第15話 役員公募

 1日のHRが終わって、そそくさと向かうのは生徒会室だ。

 教室からある校舎から少し歩いた部活棟。そこの一階の奥。


 ドアノブに手をかけ回す。

 ノブは抵抗することなく回転したので、力を入れて扉を開ける。


「お疲れ様です」

「おぉ、蒼井君。お疲れ様」


 生徒会室の中にはすでに先輩が一人。

 ポニーテールの高校生が部屋の真ん中に置かれた大きな机の上の一角にノートパソコンを広げ、座っている。


「今日、役員の面接だけど、蒼井君はやる? 」


 先輩はノートパソコンを畳みながら俺に訊いた。


「書記で良ければ同席したいですが……」

「おっ、良いねぇ。じゃあ、よろしく」

「自分と先輩の他には誰かいらっしゃるんですか? 」

「あぁ、浅葱が出ると思うよ。さっき課題の再提出に職員室行くって出て行ったから、そろそろ戻ってくるんと思うよ」

「そうなんですね」

「じゃあ、うん。面接の時間は四時半から五時四十五分だから、それまではご自由にしてね」

「おっけいです」

「私は少し仕事あるから、留守よろしくー」

「了解です」


 先輩はそう言い、腕にパソコンを抱えて、ポニーテールを揺らしながら出て行った。


 大阿先輩。高校二年生で、この学校の現生徒会長。

 仕事ができるのはもちろん、容姿も良い。

 当然のように学業成績も優秀で、定期試験後に彼女の学年の掲示板を覗けば、大亜真那という名前を見つけられないことなどなかった。

 それでいて、俺のような名前だけ役員の後輩に高圧的な態度を取ることは微塵もない。まさに聖人のような人だ。


 俺は入れ替わりのような形で席に座り、机に向かう。

 近くに下ろしたリュックサックから、読みかけの小説を取り出す。挟んでいた栞からページを辿って開く。

 

 そうして、しばらくは時計の針が動く音が聞こえるほどに静かな時間が続いた。

 だが、やがてそれは扉を開ける音で破られた。


「お疲れ様ー。あれ、大阿さんいる? 」

「お疲れ様です。大阿先輩は仕事があるそうで、どこか行かれました」

「あぁ、本当? まぁ、面接の後でも良いか」


 何やら用事がありそうに生徒会室に入ってきたのは、先ほど大阿先輩が「課題を出しに行った」と言っていた浅葱先輩だ。


「それ、どんな本? 」

「これですか? 海外のミステリです」


 本を立てて、表紙を見せる。

 島に来た十人が一人、また一人と死んでいくストーリーの作品。古典だが、とある有名な同人ゲームでキャラクターの技の元ネタにもなっているので、若い世代の知 名度もある一作だ。


「ふーん」

「浅葱先輩呼んだことありますか? 」

「いや、ない。でも面白そうだね。今度読もうかな」


 生徒会室の大きな机は、椅子を置くスペースが3対ある。浅葱先輩は、席を一つ挟み、俺と同じ列に座った。面接の時に、移動しなくて良いからだろう。

 そしてリュックからノートパソコンを取り出して広げ、電源をつける。


 浅葱先輩は高校一年生の副会長。浅葱副会長を一言で表せば「大人」だ。

 俺の一つ上とは思えないほど大人びている。なんなら先ほどの会長、高二の大阿先輩よりも大人びている。

 もはや若手教師と言われても疑われることのないその風格は、同じ人間として憧れるものがある。また、浅葱先輩も当然のように仕事ができる。新聞などデザインや構成的なモノ作りが得意だそうで、生徒会の広報は全て浅葱先輩が受け持っている。


「蒼井君、今日の面接出る? 」

「出ます」

「いいねぇ。いや、まぁウチの学校の生徒会人気ないからさ、人来ないかもしれないけどね。しかも、今回の公募は会計と庶務だからね」

「いやぁ、それはヤバいですね」

「いや、ホントね。中々やりがいはあると思うんだけどなぁ」


 我が校において、生徒会は人気がない。

 理由はいくつかあるが、まずパッとしたことをしていない。部や委員会関連の予算決算をまとめたり、体育祭や文化祭の実行委員会が脱線しないように誘導したりなど、中々裏方の仕事がメインだ。

 挨拶活動などは意味がないし、面倒くさいと言う理由で行っていない。また学校の改革系のことも、生徒が興味を持っていないゆえにしていない。

 会長だけが選挙で選ばれ、他の役員が会長指名と言うのも陰キャ化に一役買っているだろう。

 ちなみに、生徒会だから推薦が、とか言うことはない。少なくとも公にはない。

なので推薦が欲しければ学業や部活をやるのが手っ取り早い。


 そんなわけで、我が校の生徒会は人気がない。だからこそ、こんな中三が会長・副会長・書記の三役に会計と庶務の併せて五つしかない役員の座うちの一つの書記に、タイピングがそこそこできる、と言う理由で就けているわけなのだが。


 時計の針の動きに交じり、時折カタカタ、と浅葱先輩がキーボードの音が響く中で本を読む。

 完全な静寂は苦手なので、これくらい雑音があった方が個人的には安心する。


 そうして、時間は過ぎた。何度も読み返しているので、結末の何もかも知っているミステリを読み続ける。少し浅葱先輩とも話した。そんな感じで過ごし、いくらかの時間が経っただろう。


 ふと時計を見れば、もう四時半の数分前。


「浅葱先輩、時間そろそろですね」

「え、あぁ。本当だ」


 浅葱先輩はパソコンから手を離し、立ち上がった。


「あれだね、適当に片付けようか」

「そうですね」


 壁に沿うように置かれている移動式のホワイトボードに描かれた、業務に使った図などを浅葱先輩が消している間、俺は大きな机の上に乗っかっている謎の物をとりあえず片付ける。

 変な柄のペンやマーカー。いつ、どこから出したのかドラーイバーが机の上にあったので、そこら辺の棚に入れておく。


 そうして少し邪魔な物を除けていると、いきなりドアが開く音がした。


「ごめん、遅れました」


 大阿先輩だった。


「先輩、ギリギリは良くないですよ」


 浅葱先輩が軽い口調で彼女を咎める。


「いやぁ、顧問の、あの……」

「荒木先生ですか? 」

「そう、それ。荒木先生と話しが長引いて」

「まぁ、大丈夫ですよ。あ、蒼井君、机ありがとう」

「いえ、全然です」

「じゃあ、席つきましょう」

「そうだね。あぁ、早速ドアの外に一人いて、待ってって言ってたから――」

「自分呼んできますね」

「お、ありがとー」


 先輩たちは席に座り、俺はドアの方まで歩いた。

 ノブに手をかけ、ドアを押す。


「どうぞ……」


 生徒会をやろうなんてどんな物好きだろう、と思いながらドアを開けた。


 ドアの向こうにいたのは見知った顔だった。


「あれ、草野さん」

「失礼します」


 朝と言い、プリントと言い、そして公募。

 今日は草野デーなのだろうか。

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