第16話 面接

「こんにちは。中学三年、草野桜です」


 面接に来た草野は、ハキハキと名前を述べた。


 清楚な黒髪に、綺麗な金色の丸眼鏡。

 白のセーラー服には、一つの汚れもついていない。

 背筋も天井からつられているかのようにしっかりと伸びている。

 クラスで見る時も中々立派な感じだが、この面接と言う場ではなおさら立派さに磨きがかかっている。


「草野さんね。うん。じゃあ、まず志望動機を教えてもらえるかな」

「生徒の生活を裏で支える、という点に大きなやりがいを感じました」

「いいね」

「じゃあ、――」


 先輩方、大阿会長と浅葱副会長が交互に質問を飛ばす。それに返答する草野。そして、それを白いルーズリーフに、記録する書記の俺。久々の書記らしい仕事で、指が味わうように字を丁寧に書いている。


 それにしても、ザ・委員長な感じの草野が委員を何もしていなかったのは、なるほど生徒会に入りたかったからなのか。

 規則として委員会に所属していると、生徒会には入れない。

 草野はそうとうな物好きなんだなぁ、と感じた。


 パソコンは使えるか、週にどれくらい生徒会室に来れるか、などいくつかの質問の答えを記録する。草野の返答はどれもハキハキしていて、迷いがなく、簡潔だった。


「今、二つ役職の候補があるんだけど、どっちが良いとかはある? 」


 会計と庶務。どちらもパッとしない役職だが、真面目な人間でないと務まらない仕事だ。まぁ、いなくても最悪なんとかなるが。生徒会関連であれば、俺の横に連なって座っておられる会長と副会長の先輩方二人がいればできないことはない。言わずもがな、俺だっていらないが。

 その環境の中、草野は1年をどのポジションで過ごしたいのか――


「私は、庶務を希望します」

「庶務ね。了解」


 志望動機の他に、希望:庶務、と記録する。


「では、面接は以上になります。後日、学校のメールアドレスで通知を送りますので、通知はつけておいてください」

「多分採用だから、心配しないで大丈夫だよ。お疲れ様ー」

「ありがとうございました。失礼します」

「はーい。ありがとね」


 そう言って、草野は退席した。

 退席の際も、しっかりとした雰囲気を崩さず、去っていった。


「彼女、中々しっかりしてた子でしたね」

「いやぁ、ね。私の面接とか酷かったよ」

「いや、目に浮かびますね」

「なんだって? 」

「いえいえ」


 大阿先輩のラフな感じは、ずっと持っているものらしい。てっきり高校生になり、後輩と接する機会が多くなったからそういう口調なのだと思っていた。


「そういえば蒼井君って中三か。知り合いだったりするの? 」

「クラスが一緒で、席が隣です」

「あ、そうなの? 随分と他人行儀と言うか。中学生なら行った先で友達の顔見たら何か言うものだと思ってたけど」

「友達……ではないかもしれないですけど」

「そうなんだ。じゃあ、これを機会に友達になってもらう感じかな」

「そうですね、はい」


 会話を続ける為の言葉に悩み、ふと俯いた。 


 草野桜。

 パソコンはそこそこ使える。

 毎日でも来れる。なお部活は無所属。

 志望役職は庶務。


「あ、先輩。面接記録です」


 隣の先輩にパスする。


「お、ありがとう」


 渡した瞬間、腕がフラッとした。


「大丈夫? 」

「すみません」


 さすがに昨日夜更かししすぎたか。

 朝にエナドリを飲んだが、効果はもう切れているだろう。

 久々の書記らしい仕事で何とか冴えていたが、それも切れて一気に眠気が来たらしい。


「すみません、自分コーヒー買ってきていいですか? 」

「うん、良いよー」

「あ、ごめん。奢りでいいから私達のコーヒーも買ってきて」


 そう言って大阿先輩は、彼女の財布から600円を出して言った。


「大阿先輩はそうやって金で人を釣ろうとするんだから。蒼井君奢られるだけで良いからね」

「お願いねー」


 軽くいさめる浅葱先輩の言葉を躱そうとる大阿先輩の声を背にし、俺は生徒会室を出る。


 目の奥がうずく。何にせよ、早くカフェインを摂取したい。


***


 生徒会室が入っている部活棟には自販機がない。

 道路を車や自転車に、眠気で注意力が下がった頭で何とか気を付けて横断し、本校舎まで歩く。


 普段ならジュース片手にが駄弁っている連中がうるさい、自販機が密集したエリア。

 だが、今日は女子が一人近くのベンチに俯いて座っているだけだ。

 そんなに悲壮感を漂わせて。人生何回目かの大学受験に臨む浪人生か。


 こーひー、珈琲、コーヒー。

 適当な自販機の前に立つ。

 缶やペットボトル。ブラックやカフェオレ。

 色々種類があるが、とりあえず150円のペットボトルのブラックコーヒーにした。

 一番値段と量のコスパが良かったのでそれを選んだ。

 正直、あの二人の先輩方なら何を選んでも許してくれそうだが、お金を預かっているのでそこら辺は考えなければいけないだろう。

 

 硬貨を入れて、買って、出す。

 三回それを繰り返した。



 三本目を排出口から取り出し、流れで床にとりあえず置かせて頂いていたペットボトルを取る。


 手は二本しかないので、握って3本は持てない。なので、おいていた日本はキャップの根本を、首根っこをつかむようにもった。


 片手は二本のボトルの首根っこを、もう片手は排出口の中のボトルを持っている。

 

 落としていた腰を上げ、合計三本のボトルを持ち上げる。


 そうして、歩きだそうとした時だった。


「あっ、ぁっと」


 足が絡まった。

 前に進もうと言う脳からの司令を忠実に守ろうとした足同士が衝突し、結果上半身は前に重力に導かれるように、滑らかに倒れる。


 頭を守る為に、手をつかないと――


 俺は三本のボトルを離した


 倒れる音と、コーヒーの入ったペットボトルたちが落ちる音。三つの鈍い音が周囲に響く。


「あぁ」


 手は軽く鈍っているが、それ意外に損傷も痛みもない。

良かった。

 頭から派手に転ぶかと思って、肝が冷えた。おかげで目が覚めてしまった。


 転がっているコーヒーを回収し、立ち上がる。

 その時、ベンチに座っていた女子と目が合った。


 何げなく、発生した音と事を見つめる視線。


「あれ、草野さん」

「あっ、え。蒼井さん……大丈夫ですか」


 悲壮感を漂わせて、ベンチに座っていたのは草野だった。

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死のフラグメント 一畳半 @iti-jyo-han

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