第30話「アラディン侯爵領とヒュドラ」
「到着しました。アラディン侯爵領の都市エステンです」
と男性の馭者に声をかけられたので、俺たちは外に降りる。
習った知識によるとたしか侯爵領第二の都市で、侯爵の別荘もあるはずだ。
「あなたは帰るんですか?」
「ええ。ジェットホーンは貴重な生き物ですから。休息させればすぐにでも」
と馭者は即答する。
ジェットホーンは戦闘力もあるので、生半可なやつらじゃ返り討ちに遭うだけだろう。
「送っていただきありがとうございました」
「いえいえ。あなたたちは期待の逸材ですから」
馭者と別れた俺たちは言われていた通り、この都市の冒険者ギルドを訪問する。
「街がピリピリしているな」
「まだ非常事態じゃないけど、いつそうなってもおかしくない感じ?」
とドゥーエも自分の感想を話す。
ジェットホーンで俺たちを送ったくらいだからふしぎではないけど。
冒険者ギルドに行くと叫びと怒号が飛び交っているので、隙間をすり抜けて受付カウンター前までたどり着き、おばあさんからもらったものを提出する。
「あんたたち新顔だね」
中年のおじさんが中身をチェックして顔つきが変わった。
「あんたたち、腕に自信はあるんだな?」
念押しされるのには何か理由があるのだろう。
「【ヴィオレキャトル】をひとりで倒せるくらい」
「それはそれは……大ボラじゃないことを祈ろうか」
おじさんは否定しなかったものの、半信半疑という顔をしている。
「何が出てどういう状況なんです?」
率直に切り込む。
「ヒュドラって知ってるか?」
声を低めたおじさんの問いにうなずく。
四頭毒蛇と呼ばれる魔物で、四つの頭からそれぞれ違うタイプの毒を吐く厄介なやつだ。
「ヒュドラが仲間を引き連れて都市にある大きな湖に住み着いたんだ。しかも運悪く、たまたま遊びに来ていた侯爵家のご令嬢が毒の被害を受けた」
「うわ……」
単に都市の安全が脅かされてるだけじゃなくて、侯爵家の面子や令嬢の健康みたいなものが重なり合っているのか。
たしかに面倒ごとだ。
「いくら独立を謳う冒険者ギルドだって、領主の意向を完全無視はできん。流通や税金に関わるからな」
おじさんはため息をつく。
「逆らうなら重税を課すと言われたら逃げりゃいいんだが、功績をあげたら税金を軽くしてやるし恩賞も出すと言われると断れなくてな」
そりゃ見事な攻め方だなと俺はひそかに感心する。
ほかの領地との兼ね合いもあるんだから簡単には実行できないと思うけど、アラディン侯爵家は有力な大貴族の一角だ。
けっして不可能じゃないだろうし、周囲も思うラインだ。
「俺たちは何をすればいいんですか?」
本題を問いかける。
「最優先はご令嬢のために解毒剤の素材を集めること。理想はヒュドラを倒し、配下を湖から追い出すことだな」
ヒュドラの解毒剤なんてものは、ヒュドラの部位や体液がないと作れない。
ヒュドラに手傷を負わせる実力か、毒の被害を受ける覚悟がなきゃまず無理だ。
「それができそうな戦力をひそかに侯爵家と冒険者ギルドが探してるところに、お前らが来たわけだ。もっとも四組めだが」
最後の一言で「何だ」という気持ちがちょっと出てくる。
もっとも、距離の壁を考えれば、まずは地元か近い場所にいる有力な人材がやってきたのは道理だけど。
「ほかの三組は?」
遅かったと言われてない時点で予想はしてるけど、確認はしておく。
「すでに失敗した。どうやらヒュドラの中でもかなり強い個体らしい」
おじさんはもう一回ため息をつく。
作戦中のチームがないのは好都合だな。
功績と名声を独り占めできるならしたいものだ。
「わかった。とりあえず調査に行ってみるよ」
「気をつけろよ。悪いが支援はできない。対応が後手に回っちまってな」
とおじさんは渋い顔で言う。
「わかってる」
侯爵家のご令嬢が毒の被害を受けてるってことは、護衛をふくめて大きなダメージを食らったんだろうからな。
「おっと湖の位置を教えてもらっていいか?」
「ここを出て右へまっすぐ、徒歩で二十分くらいの距離だよ」
とおじさんは答える。
都市の内部に湖があるっていうのも、俺からすればふしぎなんだけど、こういうときは便利だなと思う。
建物の外に出たところで、
「毒消しとかいらないのかな?」
とドゥーエが小声で聞いてくる。
「ウーノがいるなら、ヒュドラなんて相手じゃないだろ」
俺が小声で答えると、
「毒消しはするが、ほかはお前たちでがんばれ。ようやく手ごたえがありそうな敵と実戦的練習ができそうなんだからな」
ウーノが人に聞こえない声で指示を出す。
「えー、厳しい。大丈夫かな」
ドゥーエは不安なのか、ちょっと情けない顔になる。
「鬼族って毒に強いんじゃなかったっけ?」
たしか設定ではそうなっていたはずだ。
「ヒュドラ相手だとさすがに自信がないよ」
と彼女は即答する。
「ダメだったら素直にウーノに助けてもらおう」
「仕方ないやつだな」
俺の情けない言葉にウーノは苦笑したものの、ダメだとは言わなかった。
厳しい師匠のようでいて、実はかなり甘いと思う。
教わった通りに歩いていくと武装した騎士の一隊が道をふさいでいる。
「そこの仮面をつけたふたり組、止まれ!」
武器こそ向けられなかったものの、かなり威圧的だった。
おばあさんからもらったものをもう一度彼らの前に差し出す。
怪訝そうにしながらも年長の騎士は受け取って中身を確認し、すぐに顔色が変わった。
「こ、これは!? 失礼した。通ってくれ。おい!」
すぐに俺たちの通り道がつくられ、敬礼までされる。
「我々はティナさまの護衛。不甲斐ないが貴殿らが頼りだ」
悔しそうに言う騎士たちに見送られて、湖に近づくと毒蛇の群れがさっそく現れた。
「ヒュドラの配下がうじゃうじゃいるね」
うへーとドゥーエがいやそうな声をあげる。
「まあヒュドラだけだったら、冒険者と騎士たちが協力すれば倒せるだろうからな」
と俺は答えた。
ヒュドラが厄介なのは多数の毒蛇の取り巻きがいることだ、と思う。
「侯爵令嬢の命が懸かってるんだ。ちょっとくらいならやりすぎても大丈夫だろ」
アラディン侯爵は常識人らしいので、あまりにもやりすぎるのはよくないかもしれないけど。
「りょーかい。じゃあ、何とかなるかな? さくっと吹っ飛ばそ」
ドゥーエが魔力を放出して、近い距離の毒蛇たちをまとめて爆発させる。
「加減しないと湖が消し飛ぶかもだけど」
俺は湖を観察すると、すっかりヒュドラの毒にやられたようで緑色になってしまっていた。
あれじゃあ生物はすでに死滅しているだろう。
「もともと死にかけって感じだしなあ」
「ボスも手伝ってー。わたしひとりじゃ時間かかっちゃうよー」
ドゥーエの要請に応じて俺も剣を抜く。
地神龍の技で多量の土を盛り上げて、一気に毒蛇たちを圧しつぶす。
「あれ? ボスって魔法の才能ないんじゃなかったっけ?」
ドゥーエがきょとんとしたので訂正する。
「これは地神龍に教わった技だよ。自分の魔力の属性変換して、周囲の環境に干渉するもので、魔法とは別物らしい」
「へー。そんなのが使えるなら、魔法が苦手なんてハンデにならないよね」
ドゥーエが毒蛇たちを斬撃で吹き飛ばしながら言う。
まったくもって同感である。
魔法と違って攻防一体の技が多いので、戦闘という点では魔法より便利と言えるかも。
「かれこれ七十匹くらいは倒したかな? さすがに取り巻きは全滅したみたいだね」
とドゥーエが周囲をきょろきょろする。
「この程度の相手に高ランク冒険者がてこずったのか?」
と俺は首をひねった。
高ランク冒険者たちなら、遠距離攻撃や範囲攻撃の手段くらい持っているだろうに。
「ほかの人たちは周囲に遠慮してたのかも。わたしらは壊す気で戦ってるけど」
「なるほど、それじゃあ全力は出せなかったな」
ドゥーエの推測に納得する。
周囲は確認するまでもボロボロだ。
いっさい破壊しないように戦えば、どれだけ苦労しただろうか。
「あ、ボス。本命のおでましだよ」
ドゥーエが指さした方向から、俺たちの戦闘に刺激されたヒュドラが怒った様子で水面から姿を見せる。
「ここからが本番だな」
しょせん取り巻きなんて数が多いだけのザコだった。
ヒュドラ自体がおそろしく強いのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます