第9話 その、新たな留学生は……3/3

 






 その頃、校長室では、林校長と中澤教授が茶を飲みながら、ストームの喧騒を聞いていた。


「新学期早々、また中寮でストームか。ずいぶん盛り上がっているようだな?」

「今日のは、フランツ・ハイデルベルグの歓迎会でしょうね」

「ドイツからの二人目の留学生……か……」

「もう、なんだか、我が一高は文部省……いいえ、ドイツ側にいいように使われている気がしますね」


 苦笑しながら言う中澤に、林もうなずいた。


「サシャ・フランベルグの次はフランツ・ハイデルベルグか。いったい、ドイツ側は何人の留学生を送り込んでくるつもりなのか……」

「校長。これは、何らかの政治的思惑があるとしか思えませんが……」

「政治的思惑?」


 穏やかではない言葉に、林が身を乗り出した。


「例えば、我が国の将来のエリート層に、強力なパイプを構築するつもり……とか?」

「だとすれば、気の長い話だな」

「……」

「仮にそうだとしても、それを文部省やドイツ大使館に言っても、おおかたはぐらかされるだけだ。あくまでこれは、学生レベルの交流を目的としたものだとな……。我が校としては、あの留学生二人に、粛々と学校生活を提供するだけだ」

「……結局は、それしかありませんね」

「まあ、前向きにとらえよう。サシャ・フランベルグによる我が校での学校生活が好評だからこそ、ドイツ側が二人目の留学生を送り込んできた……そうかもしれないじゃないか? つまり、我が一高の教育が海外にも認められている、ということだ」

「ま、まあ……」

「それに、二人とも今のところは問題なさそうなんだろう?」

「ええ。サシャ・フランベルグもかなり馴染んできているようですし、フランツ・ハイデルベルグもすぐにクラスに打ち解けたようです」

「いいじゃないか。今後、留学生はすべて中澤君のクラスに任せようかな?」

「え……」

「冗談だよ。それより中澤君、今年度は君のクラスも受験だ。よろしく頼むぞ」

「分かりました。せめて入試が終わるまでは、何ごとも起こらないことを祈るばかりです」

「何ごとも、とは?」

「色々です。クラスの中の平和もそうですし、社会情勢もそうです。つい最近は二二六事件もありましたし……」

「……そうだな。せめて、生徒たちがいつまでも自由に学業に励めるといいんだがな」


 林と中澤は、しみじみとうなずき合った。

 



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