出会いの形は最悪だ 第7話、第8話

 そんなわけで、入学のしおりを鞄から取り出しこの学校の部活について書いてあるページを開いた。数多くある部活の中で名前からして楽そうなものを選定し、候補を三つにまで絞った。それは、地学部、園芸部、映画研究会だ。どれも地味そうで、いずれは幽霊部員になれそうな名前だ。でも安心するのはまだ早い。見学で本当に安全かどうかを確認してからだ。たまに妙に熱心でこだわりの強い部とかあるからな。それだけには絶対に当たりたくない。高校でどれだけ頑張ったって、そのまま躍進できるのは所詮一握りの才能がある人間だけなのだから。

 部活の選定も休み時間も終え、チャイムが鳴り響くと同時に教室に入ってきた教師が言った。

 

「起立! 礼! 着席!」

 

 クラスの人間は皆言葉の通り行動し静かになっとところで教師は再び喋り出す。

 

「えー、今日はあとホームルームをして終わりになります。ホームルームでは、自己紹介と学校の説明を主に行なっていきます。疑問や質問があるものは、その都度挙手をしてください」

 

「はい、先生。質問があります」

 

 と、話し終えた途端だったが、早速手を挙げた猛者がいた。それは、朝のチャイムギリギリで登場し、全力で滑った如月とか言う女子。

 

「おう、言ってみろ」

 

「私たちはまだ先生の名前を知りません。私たちが自己紹介をする前に、先生が自己紹介をして、お手本を見せていただきたいです」

 

 何を言い出すかと思えば、こいつ本当に猛者だ。普通の人ならそんなこと先生に訊けないよ。

 

「いいだろう」

 

 クラスの誰もが逆鱗に触れたと思い浮かべていたけど、教師はいたって穏やかな表情でそう答えた。

 

「まず、自己紹介とは相手に自分のことを知ってもらうためにするものだ。名前から始め、誕生日、趣味か特技、入ろうと考えている部活、簡単な挨拶。高校生はそんなものでいいだろう。俺の場合は教師の立場上部分的に変えて行う。まずは名前からだが、名前は田村和馬。年齢は二十八歳。趣味はゲーム。担当科目は体育。顧問をしている部活はライフル射撃部。担任を持つのは二回目でまだ慣れていないが、一年間よろしく頼む」

 

 深くお辞儀をして、顔を上げるなりすぐに口を開いた。

 

「これでいいか?」

 

「はい、よろしいですとも」

 

 如月という少女はどうしてこうも挑発的な発言ばかりするのか、僕には不思議でしかなかった。

 

「そうか、それでよかったのか……」

 

 田村先生は、顎に手を当てて不思議ような顔を浮かべていた。

 

「教師だから少し変えると言っておきながら、誕生日ではなく年齢を言ったのは面白いと思っていたが、そうではないのか。やはりお笑いというのは難しいな」


 入学早々そんなネタで笑えるか。多分だがクラスの大半はそう思っていたに違いない。すごく不思議な先生が担任になってしまった。クラスにはそんな雰囲気が漂っていた。

 

「では気を取り直して出席番号一番の君から、俺のように自己紹介を始めてくれ」

 

 そして、すごくマイペースで切り替えの早い先生だとも思った。

 田村先生がそう言って、一番の子から順番に自己紹介が始まった。自己紹介に関しては、小学校でも中学でも何度も経験しているが、ゴタゴタした人は必ず現れる。でも今回は違う。田村先生が規範を見せてくれることによって過去類を見ないくらいスムーズに進んでいた。

 

「出席番号一番、相澤一花です。誕生日は十一月十六日で、趣味はサイクリングです。部活は明確には決めていませんが、恋愛科学研究会かクイズ研究会に入ろうかと考えています。みなさん一年間よろしくお願いします」

 

 一番手だということもあって拍手は疎だった。でも彼女は、そんなこと微塵も感じてなさそうな顔を浮かべていた。全てに興味がないと、馴れ合いなどしないと言いたそうな顔。

 

「出席番号七番、如月歌恋です。誕生日は二月十七日で、趣味はランニングです。入る予定の部活は恋愛科学研究会です。みなさん一年間よろしくお願いします」

 

 朝の前科があるからもっと盛大に自己紹介をすると思っていたが、意外とお淑やかに済ませていた。

 

「出席番号十一番、佐古樹です! 誕生日は七月五日です。趣味は、運動? 体を動かすスポーツは全体的に好きです! 一年間よろしく!」

 

 樹は本当に変わらないな。このクラスのみんながもうバカだと気づいたのではないか。

 他人をどれだけ羨んだって自分のコミュ障が治るわけではないけれど、何も思わず平然とできるやつが羨ましいよ。

 

「しゅ、出席番号二十二番、中田大智です。誕生日は九月二十三日です。趣味はスマホでゲームすることです。部活はまだ決めていません。一年間よろしくお願いします」

 

 何度経験していても緊張するのには変わりない。だけど、終わった後の安心感はこれを乗り越えなければ体験できないものだ。

 

「出席番号三十五番、吉野川学です。誕生日は八月九日で、趣味は読書です。よろしくお願いします」

 

 淡白だ。そして誰より短い自己紹介だった。

 全員の自己紹介が終わって、田村先生が話を進めていた。その話が退屈でも、ある特定の人物を見ていたわけでもないけど、左斜め前をふと見ていると、如月さんと目が合ってしまった。すぐに目は逸らしたが、彼女は逸らす直前、僕の方を向いて笑った。

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