第19話「炭酸水を販売しよう・2」
ウーノに一度庭に戻ってもらった。
「まず何からやるのだ?」
「炭酸水を確保して、次に味つけだな」
思案しながら彼女の問いに答える。
「甘みを混ぜるのが定番だけど」
この世界には、と言うかこの庭にはたしかショウガも生えてるんだよな。
自分で炭酸水をつくった経験はないので、練習は必須だろう。
「ショウガを入れるか、砂糖を入れるか、それとも果物を混ぜるか」
「バラとかがいいんじゃない?」
ぶつぶつ言ってるとトーレが口をはさむ。
「バラ水、女子に人気だし」
「人気だから避けようかなと思ってたんだよな」
バラ水はバラの花びらを浮かせた飲み物だ。
見た目が華やかで、味は甘く、美容にいいと女子に大人気の飲み物である。
前世のコーヒー党並みの愛好家は珍しくなく、炭酸水でやるのはわざわざ超強豪にぶつかりにいくようなものじゃないか?
「あたしの考えは逆だね。上手くやれば根こそぎ客を奪えるじゃん? メリットはすごいよ?」
とトーレに指摘された。
「そりゃ勝ったときのメリットはやばいレベルだろうな」
宝石とは違って飲めばなくなるし、熱心な愛好家の買い支えを大いに期待できる。
「一応選択肢には入れておくか」
トーレも女子だしバラ水を飲んでいるのを見たことがあるからだ。
バラ水を飲まないやつの意見なら却下したけど、どんな商品がウケるのか未知数なんだから、選択の幅は多くて損はない。
「ドゥーエにも手伝ってもらってやっていこう」
ウーノの魔法があれば作業の工程を一気に短縮できる。
そして試したのはメロン、オレンジ、ショウガ、バラの四つが残った。
「ローズソーダ、オレンジソーダ、メロンソーダ、ジンジャーソーダかな」
「この四つはいけるんじゃない?」
とトーレが笑顔で言い、ドゥーエがこくこくうなずく。
「ヒューマンの味覚なんてわからんな」
ウーノとクワトロには違いがわからないらしいので参考にはならなかった。
「あとは夫人に現物を見せて、相談するだけだな」
容器に関してはウーノが手本を見せ、トーレが実際につくったガラスビンに入れて行こう。
ウーノ、トーレと三人でふたたび商会を訪問すると、今度は夫人だけじゃなくて旦那のほうもいた。
「炭酸水の商品化ですね。妻から話は聞いています。さっそく見せていただきましょう」
おなじみになった部屋でもてなしを受けつつ、旦那の言葉に応じてトーレが現物を机の上に並べる。
「ほう。これらですか」
旦那が手を叩くとメイドがガラスのコップを持ってきて、炭酸水を順番にそそいでいく。
「見た目からあざやかですが、味のほうはどうでしょうか?」
商人としての顔を見せながら旦那は飲んでみる。
「ほう! これはいい! おそらく果汁を使っているのでしょうが」
旦那は最後にローズソーダを飲んだ。
「ふむ。バラ水の炭酸水バージョンですかな。こちらのほうを好む女性はいるでしょう。すくなくとも試してみる価値はあります」
「だよね」
俺の左隣に座るトーレがニコッと笑う。
旦那はちらっと彼女を見たあと、視線をガラスビンに移す。
「ところでこのビンはどうやって手に入れたのですか?」
「わらわとこの娘の魔法でつくった」
俺の右隣で浮かぶウーノが答える。
「なるほど」
旦那は困った顔になって俺に視線を戻す。
ピンと来たので、
「材料は手に入るものです。製造に必要な設備を俺は持ってないので、このふたりに魔法で解決してもらったんです」
と説明した。
「そういうことでしたか」
旦那は安心した表情になる。
精霊が魔法から無でつくり出したものなんて、真似しようがないだろうからな。
「よければこのビンの作り方もご教示いただけますか? もちろんこちらも商品化のあかつきにはアイデア料をお支払いいたします」
と旦那は身を乗り出して頼んでくる。
「かまわないですよ」
ガラスビンはすでに流通しているので、こっちも売り物になるなんてうれしい誤算だ。
四種類の炭酸水とガラスビンについて契約する。
こっちにはウーノがいるので裏切られる心配はしていない。
商会から庭に戻ったとき、トーレが不意に俺の腕をつかんで言った。
「役に立ったんだからおこづかいちょうだい」
「それは払って当然だな」
バイト代くらいは出すべきだろう。
「ウーノ。銀貨を二十枚ほど出してくれ」
金を保管しているのはウーノである。
言うまでもなく彼女こそが最強のセキュリティーだからだ。
「承知した」
ウーノから銀貨を受け取ってるところを見て、ついでだからとトーレに聞いてみる。
「生活費はどうしてるんだ? 飯はドゥーエと食べてるらしいけど」
こいつと実家のつながりは切れてはいないはずだ。
やりたいことをやらせてもらえないという理由で俺のところに来たが、実家だって雲隠れされるよりはマシだと自由にさせている。
「うん? 一応実家から変なことしないようにって毎月銀貨五十枚もらってる」
もらってたか。
「食費についてはわらわが受け取っているぞ」
とウーノが言い出す。
「ああ、言ってたな。どうやって稼いでるのかと思ったんだった」
トーレと直接話すタイミングが見つからなかったからな。
「そのことでいい? たまにはサブリナとして活動しないと、実家がちょっとうるさいんだよね。縁を切ってもいいんだけど、リーダーに判断をあおごうと思って」
とトーレは言い出す。
「いまはまずいな」
トーレと実家の関係自体はどうでもいい。
ただし、天才魔法使いサブリナは俺が思っていた以上に有名なのだ。
実家と縁が切れたりしたら、おそらく国内でニュースになる。
「ルークがこやつをたぶらかして悪の道に引きずりこんだ男、と思われるかもしれないな」
とウーノはニヤニヤした。
もちろん俺をからかってるんだろう。
「ルークに誘われたのは事実だよね。悪事はしてないけどさ」
サブリナも小悪魔みたいな笑い方をする。
「人聞きの悪い言い方はやめてくれ」
俺は悪党になんかなりたいわけじゃない。
「悪党になる気なら、グリード侯爵に取り入ってるよ」
ウーノ、トーレ、クワトロの力を見ればたぶんナンバー2か3にはなれるだろう。
グリード侯爵の手下たちって数は多くても強いやつはほとんどいなかったから。
「とりあえず話を戻そう。サブリナとして個別の活動は認めよう。疑われないように注意だけしてくれ」
「りょーかい」
サブリナはびしっと敬礼する。
彼女はモチベーションさえ維持できれば、心配はしなくてもいいだろう。
魔法ができるだけで飛び級できるほど、魔法学園は甘い場所じゃないらしいし。
「人が増えたら生活費の問題が出てくるな。これは安定して稼げる収入が必要になってくるか?」
「そのためにクワトロやシンクエではないのか?」
俺のひとりごとを聞いたウーノがふしぎそうに聞いてくる。
「うん?」
「あいつらなら食費などいらないし、勝手に稼いでくるぞ。とくにシンクエのやつはこき使ってやるがよい」
ああ、狙ってあいつらを仲間にしてると思ってたのか。
そこまで考えてなかったよ。
そしてシンクエこと地神龍をこき使いたいというのが、ウーノの本音なんだろうな。
「シンクエにも相談してみるか」
ここに呼び出せるなら話は早いんだけど、ウーノとは仲悪いからなぁ。
「ちょっと行ってくる」
簡易契約のおかげで望めばあの【グランド・シェル】には自由に行けるようになっている。
見送るウーノの表情はふてくされてた以前のものと違って、悪だくみが成功した子どもみたいだった。
「いきなりどうしたんだい? アポなしは感心しないよ。お茶しか出せないよ?」
とシンクエは言いながらいい香りがするお茶を持ってきた。
「自分で淹れられるのか」
「もちろんだよ。あの邪精霊は魔法で解決してしまうだろうけど、それではそれでは美しくないからね」
相変わらずのしゃべり方である。
「金を稼ぎたいから協力してくれないかな?」
お茶を飲みながら率直に切り出すと彼女はぽかんと口を開いた。
「たしかにたしかに、きみと簡易契約を交わしたが、きみによって都合のいいシモベになった覚えはないね」
ちょっとムッとした顔でクレームを言ってくる。
どちらかと言えば堅物っぽいもんな。
とは言えこのまま帰るのも俺だって面白くはない。
何かいいアイデアはないものかと考えて、ふとひらめいた。
「じゃあ今度売りに出す予定の商品を試してみてくれ。気に入ったら、信者たちに紹介してくれよ」
地神龍はその圧倒的な強さと背景から、たくさんの信者を抱えている。
彼女が褒めたら信者たちは興味を持つだろう。
「まあ、ボクが気に入ったものを気に入ったと話すくらいなら、かまわないとも。だけどだけど、そんなものがあるのかい?」
よし、興味を持ってくれた。
シンクエはいまでこそ人間の外見だけど、本体は龍なので美容系には見向きもしないだろう。
しかし、炭酸水ならどうかな?
ウーノの庭と往復して炭酸水を持ってきて彼女の前に差し出す。
「ふむ。泡の水に果実を混ぜたものか?」
と言いながら順番に飲んでいく。
「……これは美味しい。革命だ」
無言で飲んでいたと思ったら、不意に彼女はこっちを見つめる。
「これならさっそくにでも広めようじゃないか! いますぐいますぐだ!」
「先走りすぎだ。まだ商品化してない」
興奮する地神龍をなだめた。
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