第16話 その、突然の別れは……(後)3/3
祥太郎が病室を出ると、廊下には田原、仁川、鴨井の三人が控えていた。
田原が、勢い込んで祥太郎に問うた。
「サシャのやつ、どうだった?」
「ああ、元気だったよ。撃たれた側の左手も、ちゃんと動いてた。とりあえず、身体の心配はないよ……」
「そうか……良かった。何よりだ……」
田原の言葉に、仁川と鴨井も、安心したようにうなずいた。
「それとな……あの……本人の口から、はっきりと聞いたよ。サシャは、実は……」
祥太郎がそこまで言ったとき、田原がそれを遮った。
「木下、みなまで言うな。分かってる、分かってるよ……」
仁川も、うなずきながら言った。
「俺たちも、薄々感じてたことさ。サシャが……その……そうなんじゃないかっていうことは……」
鴨井も、きっぱりと言った。
「俺たちは、何も知らないことにしよう。少なくとも、俺たちが……サシャが一高を卒業するまでは、な。校長先生も中澤先生も、分かってくれているさ」
ともに死線をくぐった級友たちに、祥太郎は深く頭を下げたのだった。
*
翌日の放課後。
祥太郎は、東京帝大病院に赴き、サシャの病室に向かっていた。
……あれから一晩、祥太郎は、サシャの独白と想いとを反芻しながら考え込んでいた。そして、決めたのだ……自分をさらけだしてくれたサシャに、俺は自分の口で、自分の想いをはっきりと返したい。そうしなければならない……と。
それが、一晩考えて達した、祥太郎なりの結論だった。
階段を上がり、サシャの病室があるフロアに達した祥太郎は、その病室の前で、数人の看護婦たちが何ごとかに慌てふためいているのを見た。
祥太郎は、思わず看護婦の一人を呼び止めた。
「あの……何かあったんですか……?」
「あなたは?」
「そこの病室に入院しているサシャ・フランベルグの、一高の同級生の木下です」
「それが……その患者さんが……サシャさんが、いなくなってしまったんです……」
祥太郎は、呆然と立ち尽くした。
二人の会話を耳にしたのか、別の看護婦が、祥太郎のところに歩み寄ってきた。
「一高の木下さん……とおっしゃいましたか?」
「は、はい。そうですけど……」
「……これ、病室に残されてた……木下祥太郎さん宛てのお手紙です」
看護婦が差し出した封書を、祥太郎はひったくるようにして受け取った。封筒には、端正な日本語で『木下祥太郎様へ』と記されていた。
中の便せんを、祥太郎は震える手で取りだした。
そこには、以下のように記されていた。
『祥太郎へ。一年ほどだったけれど、僕の友だちになってくれてありがとう。最後は喧嘩別れのようになってしまって、本当にごめんなさい。言い訳がましいかもしれないけど、やっぱり僕は、人付き合いが苦手だった。だけど祥太郎は、僕を、最初はご学友としてだっただろうけれど、対等な友だちとして扱ってくれた。そうしているうちに、僕はいつしか祥太郎に惹かれてしまっていた。嘘偽りで塗り固められたこの僕が、そんなことを思うようになってしまったなんて……神様がいるとしたら、なんて意地悪なんだろうと思った。でも、できるなら、祥太郎のそばにずっと居たかった。しかし、いずれにしても、それは叶わない相談だった。ましてや、こんな別れかたになるとは、僕自身、想像もしていなかった。あまつさえ、今回のことで、祥太郎たちを危険に晒してしまった。ごめんなさい。あの安藤大尉が言っていたように、ナチスが滅びない限り……おそらく祥太郎と再会することはできないだろう。だが、それでも、夢だけは見させて欲しい。国家間のしがらみが、すっかりなくなった世の中になったら、せめて、一目だけでもいい。祥太郎と再会出来ますように……。どうか、これからの時代が今よりも苦しく、恐ろしいものになったとしても、どうか元気に生き残って欲しい。東京帝大の受験、頑張って。お元気で、さようなら。サシャ・フランベルグより…………追伸。この手紙は、読み終わったら燃やして欲しい。あと、田原、仁川、鴨井や、一高の先生方にも、よろしく伝えてね』
その日を限りに、サシャ・フランベルグと、その執事・佐川豊は、行方不明となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます