第10話 知らぬ物

―ATTENTION PLEASE―


※多少汚いネットミームが含まれていますこと、ご了承ください。

 何でもしますから!(何でもするとは言ってない)


***


「貴方の初恋の人は? 」

「はい? 」


 まっすぐとこちらを、真面目な顔をさせて見ている斎藤。タイピングする気満々なのだろう。ノートパソコンの隣のマウスから手を離している。


「貴方の初恋の人はどのような人で、どう思っていましたか? 」

「それは……どういう意図の質問なんですか? 」


***


 事の始まりは今朝、電車に揺られての通学中に斎藤からある一件のメールが来たことだった。


おは、蒼井先輩。

突然ですが、生徒会新聞に先輩のインタビューを載せようと思うのですよ。というわけで今日都合が良かったら生徒会室でインタビューするので来てください。では、よろしくニキー。


 相変わらずだ。こいつのメールセンスはどうなっているのか。そう問いたいのはとりあえず置いておくとして、今日は放課後特に用もなかったので、全然大丈夫な旨を返信しておいたわけだ。いや、今日はないというか、今日”も”ない、の方が適切かもしれない。


 古文や数学、英語など45分が7コマあった本日の稼業を乗り切り、なんとか迎えた放課後。


 我がクラスの担任の教師は何かと丁寧にやる感じの人なので、そこそこHRは遅い方だ。だがどういう風の吹き回しか、今日のHRは早く終わった。


 ちなみに、我らが国語科教師こと磨美ちゃんは隣のクラスの担任をなさっているわけだが、中々にHRが早いことで名高い。いや、聞くところによれば早いと言うよりかは雑なだけであるとは聞くが、実態やいかに。


 こんな日にこそ早く学校から出て、一刻も早く帰りを待ってくれている我が家に帰りたいものであったが、大したことですらない欲望と気の迷いから後輩との約束を無下にしてしまったら、それは社会に生きる一人の人間として終わりだ。


 まだ斎藤のクラスはHRは終わっていないだろうと思って生徒会室の鍵を取りに職員室まで足を運んだわけだが、あるべき場所に鍵はなかった。


 もしや、もう行っているのか、と思い本校舎から歩いて生徒会室まで行ってみたわけだが、行ってみると案の定開いていた。

ドアノブに手をかけ、捻り、扉を引いて開ける。


「お疲れ様」


 室内には、コーヒーの缶を傍に置き、机に向かってノートパソコンのキーボードをせわしなく叩いている斎藤の姿があった。


「あ、お疲れ様です」

「斎藤さん早いね」

「今日、模試だったんですよね」

「あぁ、それで」

「じゃあ、そちら座ってください、どうぞ」


斎藤がキーボードから視線と手を放して示した、斎藤の向いの席の近くの辺りに、背負っていたリュックを下ろして椅子に腰かけた。


「これから新聞用のインタビューを始めようと思います。副会長の斎藤です。よろしくお願いします。なお、録音していますのでご了承ください」

「臨時会長の蒼井です。よろしくお願いします」


改めて背筋をしゃんとただし、無駄にかしこまった言い方をした斎藤にこちらもつられてしまった。


「じゃあまず、年齢を教えてください」

「17歳ですね」

「じゃあもう高2なんですね」

「? えぇ、まぁ、はい」

「心構えとか、お聞きしても大丈夫ですか?」

「えぇ、はい……」


年齢からの突然の心構えに、言葉が詰まる。知らぬ間に臨時会長になっていて、心構えもない。


「そうですね、草の……」


なんとか、何となく話したい事を探し、文章を構築して、口を開いて話し始めたタイミングで、俺の中の何かが口の動きを止めさせた。


「草? 」

「いえ」


なんとか言い換えの言葉を探し、見つけ、もう一度始める。


「前任者の志半ばであった想いを引き継ぎつつ、あくまでも臨時で正当な手続きを受けていない身ですので、自分はあくまで会長以下正式役員のサポートに徹すると。そういう心構えです」

「けっこう……ガッチリしてるんですね。生徒会経験とかは?」

「去年まではやってましたね」

「あぁ、そうなんですね」


一瞬、斎藤は視線をノートパソコンのディスプレイに移して、少しばかりタイピングした。相変わらず斎藤はタイプが早い。去年見ていた頃よりも格段に速くなっているだろう。

それにしてもこのインタビュー、どこか既視感デジャヴが――。


「そういえば、勉学とかには励んでるんですか?」


これは――期待されている。間違いない。


「勉学、ですか? や、やりますねぇ……」

「いえ、ふふっ、王道を往くインタビュっ、ふっ、はっふ」


斎藤は顔を俯かせている。ノートパソコンの裏でニヤニヤ笑っているのか、崩れた吹き出す声が聞こえる。


「どこかで聞いたことがあるような質問と流れだと思ったよ」

「いえ、迫真でしたよ、ふっ」

「これもう深夜テンションの会話だよ……」


しばらくデュフデュフ笑っていたが、やがて切り替えたのか斎藤の笑いも止まった。


「いえ、すみません」

「いや、うん」

「では、はい、すみません。インタビューを続けたいと思います」


てっきりネタとして消化されると思っていたので、少し驚いた。


「これから3月までの間、やっていきたいことはありますか?」

「特別なことはありませんが、今年度の決算や引継ぎ用書類の作成などありますので、そう言ったものが適切に処理されるようサポートを行っていきたいと考えています」

「はい、ありがとうございます」


また少しタイピングを挟んだ後に、斎藤は質疑を再開させた。


「では、最後の質問です」

「はい」


斎藤は一呼吸分、時間を空けて言った。まるで覚悟を決めるように。


「貴方の初恋の人は? 」

「はい? 」


 まっすぐとこちらを、真面目な顔をさせて見ている斎藤。タイピングする気満々なのだろう。ノートパソコンの隣のマウスから手を離している。


「貴方の初恋の人はどのような人で、どう思っていましたか? 」

「それは……どういう意図の質問なんですか? 」

「質問そのままです」


 斎藤は俺の質問に、ただそれのみを返した。


「答えないと終わりませんよー。何せこれがメインですから」


少し口元をニヤつかせながら、斉藤は言う。


「先輩、まさか恋したことないなんて言わせませんよ」

「そうなんだ」

「そうですよ。先輩、顔悪くないですし、性格も表面だけ見れば良い感じですから、そこそこ需要はありますよ」

「表面だけ、ね」

「まぁ、はい」


 観念したのか、少し持ち上げられてほんのり良い気分になったからか、俺の中では言っても良いかもしれない、と言う気持ちが生まれていた。


「俺は…」

「俺は? 」


 そこまで言って声が詰まった。

 言っていいことなのか、こんな俺が。


「俺に、初恋の人はいない」

「まぁまぁ、変な見栄張らなくて結構ですから」

「いや、本当だが」

「男性の平均的な初恋を経験する年は11歳らしいですよ。蒼井先輩17歳ですよね? 」

「いや、そうだけども。うん」

「まさか、私だから照れてます? 」

「いや、ないだろ」


 少しの間、斉藤が次の言葉を発するまで場は沈黙した。


「まぁ、いないと言い張るならばしょうがないです。いや、キャッチーで良いネタだと思ったんですけどね」

「なんか……数ヶ月会わないうちに感性とち狂ってきてないか? 」

「人を作るのは役職や立場と言いますから、そんなもんでしょう」

「まぁ、確かにな」


「以上でインタビューは終わりです。ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「記事編集したら送りますね」

「確認しとく」

「よろです」


***


 俺は、結局言う勇気が出なかった。


 自分に自信がない故に、相手からすれば俺の言葉は負の物となるかもしれないと恐怖して、逃げてばかりいた。


 直接なんて言うまでもなく、今のように間接的にすら言うことができなかった。


 もっとも、今となってしまっては直接言うことなんて叶わぬ人だ。

 少なくとも、この世で生きるうちは。


 そもそも恋なんて気持ちは曖昧なものではないか。


 どこからが友達や仲間で、どこからが想い人か。

 どこからが好意好感で、どこからが恋愛感情なのか。


 死んだのに、後を追ってとか、夢を代わりに追うとか言った碌なことをしようとすらもしなかった。


 そもそも死んだのに、涙一つ流さなかった。流すことができなかった。


 ただあるのは起きてしまった事実と、自分でも形容しがたい複雑な鉛色の感情。


 こんな人間があの人と関わっていたことすら、仮にも仲間であったことすらも、おこがましいことだったのではないかと考えてしまう。

気持ちが悪い。ただただ自分が気持ち悪い。


俺は彼女のことをどう思っていた――

俺は彼女の何で、彼女は俺の何だ――

俺はどこまで薄情な人間なんだ――


 いや、もういいんだ。

 忘れてしまおう。

 こんなことは無かった、と。


 アイツのことも。


 あぁ、ある朝起きた時に全て忘れていたのなら、それはどんなに楽なことだろうか。


 校門脇に植えられている松の緑の細い葉たちが、風でざわめいている。

 その音は、そばの体育館で練習している運動部の掛け声が漏れているのよりも煩い。

 

「あぁ……」


 空は無駄に清く澄んでいた。

 嫌になるほどに綺麗なその空を、俺は睨むように見つめた。

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