第16話 ★お巡りさんコイツです

「……我ながら『らしくない』事をしたかな」


 銀行のATMに着いた私はとりあえずジョージさんに指定された口座に五十万円を振り込んでさらに五万円をスマホ決済サービスにチャージした。


 銀行を出た瞬間に脳内で黒猫から「安かっただろ?」と小馬鹿にされている感じの被害妄想が浮かび上がった。


 まぁ、それは間違いなく私の被害妄想なのだろう。


 確かに情報は本物だった。ジョージさんの仕事にケチをつけるのはお門違いだと自分でも理解している。


 少なくとも組織から与えられた任務は達成している。


 だけど──。


「このやり場のない感情はどこに向ければ良いんだろうね……」


 あの怪人の出現は不測の事態だったはずだ。


 落ち度が誰にあるかとか、そんな不毛な問答はやるだけ時間の無駄だ。


「……危うく新しい相棒を失うところだった。しかも自力じゃ何も出来なかった」


 シグネットの安否を確認した後だから。忘れていた怒りが腹の底から込み上げてきた。


「……結局のところ、強化人種エンハンサーに対抗出来るのは同じ異能の力を持った『選ばれた人間』だけなんだよね」


 自分でもそんな分かり切った事を今更になって愚痴るとは思わなかった。


「……無い物ねだりしても仕方ないんだけどな」


 そんな独り言をブツブツと呟いてあてもなく彷徨さまよっていたら辿り着いた先は近隣にある市民公園だった。


「……時間潰しと考え事だけならお金を使わない方が良いよね」


 どこかに座れる場所はないだろうかと公園内を散策していると児童向けの遊具に群がる『ちびっ子』の姿が目に入った。


「オレ知ってる。公園で寝てる人は『ホームレス』って言うんだ」

「違うよまーくん。この人は『行き倒れ』って言うんだよ。お腹が空いて倒れちゃったの」

「ねーねーこの人って死んでるの? もしかしてゾンビとか?」

「生きてるかどうか傘で突いて確かめてみようよ」


 興味本位で近づいてみると幼稚園児年長か小学校低学年くらいの男女二人づつのグループが人の形をした赤い布を取り囲んで何やら相談している様子だった。


「うにゅ……マオはゾンビじゃないよ?」


 グギュウウゥゥゥ。

 そんな謎の呻き声の後に赤い布がもぞもぞと動いた気がした。


「ゾンビが喋った!」

「逃げろ、かまれたらゾンビになるぞ!」

「逃げろー」

「わーい!」


 無邪気を全開にしてゾンビから逃げるちびっ子達。

 取り残された赤い布のゾンビはハムスターの如く地面に丸まった。

 目測のサイズ感では小学生くらいの背丈に見える。


 イメージ的にはゾンビというよりも小動物の方が近い気がするけど。子供、だよね?


 「……お腹すいた」


 その無気力な声には聞き覚えがあった。


 具体的に言えばアジア圏での任務で三人一緒に行動していた──


「くんくん……お姉ちゃんにそっくりな匂いがする」


 そんな風に鼻がやたら敏感で。


「もしかして……お姉ちゃんなの?」


 いつも眠たそうな雰囲気で、思わず守ってやりたくなるほど愛らしくて。


「……お姉ちゃん、やっと見つけた」


 私にとって妹の様な存在のこの子は──

 

「……マオちゃんなの?」


 言って気付く。こんな特徴的な人物を見間違えるはずがないと。


 赤いフードと赤いマフラーが印象的な小学生高学年くらいの女の子。その髪は明るい色の茶髪で可愛い感じの短い三つ編みがペタリと地面に向かって垂れ下がっている。左右で瞳の色が違うオッドアイが私の顔をぼんやりと見つめている。


「……やっぱりお姉ちゃんって友達いないんだね」


 聞き捨てならない台詞が耳に入り私は思わず妹分に反論する。


「いや、いるよ。めちゃくちゃいるよ」

「めちゃくちゃいるの? 本当に?」

「うん。めっちゃくちゃいるよ」

「じゃあ、なんで誰もお姉ちゃんのこと知らないの? 誰もお姉ちゃんのこと知らないからマオはお姉ちゃんを探すの大変だったんだよ?」

「……それはお姉ちゃんがわざとそうしてるからだよ」

「そうなの?」

「そうだよ。だからお姉ちゃんは友達いるよ」

「良かった。これで安心してマオは眠れるよ。おやすみお姉ちゃん……」


 そう言ってマオちゃんはゆっくりと眠たそうに目蓋まぶたを閉じた。


「すやぁ……」

「待って、寝ないで! 公園で行き倒れている女子児童とか犯罪の匂いしかしないから!!」


 というか、マオちゃんの身体から洗ってない犬みたいな匂いがする。もしかして、また迷子になってた?


 というか、何で日本にいるんだろう。確か今は調教師ハンドラーカトレアの預かりで英国イギリスの本部にいるはずじゃ?


「久しぶりだねレイヴン。あの作戦から半年くらいになるかね?」


 聞き覚えのある女の人の声。その声がする方に視線を向けると──そこには一羽の大きな烏がいた。


「……お久しぶりです。ハンドラーマグノリア」


 調教師ハンドラーマグノリア。私やアイビスの直属の上司で私設武装組織アストライアの猟犬を統括する重役の一人だ。


 素顔を見せないという点ではジョージさんと似ている。けど、能力で黒猫を操作しているジョージさんとは違ってこの人の場合は烏に偽装した高性能ドローンを遠隔操作しているだけだ。詳細は知らないけどおそらくはただの人間だと思う。


処理班クリーナーから話は聞いたよ。所属不明の傭兵相手にこっ酷くやられたそうじゃないか」

「……返す言葉もありません」

「まぁ、良いさ。それよりも仕事の話をしようじゃないか」


 勝手に失踪したことを一切叱らず、スパイ容疑の真偽すらも確かめず、ハンドラーマグノリアは私に殺し文句とも言える鶴の一声を浴びせた。


「JK13レイヴン、仕事の時間だ」


 それは争うことのできない運命。私の身体の奥深くに刻み込まれた服従の象徴だった。


「……私は、もう貴女の指示には従いません」

「はっ、そうかい。仕事のついでに昔の相棒に会わせてやるつもりだったんだけどねえ。残念だ」

「…………っ」


 ああ、だからこの人は苦手なんだ。

 私の弱い部分を的確に突いてくる。これだから汚い大人は嫌いなんだ。死別したはずの毒親を私に思い出させないで。


「ダンマリだと話が進まないねぇ。どうするんだい? やるのか? やらないのか? ハッキリしな」

「私は……」


 一人では何も選べない優柔不断の無能だから。一人じゃ何も成せない不良品だから。


「自分で決められないならアタシが決めてやるよ。やりなレイヴン。従うしか能のない猟犬ハウンドのお前に拒否権は無いよ」

「…………」


 隣にアイビスが居たら何て言ったかな。私のこと叱ってくれたのかな。


 アイビス。なんで、なんでずっと隣にいてくれないの? 私は一人じゃ何もできないのに。


 優柔不断の私は上司の命令を拒めなかった。


「……ターゲットは誰ですか?」

「喜びなお前の大嫌いな世界樹ユグドラシルの構成員だ」

「お言葉ですが、強化人種エンハンサーが相手では私単騎では話にならないかと」

「何言ってるんだ。そのために本部からわざわざ新人と調整中の一桁台シングルナンバーを日本に連れて来たんだ。片方はそこに寝転がっているだろ?」

「……マオちゃんを作戦に使うんですか?」

「なんだい、不服そうだね。戦闘面に関してはお前よりも上等だと思うけどね。ちなみにコールサインはJS09スパロウさ。まぁ、カトレアの石頭がゴネて到着が予定より大幅に遅れたんだけどね」

「…………」


 シグネットとスパロウ。ハイネとマオちゃんは序列で言えば私よりも上の階級だ。その指標は単純に猟犬ハウンドとしての戦闘能力を表している。


 おそらくハンドラーカトレアはマオちゃんが自分で仕事を選べるまで待ってあげるつもりだったんだろう。どうせなら私の上司もあの人が良かった。


「……空きのナンバーがあるのに私は13のままなんですね」

「不満か? 不幸を運ぶお前には13番がお似合いだと思うけどね。なぁ、【災禍の翼レイヴン】。あははは……」

「…………」


 その声が、その言動が、その笑い声が私の感情を逆撫でする。


 ああ、やっぱり私、この人が嫌いだ。


 御尊顔する機会があれば是非ともその耳障りな声を出す口に鉛玉をぶち込んでやりたい。


 そんな黒い感情を抱く相手にすら逆らえないなんて。毒親の教育という呪縛は本当に厄介だ。


「詳しい指示は追って伝えるよ。お前はとりあえずその行き倒れを家に連れて介抱してやりな。どうやらソイツは日本に着いてすぐにスマホとクレジットカードを紛失したらしくてね。ここ三日くらいは飲まず食わずで過ごしていたみたいだ」

「それは立派な児童虐待だと思いますけど? 人権とか法律とか道徳とか福利厚生とか、色々とブラックですよね? 猟犬の仕事って」

「失礼な。カトレアが「初めての任務だから手を出さずに暖かい目で見守ってあげてね」って言ってたんだよ。だから自力でどうにかさせたんだ」

「いや、どっちにしろ虐待ですよね?」

「……要件はそれだけだ、じゃあね」

「あっ! ちょっと!」


 都合の悪いことから逃げる様に大きな烏(ドローン)は青空の彼方に向かってバサバサと羽ばたいて行った。


「作戦中の生活費は経費で落ちないし。お給料は全然上がらないし。やっぱりアストライアってスーパーブラック企業なんじゃ……」


 ブラック企業の定義は人それぞれだけど、私の財政がピンチなのは間違いないだろう。


「ハイネには見栄を張って貯金があるって言ったけど……今月末にガチャ代に溶けた廃課金の請求があるんだよねー。あと転売ヤーから買ったカナリアのチケット代とかも」


 お金を稼ぐには働くしか無い。悲しいけどこれは揺るぎない事実だ。


「とりあえず、お肉を買ってマオちゃんをお風呂に入れてあげないとだねー。ハイネも言ってたけど戦いの前にはうんと英気を養わないとね」


 嫌な人との再会を忘れるために私は無駄に明るく振る舞ってテンションを上げる。


「マオちゃん、やっぱり洗ってない犬みたいな匂いがする……何日迷子になってだんだろ?」


 すやすやと眠る妹分を背負って私は背中に伝わる小さな温もりに言いようのない懐かしさを感じた。


「ふへへ、今日はマオちゃんとお風呂で洗いっこ出来るね。お姉ちゃん、マオちゃんの成長からだが楽しみだよ♡」

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