第11話 欠片
「おぉ、蒼井か」
「あぁ、先生どうも」
校門から出て少し歩いたところで、磨美ちゃん――生徒会顧問の教師とすれ違った。
「早いお帰りだね、会長さん」
「いえ、まぁ」
「臨時とは言え会長なんだから、しっかりと後輩の為に動くんだぞ」
「えぇ、はい。それで、先生はどうしたんですか」
「あ、私? 私はそこのコンビニまでタバコとエナドリを」
磨美ちゃんはそう言って、手に持っていたタバコとエナドリを見せた。
「先生もそろそろ定期試験の問題を作らなきゃいけないのですよ」
「とりあえずお手柔らかにお願いしますね」
「お前はこの週末でちゃんと勉強しろよ」
「頑張ります」
今日は金曜日である。
早く帰りたかったので、テキトーに話を終わらせて歩みを再開しようとしたが、磨美ちゃんは。
「そういえば、まだ斎藤は学校残ってる? 」
「えぇ、たぶん生徒会室いると思いますよ」
「うん、わかった、ありがとう。じゃあな」
「どうも、さようなら」
俺はやっと帰宅を再開できた。
***
空、というのは基本的に晴れている方が良いとされる。
言わずもがな、一般に夜空も晴れている方が良い。
しかし、雨降る夜というのも乙なものではないか。
空より重力に導かれてきた雨雫。
それらが屋根に道に落ち、弾け散逸する。その音は止むことを知らずに続く。
冷たい湿った空気がに雨の匂い。
窓を少し開けている自室。時間が過ぎるにつれて、それらは流れ込んでくる。中の空気と外の空気が少しづつ同化していく。
「あぁ……いいなぁ」
すでに灯が消えていて、暗い自室。
ベッドに潜り、静かに過ごす。
金曜日の夜。時刻はおよそ午後10時。48時間の自由な時を前にした、高揚感。
心を落ち着かせる雨音。
風呂上りの上気した体を、保つように覆っている布団。
冷たい雨を耳と鼻で感じる頭。
その矛盾した混沌は、まだ眠る気になれないが、何もする気にならない堕落した体にとって最高の娯楽であり快楽――
その時だった。
電子的に再現された鈴の音。
小刻みに感じる
枕元のスマホからの着信音が脳内に不規則に反響する。「早くしろ」と、人を焦らせる音。
スマホを手に取る。すでに暗い部屋の中、それだけが光を発している。
着信、斎藤からだ。
正直面倒くさいので、誰からかだけ見て、そのままにしようと思っていた。だが、人が人なので出た方が良い、と感じた。
”応答”をスライドし、電話に出る。
「はい、もしもし? 」
『もしもし? あっ、斎藤です。夜分にすみません』
「いやいや」
『先輩、頼みたいことがあります』
***
斎藤の頼みは、要約すると以下だった。
今日顧問の磨美ちゃんから聞いた話。
今度、定期試験明け1週間ほどに文化祭関連の報告をする会議があるらしい。
部長や委員長たち生徒議会の諸氏はもちろん、生活指導部長に教頭、校長と言った先生方も出席してくださる。
その会議で、生徒会は草野前会長の自殺について、意見と今後の活動指針を述べる必要がある。
だいたいの先生方は顧問の磨美の説得もあって生徒会の活動に肯定的で、今回の件も不幸な事件としか見ていない。だが一部の教師は当然と言えば当然であるが生徒会活動に疑念を持っている。
その疑念をなんとかして晴らしたい。生徒会を今のカタチで残したい。だから自分よりも技量があるであろう俺に前線を張ってほしい。
ということだった。
「そういうことなら……全然大丈夫だけども」
俺に草野のことを語る資格なんてあるのか。そう言おうとして辞めた。
『どうしました? 』
「いや、なんでもない」
『じゃあ、よろしくお願いします。ちょっと、私にはこれは無理です。本当、申し訳ないんですけども』
「いや、うん。大丈夫だよ」
『えぇ、すみません。失礼しました』
「いやいや」
通話が切れる。
雨はいつの間にか止んでいて、少し開いた窓からは微かな風の音だけが入ってきている。
俺はスマホを消し、起こしていた上半身をもう一度倒す。
今日の帰りに磨美ちゃんが斎藤の所在を俺に訊いたのはことだったのか、と一人名得する。
暗い部屋、うっすらと見える天井。
「草野について……か」
語る資格があるかないかではないのではないのだろう。
ここで俺がやらなければ斎藤が望まない結果を強いられる。
言い訳を続けてきた俺は、これをしっかりと向き合う良い機会としなければならないと感じる。
先輩として、人として、やらなければいけないことなのだと感じる。
ここで、自分にけじめをつけよう。
仰向けになった体。なんとなく手を上にあげてみて、こぶしを握る。
「草野…、草野………」
手を下ろす。
そしてゆっくりと目を閉じる。
顔、声、雰囲気。
記憶の中に浮かぶ
探る。
探る。
探る。
探る。
探る。
探る。
輪郭。
声質。
どれもはっきりしそうで、鮮明とは程遠い。
それでも、見えそうな
こんなものではないはず。
必死に存在意義を探す迷える迷い人のように、探す。
そうしているうちに、記憶の海は暗くなり、闇夜に染まっていった。
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