第33話暗殺ギルドに入ります。
目を開けると、レイモンドがまだ私に口づけをしたそうにしていた。
私の唇を親指でいじってくる。
「レイモンド、本当にやめてください。私は、子供の自分が女扱いされるのが一番嫌なんです。」
私は彼の胸を押して距離を取ろうとしながら言った。
「エレノア、あと3年で私と結婚するのですよ。帝国では男女とも18歳で成人してから結婚できるようになりますが、サム国では女性は16歳から結婚でき結婚すると同時に成人とみなされます。」
私はレイモンドが話した事実にショックを受けた。
「なんですか、それは。サム国が女性の権利を大切にしているなんてまやかしではないですか。若い女が好きな男が作った法律ですね。レイモンド、結婚式の誓いの口づけは先ほどのように唇に近い頬にして頂けませんか?招待客がいる方の頬にしていただければ、おそらく他の方から見れば口づけをしているように見えると思うのです。」
好きでもない相手と口づけをしなければいけないなんて絶対に嫌だ。
「エレノア、そんなことで子供はどうやって作るのですか?」
私は2歳の時、皇帝の子供を必ず産むように言われたことを思い出し涙が込み上げてきた。
どうして生まれて2年しかたっていない子供に子供を産む教育をするなど、残酷なことが行われているのだろうか。
「結婚式の夜には子作りをしなければいけないのですよね。私は皇族専属の娼婦になる運命から逃げてきたと思ったら、今度は王族専属の娼婦になる運命に堕ちていたのですね。」
私は頬に熱いものが流れるのを感じた。
サム国で幸せな日々を送れていた気がしたけれど、結局同じような運命の元に辿り着いている。
「エレノア、泣かないでください。私の妻になるのだから、娼婦になるのではありません。」
レイモンドが私の頬の涙の滴を指で拭ってくる。
「レイモンドが私が泣いているのを見ないフリをしてくれるところは好きでした。触られるのが嫌だと言ったことも、最近では無視してますよね。どんどんあなたが嫌いになるんです。好きでもない相手の子供を産むのを至上命題とされるのだから娼婦よりも酷い運命です。嫌いな人の子供まで産まなくてはなりません。やはり婚約は解消し、私の良き理解者として側にいては頂けませんでしょうか?」
私は帝国貴族の価値観を持ち合わせていて、人前で泣くことはみっともないと思っている。
彼が私が泣き出しても見ないフリをしてくれたのは、そんな私の価値観を理解してくれているからだと感じていた。
「私はエレノアを愛しているので、結婚したいです。私に側にいて欲しいと思うなら、婚約破棄は諦めてください。」
レイモンドは本当に変わっていない。
確かに政務に勤しむようになったが、自分の要求を通すために平気で私を脅してくる。
帝国の公女であるという秘密で私を揺さぶり婚約をすすめた時と同じではないか。
「私、表社会で生きて行くのは諦めました。暗殺ギルドに入ります。私、大人っぽいメイクをしたら18歳に見えると思いますか?」
私はやはりエレナ・アーデンの言うことに従っていればよかったのだ。
おそらく困った時に連絡するよう言われた居酒屋で合言葉を言うと入れるのが、私を入団させる予定だった暗殺ギルドの入り口だ。
しかし、成人していないと居酒屋には入れない。
彼女は帝国の要塞カルマン公爵邸から私を誘拐するという凄腕を持っている上に、初対面の私をリスクを負いながらも助けてくれるという女神のような慈愛の心の持ち主だ。
そんな女神の言うことを無視した選択をしてうまくいくわけがなかった。
「絶対に18歳には見えませんし、暗殺者になるのはエレノアには無理だと思いますよ。」
レイモンドは結局15キロ太って、小太りになるという約束まで破っている。
太りずらく、太ったことがないなどと言い訳を並べて、経験のないことをやろうとしない人だ。
そんな人間の言うことが本当に正しいのだろうか、私は彼の側にいるのが楽だから一緒にいたいが彼の考え方は好きではない。
「アーデン侯爵令嬢が私の適職だと言って、4歳の時にすすめてくれたのです。私はその時はなぜ暗殺ギルドをすすめてくるのかが分かりませんでした。しかし、先見の明のある聡明な彼女には今の私の姿が見えていたのです。」
彼はエレナ・アーデンを気位の高そうなキツそうな女だと評していた。
それは、帝国の高位貴族令嬢がするべき演技だ。
彼女が完璧に自分の演技をこなしていたのに、それが彼女の本質だと彼は勘違いしている。
私は彼女が優しいお姉さんのように私に語りかけてきて、失礼な態度にも怒らないでくれた女神だと言うことを知っている。
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