第17話 ★癒しの時間は必要だよ
「……ついに本性を表したわね変態」
眠っているマオちゃんを背負ったまま自宅のマンションに戻ると、シグネットことハイネが私に対しそんな辛辣なことを言い放った。
「ノンバイナリーが許容されている今のご時世だから、同性愛にとやかく言うつもりはないけど……流石に女子児童を誘拐してくるのは一線超えてるわよ! この鬼畜ロリコン!」
「ご、誤解だよハイネ。私は別にやましい事はしないつもりだよ?」
「誤解? この部屋は十一階だけどアンタの性癖が歪んでいるのは救いようの無い事実でしょ!」
「あ、うん。ボケが迷走してるけど、とりあえず落ち着いて」
ハイネとあれこれ口論していると背負っているマオちゃんが目を覚ましてもぞもぞと動き出した。
「うにゅ……あれ? ここどこ?」
「おはよう、マオちゃん」
「んっ、おはようお姉ちゃん」
寝ぼけた眼で私の顔を見た途端に満面の笑みを浮かべて抱き着いてくる我が愛しの妹分。うん、可愛いが可愛いで二倍可愛いね。
「……ところでお姉ちゃん。あっちの人は誰なの?」
マオちゃんは私を信頼してくれているみたいで警戒の色は一切無いものの、私の背後で敵意剝き出しで睨んでくるハイネの姿を見て不安そうな表情を浮かべた。
「彼女は……私の友達だよ」
「……そうなの?」
「うん、そうだよ! ほらっ、ちゃんと友達いるでしょ?」
ハイネの事を友達だと思えないのかマオちゃんは首を傾げて困った表情を浮かべる。
「ほらっ、マオちゃんからもハイネに挨拶して」
「……うん」
私の言葉に素直に従ってマオちゃんは戸惑いながらもペコリと頭を下げた。
「こ、こんにちは。マオです……よろしくお願いします」
「え? ああ、うん。初めましてハイネよ。よろしくね……」
そんな挙動不審な妹分と握手をしつつハイネはチラチラと私の顔色を窺うように視線を向けてくる。
「アンタ、妹いたの? 全然似てないんだけど?」
「う、うん。過去に色々とあってね」
色々で片付けるには【
『独りぼっちが寂しいなら、私が貴女の家族になってあげる!』
──洗脳を解くためとはいえ、我ながら大胆な口説き文句だったと思う。あれはもはやプロポーズの勢いだったし。
「……なるほどね」
そんな私の言い回しから何かを察したのか、ハイネは意味深な溜め息を吐いた。
「アンタもアンタで中々に苦労人なのは分かったけど……これからどうするつもりなのよ?」
「その辺の話は後でするからさ。とりあえずマオちゃんをお風呂に入れてあげたいんだ。あと服の洗濯も」
「あ、うん。なんか、匂うわね……」
可愛い妹分が洗ってない犬みたいな匂いをさせているのは絶対にマズい。早急に対処しなければならない案件だ。正直、匂いで鼻が曲がりそうだから。
「洗濯のついでに私も一緒にお風呂入るから、ハイネはその間にマオちゃんが着れそうな服を見繕ってあげてよ」
「ええ、分かった──って! 自然な流れを演出されて危うく了承しそうになったけど、アンタが一緒にお風呂入る必要はまったく無いわよね!?」
「……ッチ」
「今、露骨に舌打ちしたわね?」
「ハイネ、空気読もう?」
「何の空気よ、何の」
強いて言えば大宇宙の意志かな。傷付いた今の私たちには癒しが必要なんだよ。主にサービスシーンとか。家主の私に対するサービスが。
「お姉ちゃんのお友達は一緒にお風呂入らないの?」
私とハイネの口論にマオちゃんが純粋な瞳でそんなことを言ってきた。
「そうだね。せっかくだし三人で入ろうか?」
「せっかくって何? あたしは入らないから」
ハイネがつれないことを言うと大天使が上目遣いでこう言った。
「マオ、お姉ちゃんとお友達の三人で入りたいな」
「……ぐぬぅ」
女子児童の縋るような瞳と善意に満ちた言葉にハイネは押し黙った。うん、これが本物のロリの力だよ。純粋無垢で穢れを知らない存在だからこそ使える最強の魔法だ。
「……分かったわよ。三人で入りましょうか」
「やった♪」
「うへへ、マオちゃんが嬉しそうで何よりだよ♡」
結果良ければ全て良し。こうして私とハイネとマオちゃんは三人で仲良くお風呂に入ることになった。
着替えを済ませて数分後。
「はー……生き返るねぇ」
湯船に浸かりながら私は「ふぅ」と、安堵の溜息を吐いた。
「マオちゃんもお風呂気持ちいい?」
「うん。久しぶりのお風呂気持ちいい」
私の膝にちょこんと座るマオちゃんの頭を撫でながらぷにぷにの頬っぺたを突くと彼女はくすぐったそうに身をよじった。あぁ、本当に癒されるなぁ……何時間でもこうしていたいよ。
「…………」
ふと、マオちゃんの首に巻かれている黒い首輪に目が行く。目が行くけど、本人も含めて納得して選んだことだから、私はその首輪にはあえて触れなかった。
「やっぱりアンタの性癖は歪んでいるわ」
湯船に浸かる私とマオちゃんに訝しげな目を向けるハイネ。
流石に三人で一つの湯船に入るのは窮屈なので、ハイネにはバスチェアで待機してもらっている。
「まったく、この歳になって他人と一緒にお風呂に入るなんて思わなかったわ。日本人だけよ他人と一緒にお風呂に入るのに抵抗感が無いのは」
ハイネはブツクサと小言を言いながらボディーソープをスポンジに染み込ませる。
「でも慣れると楽しいよ?」
「大家族じゃあるまいし。あたしは一人でゆっくり入りたいわね。他人に裸見られるの恥ずかしいし……」
「あぁ、なるほど」
ハイネが一人で入浴したがる理由が何となく分かった。
その背中の古傷は他人の目に触れられたくないんだろう。天使の翼みたいで可愛いと思うけどな、私は。
「……ハイネって大きいもんね」
「人のコンプレックスを刺激しないでよ。てゆーか、アンタも似た様なもんじゃない」
「いや、私の胸なんて使い道のないただの駄肉だよ」
「まるであたしの胸には近い道がある様な言い方やめてくれる?」
あるよ使い道。観賞用と使用用と布教用で3つは欲しいかな。
「お姉ちゃんたち大きい。マオはまだまだ小さい……」
自分の控えめな膨らみを撫でてしょんぼりするマオちゃん。
「大丈夫だよ、マオちゃん。成長期はこれからだから」
「うん……アイビスお姉ちゃんよりは大きくなる」
「アイビスよりも大きく……」
ゾクリ、と。変な悪寒が背中に走る。
それは身長の話だよね?
触れちゃいけない地雷原に足を踏み込みそうになったので私は湯船から上がってマオちゃんにこう言った。
「……お姉ちゃん夜ご飯の準備があるから先に上がってるね」
言い様のない悪寒の正体は分からないけど、きっと命に関わるデリケートなことなのだろう。もしかしたら過去に体験したトラウマの類なのかもしれない。
「ご飯の準備ならあたしがやるけど?」
「ううん、いいの。ハイネは病み上がりだからゆっくりしててよ」
「そう? まぁ、あたしもこの子には色々と聞きたいことがあるから、もう少しゆっくりさせてもらうわ」
「うん、ゆっくりしててよ」
私は微妙な空気感の二人を残してバスルームから出て洗面台で髪を乾かす。
あれ? そういえばハイネとマオちゃんってお互いに面識が無いのかな?
同じ任務に
──なんだろう。何か引っかかる。
「……そういえばアイビスとマオちゃんは昔からの知り合いみたいな感じだったけど。詳しいことは教えて貰ってないんだよね」
昔に色々あったんだ。アイビスはそれ以上は何も教えてくれなかった。
「……信用ないな私って」
キッチンで特売だったステーキ肉をいい感じの焼き加減で仕上げると、ホカホカに温まったハイネとマオちゃんがリビングにやって来た。うん、お風呂上がりの裸パーカーは最高だね。眼福だよ。
「ハイネ、マオちゃん。ご飯出来たよ」
「ええ、いただくわ」
「……久しぶりのごはん!」
焼けたステーキをテーブルに給仕すると肉に飢えている二人は野生の獣の様にステーキ肉に喰らい付いた。
「うん、安っぽい肉だけどお腹が空いていると何でも美味しいわね!」
「マオも……お肉食べるの久しぶり……」
「まだまだあるから遠慮しないで食べてね。今日は二人の歓迎会だよ」
遠慮しないでとは言ったけど数には限りがあるわけで。当然のこと私の分は買っていない。それでもこうして二人が美味しそうにご飯を食べてくれると嬉しい気持ちになる。
「……お姉ちゃん」
そんな私を見てマオちゃんが遠慮がちに声をかけてきた。どうやら聞きたいことがあるみたいだ。何を聞くのか何となく予想はついているけど私は敢えて知らないフリをした。
「どうしたの?」
「えっと……」
マオちゃんはもじもじと身体を縮こまらせながら意を決したようにこう言った。
「アイビスお姉ちゃんは……今どうしてるの?」
ほら、やっぱりね。薄々感づいていたけど。まぁ、作戦では生死不明の扱いになっているから当然と言えば当然だけど。それに関しては相棒だった私が一番知りたいよ。
「大丈夫だよ。きっと近いうちに会えるから」
「……そうなの?」
「うん、だからマオちゃんは安心して待ってあげて」
私がそう言ってもマオちゃんの顔は晴れない。多分、アイビスが生きているなら会いたいと思っているんだろうけど……。
「ほんと、罪な女よねあの子。こんなにもあたしたちのことを心配させるんだから」
暗い空気を払拭する様にハイネは言う。
「ねえ、ご飯食べたら親睦会ついでにゲームでもやらない? あっ、ごめん友達いない彩羽にはパーティーゲームとか無縁だったわね」
ふむ、ハイネって微妙に気遣いが下手だよね。
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