第21話「天と地がひっくり返った日」
俺が連れて来られたのは立派な木造建築の内部だった。
どことなく日本風な気がするのは気のせいだろうか。
「ここは神都・フェロルにある、地神大社です」
とカエデさんが説明してくれる。
部屋の中には人の気配がまったくない。
「ここは御神座と申しまして、拙者とカエデ殿以外に入れる者がいないのです。もちろん契約者さまは別ですが」
とアーロンさんの言葉に納得する。
「カエデさま、アーロンさま、お戻りになったのですか?」
部屋の外から女性の質問が聞こえた。
「人が来たようです。ちょうどいいので、お触れを出しましょう」
とカエデさんに言われる。
ほんとはこの国をちょっと見物をしたかっただけなんだけど……。
いや、商品をすこしでも売るツテをつくるためには、人と会っておくのも大事かな。
シンクエと簡易契約した俺はコネを持ってるようなものなんだろうし、ナビア商会の助けになれるかもしれない。
うまくいったときには販売協力費を要求できないか、相談してみよう。
「話があります。人を呼びなさい」
カエデが言うと、外の女性は何も聞かず去っていく。
「もしかしてカエデさんってえらい人?」
本人に聞くのもアレだなと思ったので、シンクエに問いかける。
「巫女はきみを除けば、ボクに呼びかける資格がある唯一の存在だからね。この国での立場はかなり上なのさ」
「アーロンさんは?」
カエデさんといっしょに呼び出されてたはずだけど。
「拙者はこの大社と巫女殿をお守りする兵にすぎません。ディアスグラムさまのお許しがあればこそ、契約者さまとお会いすることがかないました」
今度はアーロンさん自身が答える。
ルール上ダメだとされているけど、地神龍自身が許すならセーフってことかな?
「どうせここで人を集めるなら、この男も来るからね。ならばならば、先に顔を出させても同じというわけさ」
シンクエは悪びれずに話す。
そうしてるうちに複数の足音が部屋の前にやってくる。
「カエデさま、ご命令のとおり人を集めてまいりました」
さっきと同じ女性の声が聞こえると、アーロンさんが引き戸を開けた。
十人の男女が床に両手と頭をつけて待機している。
「顔をあげなさい」
とカエデさんが言うと全員が同時に顔をあげた。
こっちの世界の両親かそれより上の年齢層ばかりだけど、統率のされ方がすごい。
「こちらにおわすのはディアスグラムさま、そしてその契約者さまであられます」
とカエデさんが俺たちを紹介する。
俺はともかく地神龍もかと思っていたら、男女全員が息を飲む。
必死に表情をとりつくろおうとしているけど、驚きがすごいのは隠せてない。
「契約者さまをディアスグラムさまと思って従うようにという天命です。このこと、ほかの者にも伝えるように」
カエデさんが言うと、男女はふたたび頭を床にこすりつける。
ここでカエデさんは俺のほうへ体ごと向けた。
「契約者さま、何かお言葉はございますか?」
声をかけろと言われても困るな、これ。
さすがにこれだけ厳粛な空気で、炭酸水よろしくとは言いづらい。
「これからよろしく」
何もないというのもかっこがつかない気がしたので、無難なあいさつを選ぶ。
「聖なる言葉を賜った名誉に感謝し、契約者さまのために奉仕しなさい」
「ははっ」
カエデさんの言葉に男女は答える。
「では下がっていまのことを周囲に伝えなさい」
と彼女が言うとアーロンさんが引き戸を閉めてしまう。
「お前は何も言わないんだな」
とシンクエに話しかける。
あの人たちは信仰する地神龍とせっかく対面できたのに。
「ボクが気安く声をかけたら、巫女の権威が下がるからね。彼らなりの秩序に配慮したのさ。もちろん、きみが望むなら壊してもいいんだけど」
とシンクエは悪い笑みをつくる。
なるほど、神さまが気安い存在なら、代弁者がいらなくなってしまうか。
「俺はそんなこと望まないから現状維持で」
と言うとカエデさんは一瞬だけ安どの表情になる。
「きみが望むなら、巫女を変えてもいいよ?」
こいつが望むなら簡単にできるんだろうな、とは思う。
「望んでないだろ。いい加減にしろ」
これじゃあカエデさんいじめみたいなものじゃないか。
シンクエの頭に軽くチョップをすると、本龍(?)はケラケラ笑っているが、カエデさんとアーロンさんはあぜんとしている。
「すまないけど、外をすこし見物してもいいかな」
こいつの悪ふざけにつき合ってられないので、カエデさんに本来の目的をお願いした。
「もちろんです。付き添いはわたしとアーロンのふたりでもよいでしょうか?」
「うん」
ここでどっちかひとりだけだと気まずくなる気がする。
「ボクもついていくよ」
とシンクエが言うとふたりはまたびっくりしていた。
「きみの気が済んだところで、家まで送る必要があるだろう? ここで泊まる気ならかまわないけどね」
たしかに王国に戻るためには彼女かウーノの力が必要になる。
……無断で泊まろうとしたらウーノが探しに来て、大荒れになるかもしれない。
「いや、ここに呼んでしまおう」
ウーノの正体を知ってるのはこの国だと地神龍だけで、普通は邪精霊だと特定されないのだ。
「んん?」
シンクエから余裕の笑みが消えた瞬間、ウーノは俺の右隣に出現する。
「くふふふ。どうだ? わらわのほうが信用されてるのだ」
ウーノはどや顔でシンクエに対して胸を張った。
「くっ、お前だけは入れたくなかったのに……」
シンクエは悔しそうに舌打ちする。
「ケンカするなら帰れよ」
とウーノをけん制した。
こいつらがぶつかり合ったら周囲が大変な迷惑をこうむるからね。
「承知した」
ウーノはいやそうだったけど、拒否はしなかった。
「この国を案内してもらうんだ。ウーノもきてくれ」
「なるほどな」
ウーノは簡単な説明で事情に納得したらしい。
「この時間帯で泊まりではないとなると、大社中心になりますがよろしいでしょうか?」
会話が途切れたタイミングでカエデさんがおそるおそる問いかけてくる。
「それはもちろん。急で悪いね」
俺の思いつきも迷惑だろうなと思ったので謝った。
「いえいえ! めっそうもない! 契約者さまに足を運んでいただけるなど、大変な名誉にございます」
カエデさんは必死に否定して、名誉を強調してくる。
地神龍の存在の大きさを考えると、誇張じゃないかも。
「ふん、ボクは帰るよ。何かあると呼ぶといい」
とシンクエは言い残して姿を消す。
彼女はいつでも身に来れるだろうし、ウーノの近くにいたくなかったかな。
「じゃあよろしく」
カエデさんの案内で建物の外に出る。
人はあまりおらず、静まり返っていた。
よっぽど知名度高いところでもないかぎり、日本の神社でも似たようなものなんじゃないだろうか。
カエデさんが近くに来て説明してくれるが、覚えきれないな、これ。
大社の周りはどことなくなつかしさを感じる造りの建物だった。
ときどき若い男性を見かけるが、カエデさんとアーロンさんを見て敬礼する。
おそらく護衛の兵なんだろう。
ひと通り見回ったところで、若い女性が手に袋を抱えてカエデさんのもとに
やってきた。
「契約者さま。わたくしどもの食べ物をよければ召し上がりますか?」
カエデさんが袋を受け取りながら質問する。
「せっかくだからもらおう」
開けてみれば中身は見覚えがあるものだった。
「おはぎと申す菓子です。お口に合えば幸いですが」
【地神龍の面】はこれを想定していたかのように口付近だけ外せた。
食べてみたらなつかしくて美味しい味に思わず頬がゆるむ。
「これはいいね」
「ありがとうございます!」
カエデさんだけじゃなくて、聞いていた全員が感動したみたいだ。
これを王国でも売れないかな?
文化が違うから難しいかもしれない。
一度ナビア商会でも聞いてみるとしようか。
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「天地がひっくり返る衝撃とはこのことなの、と思ったわ」
カエデは自身の部屋でおつきの少女に漏らす。
「まことでございますね」
事情を知る少女は相槌を打つ。
彼らにとって神に等しい地神龍・ディアスグラムがヒューマンと契約しただけでも衝撃的だったのに、さらに上回ることがあったのだ。
「ディアスグラムさまが『お前』呼びされるなんて、しかもそれを受け入れていらっしゃるなんて……」
カエデが知るかぎりでは太陽が西から昇るよりもありえない。
地神龍ディアスグラムは気難しく誇り高い存在のはずだった。
「カエデさま。その契約者さまには今後どういう対応をなさるのですか?」
少女は確認する意味で問いかける。
「絶対服従しかありえないわ」
カエデは即答した。
ディアスグラムさまがあそこまで気に入って、特別な態度を許してるとなると、序列で言えば己より圧倒的に上だと思う。
納得できる、できないという領域を飛び越えてしまっている。
「それにどうやら高位の精霊も従えてるみたいなのよ」
地神龍に対等な態度をとれる精霊なんて、カエデが知るかぎり片手で数えるほどしかいない。
さすが地神龍と契約できる方だ、とカエデは感服したものだ。
「ありがたいことに契約者さまはお優しくて、話のわかる方だと思うわよ」
でなければもっと横柄な態度をとったり、ずば抜けて容姿の美しいカエデが近くで侍ることを要求してきただろう。
ディアスグラムが止めないかぎり、カエデ以下神峰国の民はどんな要求だって断れない。
「契約者さまが望めば、ディアスグラムさまはあの方をこの国の支配者に据えると思うわよ」
「そ、それほどに契約者さまの発言力はすごいのですか」
カエデの見立てに少女は驚愕する。
「ある意味ですばらしいことかもしれないけど」
とカエデは自嘲した。
この国のトップは彼女だが、政治的能力があるわけではない。
政治を司る者たちはほかにいるし、彼らだってディアスグラムの怒りに触れないかぎり、その地位にいられるだけだ。
ディアスグラムにあそこまで近しい関係の者が君臨してくれるならば、この国が抱えてる問題も解決できるかもしれない、と期待してしまう。
「契約者さまならこの大陸を征服だって目指せそうだわ」
「契約者さまに導いていただけるなら、悪くはないかもですね」
カエデの言葉に少女も同意する。
彼女たちは契約者ことルークが、自分がそれほど重要な存在になってしまっていると気づいてないなんて、夢にも思っていなかった。
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