第20話「これも歴史上初の偉業」
シンクエは何とか落ち着いて、咳ばらいをひとつする。
「ならばならば、ボクの側近たちをきみに紹介しておこうじゃないか」
まだちょっと興奮は残っているようだと、こっそり訂正した。
地神龍の側近も設定だけは存在してるらしいけど、そこまではさすがに覚えてない。
「もしかしてこのままの姿で会うのか?」
ルークとしての存在がどんどん重くなってきてるんじゃないか?
組織のリーダーとしての顔ならべつにいいんだけど。
「心配はいらない。彼らは口が堅いしボクには忠実だ。ボクと契約したきみの秘密は守るだろう」
とシンクエは言う。
おそらくそうなんだろうけど、秘密を守るためには知ってるやつがすくないほどいいというのが原則じゃなかったかな。
どんどん外れまくっていく状況に頭を抱えたくなる。
シンクエがパンパンと手を叩くとふたつの人影がいきなり出現した。
ひとりは巫女服のような服装を着た黒髪の若い女性。
もうひとりは空手家みたいな服装の筋肉隆々の壮年の男性だ。
「お呼びでしょうか、ディアスグラムさま」
そう言えば地神龍の固有名ってあったんだな、とうやうやしく話しかける女性の言葉で思い出す。
「うん、彼はボクの契約者だ」
地神龍は前置きもなしにさらっと言い放ち、ふたりを硬直させる。
「い、いま、何とおっしゃいましたか?」
問いかける若い女性は、激しい動揺から必死に立ち直ろうとしているのが伝わってくる様子だ。
「ボクは彼と契約した。今後、彼の指示にはボクの命令と思って忠実に従うように」
と言って俺にウインクを飛ばしてくる。
気を利かしたつもりかもしれないけど、ふたりとも大混乱の真っ最中じゃないか。
「これはボクの意思であり、命令だよ」
「ははーっ」
何か言いたそうだったふたりだけど、地神龍の意思と聞いて従うしかなかったようだ。
「暴君だな」
「いやだな。ボクは神だよ?」
けらけらと笑う様子はいたずら好き少女にしか見えない。
「だからだから、彼に自己紹介したまえ」
「は、はい。ご尊顔を拝謁し、恐悦至極に存じます、契約者さま。わたくしはディアスグラムさまの当代巫女・カエデと申します」
まずは黒髪の女性が顔をあげて名乗り、俺に向かって頭を下げる。
というか床にこすりつけた。
「ご尊顔を拝謁し、恐悦至極に存じます、契約者さま。拙者はディアスグラムさまの近衛隊【神鋼衆】の長、アーロンと申します」
次に男性がカエデさんと同じ動きをする。
「ええっとよろしくお願いします」
カエデさんは見た目は二十歳くらいで、アーロンさんは四十歳くらいだから敬語を使おう。
「彼らにかしこまる必要なんてないぞ。きみのほうが圧倒的に上位者なのだから。そこがきみのいいところではあるけど」
シンクエの言葉に困惑すると、
「御意。ディアスグラムさまと契約し、対等なつき合いが許されているあなたさまのほうが格上です。なにとぞわたくしたちを手足と思ってお使いください」
カエデさんがにこやかに申し出る。
「ディアスグラムさまと契約を交わすなど、かつて誰もなしたことがない偉業です。当然の権限かと存じます」
とアーロンさんも言う。
地神龍との契約も前代未聞なのか。
まあ、ウーノと契約できなかったら無理ゲーなんだろうからね。
とは言え調子に乗ってアゴでこき使うと恨みを買うだろうから、あつかいに困るんだよなー。
「女性がいるならちょうどいい。意見を聞きたい」
敬語を使わないほうが彼らは気楽だと判断して話しかける。
「はい。何でもお申しつけください」
若くてきれいな女性が「何でも」はまずいのでは?
と思ったけど、これもセクハラになりそうだから、スルーしておこう。
「仲間とつくった飲み物なんですが、今度売りに出されるんだ。意見を聞いてみたいんだけど、かまわないかな?」
「はい。わたくしでよければ」
断られないのは予想通りなので、ウーノの庭に戻ってまた商品を持ってくる。
俺が行き来する分にはウーノもシンクエも寛容だからマシだな。
「これは炭酸水だ。ナビア商会ってわかるかな?」
とガラスビンを差し出す。
「はい。王国に本店を置く大商会ですね。わたくしが住む地域にも出店しているので、存じております」
カエデさんは答えながらさっそく順番に飲んでいく。
よっぽど驚いたのか、切れ長の目が大きく見開かれる。
「新しい飲み味ですね。どれも美味しいです」
やや早口になったのは、それだけ心をつかめたということかな。
「わたくしの住む地域にも流通するのでしょうか?」
礼儀正しかったカエデさんの表情に、明らかな期待が宿る。
「決めるのは商会だから断言はできないけど、どこに住んでいるの?」
どこで何を売れば儲けが出るのか、判断するのはプロに任せたい。
ただ、俺のほうから商会に意見を聞くのはできるだろう。
地神龍は有名な存在であり、信仰してる人たちが暮らしてる地域なんて特定できないので、本人に質問するしかない。
「神峰(しんほう)国です」
神峰国はすこし離れた位置にある強大な国家だ、と勉強で習ったな。
「こちらから商会に提案することはできるだろう」
拒否される可能性だってもちろんある。
「し、失礼ですが、契約者さま」
カエデさんがおそるおそる話しかけてきたので、視線を彼女に合わせた。
「神峰国の巫女・カエデの許可があると、つけ加えていただくほうがよいかと愚考いたします。証としてこちらをどうぞお持ちくださいませ」
カエデさんはそう言って銀色の月のペンダントを差し出す。
「受け取っておくといいよ。ヒューマンの世界ではそれなりに効力を発揮する代物だ。商人とやらなら知っているだろうさ」
困惑しているとシンクエに言われたので、とりあえず受け取っておく。
せっかくだから願望を口にする。
「神峰国をこの目で見てみるって平気かな?」
ゲームでは設定しか存在しなかった国。
もちろん現実として存在しているんだろうけど、どんな場所なのか興味がある。
「いいだろう。何ならきみがいる国を見捨てて、引っ越してもいいんだよ。神峰国はボクの影響が強い国だ。歓迎するとも」
シンクエはうれしそうだったけど、純粋な気持ちと言うよりはウーノへのあてつけな気がした。
「お前が言うと何かうさん臭いな」
と正直に応じると、カエデさんとアーロンさんがぎょっとした顔になる。
おっとこのふたりの前で「お前」はまずかったかな。
「辛らつだね。だけどだけど、今回は裏なんてないよ。単にきみを歓迎する意思はあるというだけさ」
とシンクエは上機嫌で話す。
カエデさんとアーロンさんがもう一回ぎょっとしたのは何でだろう?
「彼らに歓迎させるだけで、お前は何もしないんじゃないの?」
と言うとシンクエはからから笑う。
「もちろんだ。ボクが何かやるほうが、彼らは困るだろうよ」
「それもそうか」
神と崇められる存在は動きまわるより、座ってるだけのほうが心臓と胃に優しいのかもしれない。
「カエデさん、アーロンさん、頼んでもいいかな」
「も、もちろんにございます」
「契約者さまが足をお運びになるなんて、みなが喜ぶでしょう」
ふたりはあわてて返事をする。
準備期間がないのは申し訳ない気もするけど、仰仰しいのは苦手なんだよなぁ。
「ああ、そうだ。きみ、素顔は隠したいだろう?」
とシンクエに聞かれる。
「もちろんだ」
カエデさんとアーロンさんに見られたのでぎりぎりの譲歩ラインだ。
「ならばならば、ボクからきみにプレゼントを用意しよう」
と言ってシンクエは手の平を光らせて、龍をかたどった金色のお面をつくり出す。
「この【地神龍の面】があれば、ボクの関係者とひと目でわかって、ないがしろにされないよ」
と言って手渡された。
「……素顔がわかんないならべつにいいか」
絶対ただ者じゃないとすぐにバレるアイテムだろうと思ったが、中身を特定されなければ平気だろう。
面をかぶったら意外なことに視界は良好だった。
「見やすいな、これ」
「そうだろう、そうだろう。ボクが自分でつくったひとつしかない自信作だからね。大事にしてくれよ」
とシンクエはうれしそうに俺の肩に頭を乗せてくる。
何でべたべたしてくるんだ、こいつ?
「重いよ」
実際は軽かったけど、カエデさんたちの前ではまずいだろうと思ってふり払う。
「ふふふ、つれないね。きみらしいや」
シンクエは笑っている。
まさかとは思うけど、雑なあつかいをされるのがうれしいタイプだったりするのかな?
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