第10話孤児院の野良猫を駆除しろ。
「え、鎖?」
私は足を鎖で繋がれていた。
エレナ・アーデンに誘拐された幸せな夢を見ていたら、本当に誘拐されていたらしい。
暗い小屋の中に一人いる。
「なあ、こんなことやって問題にならないか。一応、アゼンタイン侯爵家の令嬢だぞ。誘拐したことが露見したらただじゃ済まないだろう。」
「孤児院の野良猫の駆除をしろとの公女様の命令なんだから、俺らは従うしかないだろう。」
「今日はここで休んで、明日アツ国に売り払いに行こう。」
「殺して捨てろと言われても、何の罪もない10歳の女の子は殺せないよな。」
「よく言うよ。高値で売れそうもないなら殺してただろう。あの野良猫は高値で売れるぞ。」
耳を潜めると、小屋の外で会話をしている2人の騎士の声が聞こえた。
この声には聞き覚えがある。
リード公爵家の下っ端の騎士、ロイドとサムだ。
よく面識のある少女を売っぱらおうなどと考えたものだ。
にしても2人は恋仲だったりするのだろうか、小さな窓から見える月が綺麗だ。
私のすぐ側で見張らず、こんな緩い足枷だけで何とか私を拘束できるだなんて甘く見られたものだ。
私は自分の足を上手いこと捻らせて足枷をとった。
「虐待された経験が活かせたわね。外の2人は男だから私の力で操れるわ。」
私は立ち上がると、扉の方に近づいた。
「ぎゃー!おやめください、公子。」
悲鳴とともに、扉が開くとそこには返り血を浴びたハンスがいた。
「エレノア、大丈夫か?」
彼は私に手を差し出そうとして、その手が血が汚れていることに手を引っ込める。
「ハンス、危ない!」
後ろから、血だらけで立ち上がったロイドがハンスに斬りかかろうとする。
私はロイドとサムを反射的に魅了の力で眠らせた。
「危なくなかったみたいだぞ。なんか2人仲良く眠っている。夜も遅いからな。」
ハンスが突然倒れて眠ったロイドを見て少し驚いた顔をした。
ロイドとサムはどうやら大怪我を負っているが死んではないようだ。
私を誘拐した罰としてここに置いていこう。
「ここはリード公爵家の領地の小屋かしら?」
ロイドとサムが私をアツ国に連れて行くと言っていた。
リード公爵家の領地はアツ国との国境線上の高地に位置していて、外を見ると高山植物も咲いている。
「エレノア、実は俺ずっとお前のことが好きだったんだ。王太子殿下と婚約してお前を奪われるのが怖くて誘拐してしまったんだ。怖い目に合わせて本当にごめん。どう、償えば良いのか。」
ハンスは膝まずき、私の足首についた足枷の跡を申し訳なさそうに撫でた。
緩い足枷だったから、見えるか見えないほどの跡しかついていない。
「もう少し上手に嘘をつけるようにならないと、未来の公爵でしょ。貴族は嘘も上手にならなければ、やっていけないわよ。ずっと隠していた恋心を話してしまうほど、ビアンカ公女を守りたいのね。私は誘拐されたことを公にするつもりは全くないわよ。ハンスの大切なお姉様だし、私にとっても憧れの優しい女性だわ。」
私はしゃがみ込んでハンスのピンク色の髪を撫でた。
ビアンカ公女は、自分が婚約者に選ばれると信じていた。
清廉潔白な彼女が関係を持ってしまった王太子殿下と結ばれないことにショックを受けたのだろう。
もしかしたら、殿下はリード公爵家に行って何か刺激されるようなことを言われたのかも知れない。
大人しく、淑やかで私を野良猫扱いせず妹のように可愛がってくれた彼女が私を殺せなどと言うくらい殿下に夢中だ。
それは王太子殿下が自分の知力を巧みに使い、女性を翻弄しているからで彼女が悪いわけではない。
「エレノア、俺がお前のことを好きなの気がついてたのかよ。実は夕方に王太子殿下が姉上に会いに邸宅を訪れていたんだ。婚約者が決まってすぐバラの花束を持って現れた殿下を父上が見たら追い返していただろう。でも、母上は彼を姉上の部屋に通してしまった。扉の外に愛を囁き合うような声が漏れていたし、不貞行為もあったと思う。この事実を明らかにして、エレノアは王太子殿下との婚約を解消した方が良いと思う。王太子殿下が帰った後、姉上がロイドとサムを呼んで何かを話していた。普段、騎士と会話などしないから不審に思ってたんだ。夜になって2人がいなくなったから、姉上を問いただしたらエレノアを誘拐し領地の小屋の近くにでも埋めろと指示したと白状した。」
ハンスが私が髪を撫でたお返しとでも言いたいように、私の髪を撫でてくる。
殿下に髪を触れられた時は、ものすごく不快だったのに全く不快ではない。
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