが似合う女になっててよね」
そんな素敵な約束はいずれ死にゆく猟犬には似合わない。もしかしたら、アイビスも私が猟犬になれるなんて思っていなかったのかもしれない。
人との約束は破るもの。プレゼントの髪飾りも銃弾で壊れたし、せっかく伸ばした髪も殺人鬼の魔の手から逃げるために髪を掴まれた瞬間に自分からナイフでバッサリと切り落とした。
私は人との約束を守れない。それはおそらくこれからも変わらないのかもしれない。
三日間に渡る死闘の末、気が付けば私は鉛の様に重くなった身体を引きずりスタート地点の海岸に辿り着いていた。夜明けを迎えると水平線から薄っすらと太陽の光が淡く輝いていた。
「死刑囚の殲滅を確認。現時刻をもって最終フェイズを終了する」
終了の合図が流れると程なくして試験官のマグノリアが私の前に現れた。どうやら時間のタイムリミットなんて最初から存在していなかったらしい。死刑囚に【首輪】が付いていたのを察するに全員殺すまで試験は続くシステムだったのだろう。
「生存者は──なんだい、お前一人だけか」
今年は不作だったね。そんな無神経な言葉しか言えない人間が直属の上司になるなんて不幸でしかない。
「はは、見な候補生。死体に烏が群がっているよ。こんな無人島に渡り烏なんて珍しいね」
それは自然の摂理。弱肉強食。屍肉は餌になり新たな命を繋いでいく。
「死体の匂いに誘われたのか。それともこの地に『厄災』でも降りかかったのかねぇ。どっちにしろ生き残ったお前は不幸を撒き散らす疫病神さね」
私は生き残った。同期の皆んなは死んだ。ただそれだけだ。道徳とか倫理観なんて難しいことは考えるだけ損だ。
「へえ、本名は烏丸彩羽か。丁度いい、お前のコールサインは13レイヴンだよ」
そして試験を通過した私は『No.13』とアイビスの相棒という資格を手に入れた。レイヴンという不名誉なコールサインを命名した張本人であるハンドラーマグノリアはその試験以来私の前にその姿を晒していない。
まさかオカルトなんて信じているわけじゃあるまいし。それか仕返しされるのを怖がっているのだろうか。そんな繊細な神経をあの人が持ち合わせているとは到底思えないけど。
「さぁ、仕事の時間だ。04アイビス。13レイヴン。派手に行こうじゃないか。社会のゴミどもを皆殺しにしてきな!」
それでも幸せな瞬間は確かにあった。アイビスと一緒に仕事ができる。アイビスと一緒の時間を過ごせる。その幸せに対してだけはあの人に感謝してもいいのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます