第28話「まだ感覚が慣れていないのかも」

 クワトロの調査によるとクストーデ辺境領からコアーク伯爵領までは、馬車で十四日くらいかかるらしい。


「さすがにムシが良すぎかな」


 と言うと、


「情報には続きがある。ヒューマンの一部が使う【快速馬】というものがあるようだ」


 とクワトロは答える。


「ああ、馬の負担を減らすマジックアイテムを使うんだっけ」


 馬で長距離移動するコツは、馬の消耗を抑えることだという発想で、むかし開発されたらしい。


 貴族としての知識にあったけど、すっかり忘れていた。

 

「こいつなら三日もあれば行ける。マスターたちが使ったと言ってもクストーデ辺境伯の連中は納得するはずだ」


「やたらと持ち上げられてたからな」


 クワトロの言葉を否定できないな、と俺は思う。


「じゃあ三日後くらいに行ってみよう。あまり手柄は残ってないだろうけど、ちょっとくらいは稼ぎたいな」


 コアーク伯爵領近隣にどれくらい冒険者がいて、どれくらい強いのかわかんないけど、三日もあれば事態は収束に向かっているはずだ。


 たまたま居合わせた強い冒険者たちが無双する、なんてことが起こってないことを祈るとしよう。 



 三日後、俺とドゥーエのふたりはウーノ、クワトロといっしょにコアーク伯爵領に顔を出す。


 伯爵の本邸宅がある領都じゃなくて、ほかの領地との境目に位置する都市を指定して連れてきてもらったのだが。


「普通に魔物たち、暴れてるじゃないか」


 冒険者ギルドに行けば、魔物退治依頼が多く貼りだされているし、負傷した人の手当てで行列ができている。


 あちらこちらで怒鳴り声が聞こえてきて、どちらかと言えばひっ迫した事態になっているように思えた。


「おや?  それほど強い魔物を放った覚えはないが」


 元凶であるクワトロはふしぎそうに首をかしげる。

 もちろん周囲には察知されないように存在を隠して。


「とりあえず状況を把握しよう」


 もしかしたらクワトロが用意した魔物と無関係なやつが暴れているかもしれないんだから。


 カウンターにいる受付嬢にライセンスを見せて事情を聴く。


「数日前からやけに魔物の動きが活発になって、大忙しなんです。領主さまに救援を求める使者を出したので、そろそろ救援が来ると思うんですけど」


 と受付嬢はため息をついた。

 なるほど、【快速馬】を使えない場合、情報伝達に時間がかかってしまうせいか。

 

 そのせいで有力な冒険者たちを集めることだって、すぐには難しいわけだ。

 まだ情報化社会を過ごした日本人の感覚が、完全には抜けてなかったかも。


「ルーさんとセリアさんですね? 子どもの手も借りたいくらい忙しいので、戦える方は歓迎です」


 俺たちの情報もクストーデ辺境伯からまだ伝わってないのだろう。

 話している受付嬢の態度でよくわかる。


「ではさっそく間引きに行ってきます」


「治療できる人が多忙ですからお気をつけて」


 期待されてないことがわかる様子で俺たちは見送られた。

 街の外に出て人目がないところまでやってきて、


「単に有力な冒険者が不在で、情報を回すのに時間がかかってるみたいだな」


 と俺はみんなに言った。


「有力な冒険者は近隣の領地かもっと大きな領地にいるようだが、まさか連絡にもたついているとはな」


 想定してなかったとクワトロが肩をすくめる。

 彼だけじゃなくて俺もまだこっちの常識に感覚がまだついていけてないと感じた。


「まあ人手が必要なら好都合だ。クワトロには一回帰ってもらって、残りのメンバーで対処しよう」


 クワトロは今回の原因である。

 暴れてる魔物と接触したら不自然な状況になるかもしれない。


「承知した。用ができればまた呼んでくれ」


 クワトロを帰還したところで、ドゥーエが首をかしげる。


「適当に魔物を退治していけばいいの?」


「そうだな。ヒューマンに害のある種をこっちでも倒していこう。あとはほかの人の加勢かな」


 恩を売るというのは重要だ。


 義理や人情なんてクソくらえってタイプならべつだけど、返報性の原理には期待してみたい。


「……わかった」


 ドゥーエは何かの葛藤を乗り越えたような反応だった。

 自分は助けてもらえずに死にかけていたことを思い出したのかもしれない。


「仕返ししたい相手がいるなら、バレない範囲でしていいぞ。ウーノに協力してもらって」


 わだかまりを解消できるなら、そのほうがいいだろう。


 俺は小心者なので「主人公が仕返しした結果、主人公とセリアのフラグが立った」みたいなフラグをつぶしておきたいのだ。


「えっ、いいの?」


 目を輝かせて前のめりになったあたり、やっぱり遠慮してたのか。


「ああ。大事な仲間だからな。俺はともかく、ウーノがいるならほとんどのやつに仕返しできるよ」


 地神龍はさすがに個人の恨みを晴らすのに手を貸してくれないだろうけど。


「うむ、わらわに任せておけ。証拠を残さずに苦しめるなど、造作もないことだ」


 ウーノは得意そうに胸を張る。

 こいつが味方になったのは完全な誤算だったけど、とても頼もしいな。


「じゃ、じゃあお願いしようかな」


「とりあえず魔物狩りのあとでもいいか?」

 

 彼女が乗り気になったところ悪いけど、優先しておきたいことがほかにある。


「うん、もちろん」


 ドゥーエのテンションは下がるどころか、燃えているようだった。

 

「ボス、どれくらい狩るの?」


「前回を思えば十匹くらい狩って、いったんギルドに持ち込もう」


 十五匹狩っただけで騒ぎになってしまったからな。

 

「それならすぐ終わるよね。強そうな魔物、いないみたいだから」


「気配的にはそうだけど、油断するなよ。強敵ほど気配を隠すのが上手いらしいから」

 

 能天気なドゥーエが気になったので注意する。


「あ、シンクエがそうだったね」


 ハッと反省したので、注意した甲斐があったな。

 さすがにシンクエ並みの強敵なんていないはずだけど。


 俺たちが林のところに近づいて行けば、戦闘音と悲鳴が聞こえる。


「助けよう」

 

「了解」


 俺たちが駆けつけると、五人の男女のパーティーが十数匹の犬みたいな魔物に包囲されていた。


 うち男性ひとりが血を流して倒れていて、ひとりが泣きそうな顔で治癒魔法を使っている。


 残り三人では防ぎ切れず、どんどん押されている。

 まだ抵抗できているのは奇跡と言えた。


「やぁ!」


 ドゥーエが犬っぽい魔物たちが固まってるところで音を発生させる。


 ヒューマンには聞こえないけど、魔物にはいやがらせになる音に魔物たちはビクッと震えて、動きを止めてしまう。


 その隙に俺は三人の近くにいる魔物たちの首を斬っていく。

 血が飛び散るけどいまさら慣れたものだ。


 ドゥーエと競い合うように六匹斬り捨てたところで、魔物たちは形勢逆転したことを悟ったのか、尻尾を巻いて逃げ出す。


「あ、こら!」


「待て、追うな!」


 追いかけようとしたドゥーエを呼び止める。

 大事なのは助けようとしてる人たちのほうだ。


「あ、ごめん」


 ドゥーエはあわててUターンする。


「大丈夫ですか」


「危ないところをどうもありがとうございます。何とか血は止まったので、休ませるだけです」

 

 治癒魔法をかけていたお姉さんがホッとした顔で答えた。


「君たちが来てくれなかったら、悔しいけど全滅していた。どうもありがとう。俺は【きらめく剣】のダンという」


「いえいえ、危ないところはお互いさまですから。俺はルー、こっちはセリアです」


 俺たちが握手をする横でセリアは小さく手を振る。


「俺たちは一度街に戻るが、君たちはどうする?」


「ごいっしょしますよ」


 と俺が返事するとみんなホッとしていた。

 けが人を抱えて移動しながら、魔物の襲撃に備えるのはかなりきつい。


 警戒する人手は多いほどありがたいはずだ。


「そうか。情けない話だけど安心したよ」


「いえ、気持ちはわかります」


 俺たちのことを探るようなことは何も聞いて来ず、いい人たちだと思う。

 こういう人たちを助けられたのはよかったな。


 ギルドに戻ると、【きらめく剣】を見た人たちの間でざわめきが起こった。


「ど、どうしたんだお前ら?」


「【アーリーウルフ】の群れに奇襲されてね。こっちのふたり組に助けてもらったんだ」


 とダンが告げる。


「アーリーウルフだと!?」


「強さ的には四級程度だが、群れてるならかなり厄介だぞ」


 あっという間に話が広がっていく。


「俺たちで五匹、そこの彼らが六匹倒して逃げ出したから、しばらくは大丈夫だと思うが」


 とダンが報告した。


「マジかよ。あいつら速いから、群れで囲まれたらやばいのに」


「さすが【きらめく剣】だな」


 と人々は口々に言う。


 そんな強い魔物とは思わなかったなんて言えない空気だった。


「彼らは俺たちの安全を優先して、倒した魔物の死骸を放棄して同行してくれたんだ。保障してもらえないか?」


 とダンがギルド職員に向かって告げる。


「もちろんです。救護に協力した場合、権利は保障されるルールですから。今回は【きらめく剣】のみなさんが証人なので、手続きは簡単でしょう」


 受付嬢は即座に答えて、ダンは安心した表情で俺に白い歯を見せた。


 なるほど、単に仲間の安全を確保するためだけじゃなくて、俺たちの権利を主張するために急いでたのか。

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