第26話
「な、なんでしょうか」
「どうして泣いたの?僕が何かした……?」
「違いますっ!マスクウェル殿下は何も悪くありませんわ!」
そう言ってファビオラがマスクウェルを見上げるようにして見ると彼は苦しそうに眉を顰めている。
「理由を教えてくれ」
「……っ」
あと少ししかマスクウェルの婚約者でいられる機会がなく、婚約破棄されてしまうことが嫌だから、なんて言えずにファビオラは押し黙っていた。
「マスクウェル殿下のせいではないんです……わたくしのせいで」
「どうして僕じゃダメなの?」
「……え?」
「僕を選んでくれ。ファビオラ」
マスクウェルの悲しそうな表示にファビオラは戸惑っていた。
まるでマスクウェルがファビオラを好いているように聞こえなかっただろうか。
「こんなに君のことが好きなのに……っ、どうして伝わらないんだ」
その言葉にファビオラは思考停止した。
頭の中には『君のことが好きなのに』というマスクウェルの台詞がエコーのように反響していた。
何よりマスクウェルの気持ちを初めて聞いて、尚且つ両思いであることに戸惑いを隠せない。
(あれ、えっ……?こんな展開は原作にないはずよね????)
ファビオラは間近にあるマスクウェルの顔をチラリと見る。
相変わらず美しいのだが、それは今は置いておいて大切なことがあるのではないだろうか。
しかし彼の顔がどんどんと近づいてくる。
全身の毛穴から吹き出す汗、飛び出しそうな心臓をおさえていた。
「それはですね……えーっと、えっと!」
「君の気持ちと何故僕と別れるつもりでいるのか聞くまで、今日は絶対に帰さないから」
「ぐっ!」
「なに?」
「刺激が強くて……好きだなぁと」
「……。僕のこと好きだというわりには余所見ばかりして」
何故かめちゃくちゃ怒っているマスクウェルにゴクリと鳴る喉。
至近距離にいるマスクウェルに耐えられずに、ファビオラの体から力が抜けてしまう。
マスクウェルはファビオラの腰に腕を回して、もう片方の腕を掴んでいる。
更にマスクウェルと距離が近い。
「わ、わっわたくし、余所見なんてしていませんからぁあぁ!この世界に来てから、マスクウェル殿下一筋ですっ」
「ふーん。でも僕はトレイヴォンと街で買い物しているのを見た。仲睦まじく寄り添っていたぞ?」
「あっ……!それは」
「それは……?」
「マスクウェル殿下のドレスに似合う髪飾りを探していたんです!」
そう言ってファビオラが顔を赤くすると、マスクウェルはその表情を見て目を見開いている。
「半年前に僕と別れた後はトレイヴォンと結婚すると言っていたじゃないか」
「そ、それはマスクウェル殿下の幸せを見届けた後の話で……」
「僕は君を手放すつもりはない」
「なっ……!?」
マスクウェルの琥珀色の瞳と目があった。
彼は冗談ではなく、本気でそう言っているのだと気づく。
しかし本気になればなるほどに失うことが怖い。
ヒロインと出会った後に、辛くなってしまうし、笑って送り出すことができなくなってしまう。
「いいえ、マスクウェル殿下は他の人を好きになるんです……!」
「ならない」
「……っ、どうしてそう言い切れるんですか!?」
「それはファビオラが好きだからだろう?」
「でもシナリオでは……っ!」
「シナリオ……?シナリオって何?」
「はっ……!」
ファビオラは口元を押さえた。
しかしマスクウェルは追求するように迫ってくる。
黙っていようと思っていたファビオラだったが耳元でマスクウェルに「僕にはなんでも話そうね?秘密はなしだよ」と言われて首がもげそうなほどに頷いた。
自分でも思うが相変わらずチョロい。
トレイヴォンに話したように、マスクウェルに内容を話していく。
彼は髪をグシャリと掻き乱した後に溜息を吐いた。
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