第12話 小さな幸せです。

俺は今、病院にいる。学校終わりやバイトの後、用事の後など俺はできるだけ顔を出すようにしている。今日は康ちゃんと一緒に向かい、トイレから戻ると康ちゃんは姿を消していた。


「あれ志乃~康ちゃんは~?」


「康二さんなら飲み物買ってくるって出て行ったよ。それよりお兄ちゃん!明日は学期末だー嫌だぁー!!って康二さんが嘆いてたけど大丈夫なの?」


両手、顔、上半身をフルに使い康ちゃんの言葉を自分なりに一生懸命伝えてくる志乃に思わず笑みがこぼれる。

志乃はたぶん、テスト期間に入り毎日のように顔を出す俺に勉強しなさいって言いたいんだと思う。でも大丈夫。勉強は毎日コツコツやってるから康ちゃんみたくテストが近くなって慌てるようなことはないのだ。


「うん、大丈夫だよ」


それから康ちゃんが帰ってきて面会時間ギリギリまで三人で他愛のない会話をし、帰路に就く。


次の日、とうとうこの日が来てしまった。学期末試験初日。全部で四日間行われる地獄のようなテストで教室に入ったとき周りの空気に当てられ気が引き締まるように感じる。


「康ちゃんおはよう~」


「おうじんたんおはようー」


いつもなら朝のホームルームまで雑談をするのだがそう言う雰囲気ではなかった。俺は空気の読める人間なのだ。その後、テストに向けてノートの流し読みや教科書の重要部分の確認をしてテストに臨む。


そして長かった四日間のテストも最終日となった。


「はい終わりー回答は裏返しにして机の上に、回収するから速やかに教室から出ていけー。提出物が出てる教科は忘れないように帰れよー」


その言葉とともにクラスメイト達は一斉に教室から廊下へと出ていく。提出物を出し終えその後は自由なので俺はとりあえずバイト先に顔を出そうと思う。


「何一人で帰ろうとしてんだよー」


ロッカーから靴を取り出し履き替えたとき、後ろから声と衝撃がくる。


「康ちゃんそれにみんな揃ってどうしたの?」


突撃してきたのは康ちゃん。後ろを振り返って驚く。康ちゃんの他にカトちゃん、由ちゃん、夜巳さんとみんなが集まっていたからだ。


「どうしたのってそれ聞くのかい?君はこれから私の家に向かうんだろ?」


「ほらみんなテスト頑張ったんだから打ち上げよ!打ち上げ!」


カトちゃん、夜巳さんが説明をする。俺は、中学の時人とあまり関わってこなかった。だからテスト終わりに打ち上げすることなんて無かったし、そんなこと考えもしなかった。


「行く。って言っても強制参加なんだろ~」


「正っ解ー!」


俺たちは並んで学校を後にする。帰り道で後ろを歩く俺の横に由ちゃんが歩み寄ってくる。


「本当に大丈夫?急に誘って嫌じゃなかった?」


「うん。嫌じゃないよ。俺は康ちゃんやカトちゃん以外の友達なんていなかったからこんな風に友達と放課後帰るなんて想像したことなかったから。今はそれが嬉しいんだ」


急にはやめてほしいけどねと付け足す。

そうなんだ。こんな風にみんなと…


そう心で思ったとき、帰りのいつも見慣れた場所で目の端に移る。草臥れた服装の男。その顔を見て血の気が引くように感じた。心臓は正常な動きをやめたかのように不気味に不安定に鼓動する。


「慎……二…!?」


「仁太どうしたの!?顔が真っ青よ!大丈夫!?」


口から出たあいつの名前。それに反応し一歩先を歩く彼女は振り返り俺を心配する。それもそうだろう。俺はあいつに“恐怖”しているから。

槙野慎二。俺と志乃の実の父親であり、妹を病院送りにした男である。

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