第29話「影武者を用意しよう」

「アーリーウルフ六匹ですから、報酬は銀貨三百枚となります」


 と言って受付嬢から報酬を受け取る。

 三百万ゴールドか、幸先は悪くないかも。


「ふたりともランクは四級だったのか」


 俺たちのライセンスを見たらしいダンが驚く。


「そうだよ」


「驚くほど強いから、一級か二級かだと思っていたよ」


「どうも」


 本心なのだろうから適度に応えておこう。

 

「ルーさま。セリアさま。もしも余力がおありなら、さらに魔物を狩っていただけますか? もちろん報酬はお支払いします」


 と受付嬢が遠慮がちに言ってくる。


「俺たちのために中断したようなものだからな」


 ダンも心苦しそうだった。

 彼らの心情に配慮するためにも狩りに戻るほうがよさそうだな。


「ええ、もうちょっと狩ってきます」


 ドゥーエもまだまだぴんぴんしているし、続行していいだろう。

 ふたたび都市の外に出たところで、


「ボス、まずは十匹という話だったと思うけど」


 とドゥーエが確認の視線をぶつけてくる。


「そのつもりだったんだけど、もう何をやっても驚かれる気がしてきたんだ」


「あの犬っぽい魔物たち、全然強くなかったもんね」


 俺が疲れたように言うと、わかるとドゥーエは共感した。

 周囲に人がいないからこそできる会話である。


「日没まで狩って戻ろうか。ただ、学園生活との両立は面倒くさいな」


 学園に出席せず狩りばかりやってるわけにはいかない。

 

「授業が終わったあとだけ狩りをしていると、誰かに勘繰られる可能性も考慮しなきゃいけないしな」


 もうちょっと人手というか、俺の代役が増えないかな。


「その件ならわらわとトーレとで話を進めている」


 林に入って人目がないのを確認してウーノが話しかけてくる。


「うん、どういうことだ?」


「お前の影武者だ。学園生活用と、魔物狩り用だ。同時にやっていれば、誰も怪しまないだろう?」


 ウーノの説明はもっともだとうなずく。


「しかし、そんな上手くいくものか?」


 自分で言うのもなんだが、俺そっくりの影武者なんて簡単に用意できるのだろうか。


「コッペリアが協力するならいけるらしい」


 ちょっといやそうな顔でウーノは言う。


「奴ならお前やドゥーエに近い戦闘力がある。戦い方をまねするのもできるだろう」


 コッペリアなら俺より強い可能性が高いしな。


「なら簡単な戦闘やイベントがない学園生活は任せてみようかな」


 現状、体がふたつは欲しいという問題を解決してくれるならありがたい。

 

「では戻ってから打ち合わせをするといい。どのタイミングでどっちをやるかは、お前の判断次第だしな」


 というウーノの言葉はもっともだ。

 本当に俺の影武者をこなせるのか、チェックもしておきたい。



 日が暮れてきたので街のギルドに戻ってきて、【精霊のポーチ】から魔物の死骸を取り出してカウンターに並べていく。


「【アーリーウルフ】をさらに十二匹、【レッドモンキー】を八匹、【ポイズンテイル】を七匹、【リーフスパイダー】を八匹」


 数えるギルドの職員の顔と声が引きつっているのは気のせいだと思いたい。


「全部で銀貨千八百枚となります。金貨をふくむ支払いのほうがよいでしょうか?」


「金貨もお願いします」


 銀貨だけだとさすがに貨幣が多すぎる。

 持ち運びはウーノに任せるとしても気分の問題もあった。


「し、信じられねえ。あいつらふたり組なんだろ?」


「治癒魔法使いがいないっぽいのにどうやって」


「そう言えばウワサだけど、クストーデ辺境伯領でも、おそろしく強いふたり組がいるらしいぞ」


 やっぱりウワサの対象にされるのは避けられなかったか。

 有名冒険者になる方向で作戦を考えるとしよう。

 

「今日一日で二千万ゴールドの稼ぎか。けっこう稼げたね、ボス」


 ドゥーエのささやくにうなずいた。

 大して強い魔物がいなかったのに、こんなに稼いでいいのかなと思える。


「いっぱいやらないか?」


 という誘いを断って俺たちはウーノの庭に引き上げた。


 

「リーダー、話は聞いてる?」


 トーレがあいさつをすっとばして確認してくる。


「影武者の話なら」


「なら見てよ。じゃーん」


 トーレの背後から出てきたのは俺にそっくりな存在だった。


「……コッペリアか?」


「ええ。だいたい再現できているかと」


 声質も似ていて、たしかに問題はなさそうである。


「記憶の受け渡しに関する調整もできたし、リーダーが好きなタイミングで試してみて」


「じゃあさっそく明日やってみたい。学園に行ってくれないか」


 トーレの話を聞いて俺はすぐに要望を告げた。


「明日? いきなりだね」


 予想してなかったと彼女は目を丸くする。


「明日はとくに何もないから、もし失敗しても取り返しがつく」


 ミスったらやばい重要な行事がある日に、いきなり使う気にはなれない。

 

「なるほど、りょーかい」


「承知いたしました」


 トーレは明るく、セイは淡々と返事をする。


「じゃあボスはどうするの?」


 とドゥーエが首をかしげた。


「明日もドゥーエと狩りの続きだな。せっかくだから稼げるだけ稼いで、名前もあげておこう」


 せっかくのチャンスをみすみす逃がすこともないと思う。

 ただ学園生活を送るだけじゃお金にならないもんなぁ。


「そうだね。お金はいくらあってもいいしね」


 とドゥーエも賛成する。

 

「学園はセイに任せて、朝から狩りに行こう」


「りょーかい」


 ドゥーエと予定を決めて俺は寮に戻った。


 あんまりいいベッドじゃないんだけど、寝た形跡がないのはおかしいって思われるかもしれないしな。



 朝、ドゥーエを連れて顔を出すと、受付嬢があわてて階段を駆け上がる。


「何だかいやな予感がするな」


「そう?」


 ドゥーエはきょとんとした。


「職員が俺たちを見るなり人を呼びに行くなんて、訳アリの可能性が高いと思わないか?」


「言われてみればたしかに」


 彼女が納得したところで小柄なおばあさんが受付嬢といっしょに降りてくる。


「あんたたちかい。昨日とんでもなく活躍したふたり組ってのは?」


「たぶんそうです」


 おばあさんの問いに答えるとけらけらと笑う。


「謙虚さと自信を兼ね備えた坊やだね。実は近隣のアラディン領に大物が出たらしくて、こっちに救援要請が来たんだ。どうだね、行ってみないかい?」


 大物は出してないってクワトロのやつ言ってたくせに。

 と思ったけど、彼の基準とヒューマンたちの基準にはズレがあるからな。


「行きましょう」


 と俺は即答する。


「そうかい。じゃあ【ジェットホーン】を出そう」


 おばあさんの発言に俺は一瞬言葉を失う。

 ジェットホーンは【快速馬】よりもさらに速い魔物である。


 正直、伯爵領とは言え端のほうに位置する大きくない街のギルドが使えるとは思わなかった。


「それほどの事態ですか」


「とわたしゃ見てるね。ハズレかもしれん」


 おばあさんはからからと笑って白い封筒を俺に差し出す。


「わたしゃの紹介状が入ってる。あっちのギルドの人間に見せるんだね」


「わかりました」


 俺たちが建物の外に出てるとほどなしくて、鹿みたいな見た目をした大きな生物が二頭、箱を引きながらやってくる。


「あれがジェットホーン?」


「たぶん」


 指さしてたずねてくるドゥーエに答えた。

 

「馭者はこっちで用意してるから平気だよ」


「行ってきます」


 ほかにあいさつが思いつかなかったので、一言言ってから乗り込む。

 おばあさん、結局名乗ってくれなかったなと思いながら。


「わぁ、ふかふかだ」


 ドゥーエが無邪気に喜んだように箱の内装は立派で、上等なソファーのおかげで座り心地がいい。


 ドアが閉まってすぐにジェットホーンは走り出し、どんどん加速していく。


「わぁ! すっごく速い!」


「そりゃあジェットホーンなら快速馬の二倍くらいの速度を出せるらしいからな」


 目をみはったドゥーエに対して情報を伝える。


 ヒューマンが飼い馴らせる生物のなかで、ジェットホーンは間違いなく最速だろう。


 通常の馬よりも速いはずの快速馬のさらに二倍って何だよって話だ。

 地球のチーターよりも速そうだし。


「ねえ、ボス。大物ってどんなのがいるのかな?」


 ジェットホーンのスピードに慣れたらしいドゥーエが俺の横にちょこんと座って話をふってくる。


「さあな。たぶん二級くらいだと思うけど」


 俺がイメージしたのはヴィオレキャトルだった。


 あいつは二級冒険者でも一対一だと苦戦する強さらしいので、同じくらいの強さなら、ヒューマンたちはピンチになりかねない。


「そっかぁ。それならふたりで充分そうだね」


「まあやばくなったらこっそりウーノに助けてもらおう」


 と俺が答えると、不可知化して目の前に座るウーノが小さくうなずいていた。

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