第32話あなたの側でしか生きられません。

「エレノア、大丈夫ですか?2日間も意識を失っていたのですよ。心配しました。」

ここはアゼンタイン侯爵邸の私の部屋だろう。

起き上がった私をレイモンドが強く抱きしめてくる。


「触らないでよ。あなたが本当に嫌いなの。」

私は思わず彼を突き放して、丁寧な言葉遣いも忘れ彼を罵倒した。

私が倒れて2日後と言うことは、アカデミーを無断欠席してしまったと言うことだ。

周りに心配をかけてしまっている、どうして私は2日も目覚められなかったのだ。


「アカデミーには欠席連絡をしているので大丈夫ですよ。」

ベット越しに椅子を用意して座るレイモンドが、まるで私の心を読んだかのように告げてくる。

彼をそんなによく思っていないアゼンタイン侯爵夫妻がよく彼を私の部屋に何日も招き入れたものだ。


「ひったくり犯はどうしました?無事ですか?私が殺しましたか?」

私は一番聞きたかったことを彼に告げると、涙が溢れ出すのを感じた。


「死んでないので、安心してください。悪人のことをエレノアが気にすることはないです。」

私の髪を撫でながらレイモンドが語りかけてくる。


「彼の精神は死にましたよね。彼はどこですか?ひったくりは一生苦しむべき罪ではないはずです。私を罰してください。私は人殺しです。」

私は頬に熱いものが流れるのを感じた。

少しでも相手に期待してしまえば、それが男性なら精神を殺すリスクがあることは分かっていた。

「好意を持ってほしい」という願望にばかり注意をしてしまっていたけど、「止まって欲しい」という希望も魅了の力を使って伝えてしまえば危険だ。


「死んでないから、安心してください。」

嫌いだと言ったのに、再びレイモンドは私を強く抱きしめてくる。


「私、彼の側にいて一生彼を支えます。それが償いになるかはわからないけれど、彼の一生を一瞬で奪いました。ひったくりをするくらい困窮しているなら、面倒を見てくれる方もいないはずです。」

私はレイモンドが私が精神を殺してしまった相手の居場所を知っていると思い、彼の居場所を教えて欲しいと思って思いの丈を伝えた。


「これまでエレノアと一緒にいて、あなたならそんな事をいう気がして、ひったくり犯は丁重に王宮の病院で保護しています。だから、エレノアは彼のことを忘れて良いです。」

レイモンドの言っている意味を理解するのに時間がかかった。

病院で保護したところで、病名などつくことはない。

化け物に超能力のようなもので精神を壊されたのだ。

エレナ・アーデンの言う通り暗殺ギルドに行けばよかった。

彼女のいうことは正しい、私は表社会で生きてはいけない人間だ。


「もう、いや、私はあなたが嫌いなのに、あなたの側でしか生きられません。」

私はレイモンドの側にいる時は、いつも自然体だった。

彼は知能が高くて、女を道具としてしか見ていないから一番魅了の力がかかりずらい。


表社会で生きるとしたら、彼の側にいるしかない。

他の人間のそばにいる時は、細心の注意を払わなければならない。

私の神経がすり減る以上に、相手をいつ廃人にしてしまうかもわからないからだ。


「じゃあ、私の側で生きてください。」

私を見据えた彼が、私の唇を指でなぞってくる。

彼の海色の瞳は明らかに情欲の影が落ちていて、私に口づけしたくて堪らない顔をしていた。


「13歳の少女に欲情しているのですか?気持ち悪いです。仮面を被って地下の秘密倶楽部で欲求を発散してきてください。」

散々女遊びをしてきて、急に女断ちした禁断症状でも出ているのだろう。

私は子供である自身を、女扱いされるのが一番嫌いだ。


「エレノア、ここは貞節を重んじるサム国です。帝国のようにそんな怪しい倶楽部は存在しません。」

彼は口づけこそしないでくれたものの、私の耳のあたりをひたすら弄ってきた。

彼は、散々、遊んできたくせに今更自分の国の最大の美徳を理解したらしい。


「実は、私は淫猥な女です。婚約者の弟に好意を持ってますよ。正直、彼と馬車という密室で2人になるのが怖かったので、あなたが私を拉致して街に連れて行くと言った時に心から安心しました。」

私は欲情を隠そうともしないレイモンドに、自分の想いをひた隠しにするのが馬鹿馬鹿しくなって正直にフィリップ王子に惹かれていることを話した。

フィリップ王子に邸宅まで送ると言われ、30分近く彼に魅了の力をかけないようにする自信がなかった。

私は彼に惹かれていて、好きになって欲しいと願ってしまいそうだったからだ。


「フィリップをいくら好きでも、怖くて彼に近づけないのでしょ。彼は純粋なところがあるから、あなたが近づけば彼を壊してしまうリスクが高くなる。もう、諦めて私の側にいたほうが良いですよ。」

彼の顔が近づいてきて唇に口づけされるのかと怖くて縮こまり目を瞑った。

唇の端の頬に彼の唇が触れた気がして、ホッとした。

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