第9話彼女に好かれたい。
「どうして、私を助けてくれたのですか?」
思わず自分からこぼれ出た言葉に驚いた。
私は意志も聞かれず、誘拐されたにも関わらずエレナ・アーデンから助けてもらったと感じている。
それにしても、私の住んでいるカルマン公爵邸は帝国の要塞とも呼ばれるほどの警備だ。
どうやって彼女は私を誘拐したのだろう。
「あなたが可愛いからよ。今からあなたの新しい人生の2つの道を示すわね。1つ目は暗殺ギルドに入ること。あなたの魅了の力は、男を洗脳できるみたいな力だから自分の能力が活かせるわ。2つ目はサム国の伯爵家の養女になること。公女だったあなたなら生き易すい場所でしょ。どちらも嫌なら、カルマン公爵家に戻っても良いわ?」
エレナ・アーデンはいつも気位の高い高圧的な話し方をするのに、今は私が夢に見ていた理想の家族に登場する優しいお姉さんのような話し方をしている。
「私は、孤児院に行きたいです。自分で行きます。ここまで連れていただきありがとうございました。」
カルマン公爵家に戻って利用される人生を送りたくない。
貴族として生活するより、平民としてパン屋さんになりたい。
それならば、孤児院に言って平民の夫婦に引き取られる可能性にかけた方が良い。
暗殺ギルドは論外だ、なぜ選択肢に入っているのかわからない。
「孤児院ってそんなに甘い場所ではないわよ。思ったようなお家には行けるかわからないし、いじめや虐待にあったりもするのよ。」
エレナ・アーデンが私のことを心配してくれているのが分かる。
人に心配されるとは、これ程に暖かい気持ちになれるものだったのかと知った。
「私は男を操れます。いじめや虐待をするのは女ですか?それでしたら、男を操ってその女をやつけます。カルマン公爵邸を出たのですから、もう私の力は隠す必要ないですよね。行きたい家庭の父親を操れば私はその家に行けるので、一番選択肢が多い場所です。」
私が話す言葉に、彼女はどこか冷めた目になった。
「人に期待していないというより、人を道具のように見ているのね。魅了の力はそんなに万能ではないわ。純粋すぎる人間に使ったら相手の精神を殺すわよ。知能の高い人間なら、何かされたと気が付かれる恐れがある。できるだけ使うことは控えた方が良いわ。正体がバレてカルマン公爵邸に戻りたくないでしょ。」
彼女のいう通り、あまり使うと周りに私の正体がバレてしまうかもしれない。
それにしても、カルマン公爵家の秘密の力は政敵のアーデン侯爵家にはバレバレなようだ。
アーデン侯爵家の人間には魅了の力が効かないと言われている。
アーデン侯爵は代々アカデミー主席卒業生がほとんどだ。
彼女の父親のレナード・アーデンももちろんアカデミー主席卒業生だ。
知能が高いから、魅了の力が効かないのかも知れない。
「あの、私の瞳の色で私の正体はバレませんか?紫色の瞳が帝国の皇族の血が濃い証だなんて世界中誰でも知っています。」
父はレオハード帝国の元第5皇子で紫色の瞳をしている。
元第3皇子が皇帝になって、父はカルマン公爵家の養子となり後継者となった。
私は自分の瞳の色が足枷になって、自由などないと思っていた。
いくら未来を夢見ても、皇族と子を作ることばかりを望まれる。
私だってまだ4歳の子供なのに生まれた時からこの瞳の色のせいでそんな事ばかり言われるのだからウンザリすしていた。
「飲み薬なら1日、目薬なら半日、目に入れるガラスのようなものも渡しておく、これで瞳の色を変えられるわよ。」
彼女は私に目の色を変える小道具を渡してきた。
「このような小道具を使わなければ生きられないなんて、窮屈なので遠慮しておきます。私の瞳は父の紫色の瞳に比べても赤みがかっているので適当に誤魔化します。」
自分で瞳の色について不安を言っておきながら、彼女の用意してくれた小道具を拒否してしまった。
誘拐をしてくれて、時間をかけて、遠くの国まで連れてきてくれたのに気を悪くしただろうか。
親切にされたのが、初めてだからか私は先ほどからエレナ・アーデンの感情が気になって仕方がない。
「皇族の血が濃い紫色の瞳の色はアメジストのような色と表現されるわ、正体を疑われたら私の瞳の色はロードライトガーネットですとでも言っておきなさいな。」
彼女は全く怒っていないようだった。
私はその様子に胸を撫で下ろした。
初めて人から嫌われたくない、好かれたいと思っている自分に気がついた。
私は普段すぐに怒鳴り散らす人間に囲まれているから落ち着いた彼女の態度に慣れない。
何だか一緒にいて心臓をくすぐられているような柔らかさと気恥ずかしさを感じる。
思い返せば、彼女が私に対して準備したものを何一つ受け入れていない。
彼女は気を悪くしていないかが気になってしまう。
「ロードなんとかなんてみんな知らないと思います。宝石ですか?紫陽花色の瞳と言うので大丈夫です。私の髪の色も紫陽花色ですので。」
また彼女の提案を断ってしまった。
彼女は穏やかな顔で私の返答を聞いている。
本当になぜ彼女はまったく怒らないのだろう。
「ふふ、紫陽花色ね。たくさんの色があってとても素敵な表現だわ。サム国の国花だし良い答え方だと思う。それから、困ったことがあっても帝国にいる私はあなたを助けることができないわ。困った時はこちらを頼りなさい。それから、ここから近い孤児院の地図も書くわ。」
彼女はさっと地図を書くと私に紙を握らせてきた。
「あの、ここまでしてもらったので何かお礼がしたいのですが。」
私は彼女にお礼をしたいと申し出た。
心が彼女に好かれたいと叫んでいる。
お礼をしたら、彼女から良い子だと思われるのではないだろうかという邪な考えまで生まれている。
「エレノア、あなたがそう思っている時点で十分よ。今、私に好意を持っているでしょう。私に好かれたいと思ってるわね。私が男だったらどうするの?彼に好かれたいと思った時点で魅了の力が発動するわよ。彼が純粋な人だったら精神を殺す。誰にも期待しないあなたが、いつか誰かに期待する日が来るわ油断しないでね。人に期待しないからあなたは魅了の力をコントロールできているの。それでは健闘を祈るわ。」
彼女に自分の好意と考えを読まれたことに気恥ずかしくなった。
彼女の残した言葉の意味を私はこの時は理解できなかったが、後にその恐ろしさを理解することになる。
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