第21話 ちゃんと生きていますが……

「おはよう。目覚めは良さそうね」

「あっ、ミコトさん……」


 ガダンさんの妻、黒髪の妙齢の女性が穏やかな笑みを浮かべていた。

 何度か見たアンダン亭の部屋のベッドの上。

 俺は確か、森の中で気を失って倒れたはず。


「三日、寝てたわ」

「そんなに?」

「肋骨の傷と、全身の筋肉に細かい傷があるだろうって……医療系の仲間が言うにはね。向こうの世界みたいにエックス線も何もないから詳しいことはわからないけれど」


 ミコトさんは少し苦笑いしつつ、俺の肩をぽんと叩いた。


「とにかく、お疲れさま。うまくいったみたいね」

「ガダンさんは?」

「とっくに復帰してるわ」

「さすが……」


 謎の《手》に頭を掴まれて倒れた光景が記憶に残っているが、大丈夫だったようだ。


「あの、ガダンさんは……何か変じゃなかったですか?」

「記憶のこと? ちゃんと覚えてたわ」


 ミコトさんが目尻を下げる。


「アルメリーちゃんのことも、ナギのことも、戦った敵のこともね」

「そっか……本当に良かった……」

「うちの旦那を救ってくれてありがとう」

「い、いや……むしろ俺が助けられてばかりで」

「でもナギがトドメを刺したって聞いたわ」

「あれもガダンさんの力なので」


 ミコトさんが不思議そうな表情を浮かべる。

 まあ、確かにわかりづらいので説明は省こう。


「アルメリーさんは?」

「今呼ぶわ――アルメリーちゃんっ!! ナギが起きたわ!」


 途方もない声が至近距離で響き渡った。

 頭が衝撃を受けたようにぐわんと鳴る。

 夫婦揃って咆哮スキル持ちかと思うほどだ。

 と、廊下をバタバタと走ってくる音がする。


 ――バンッ!


 蝶番が吹き飛ぶような勢いで木製の扉が開き、肩までの銀髪を揺らしたワンピース姿の少々が泣きそうな顔で俺を見つめた。

 そして、


「ナギ、やっと起きたぁっ!!」

「おっ、ふ」


 頭突きでもくらったようにベッドに倒れ込む。

 柔らかい体とふわりと漂う甘い香り。

 アルメリーが生きていることを強く実感させる。

 青い瞳を潤ませた彼女は何も言わずに俺の胸に顔を擦りつけ、そっと体に腕を回した。


「アルメリーさんも無事で良かったです」

「ほんとに……ごめんなさい」

「何が?」

「私、ナギにひどいケガさせたから。でも、ほんとに……夢見てるみたいな感じで、あんなことするつもりじゃなかったの。私、絶対、仲間を傷つけたりしない」

「知ってますよ。悪いのはアルメリーさんのせいじゃない」

「うん、ありがと……」

「あっ……」


 今さらながら、俺の手が銀色の物体を掴んでいることに気づいた。

 《手》を斬ったときに漏れた銀粉が象ったものだ。気を失ったあともずっと手放さなかったらしい。 

 手のひらの中で温かみを帯びたそれが、意思を持つようにふわりと空中に浮かび上がる。

 そして――

 アルメリーの方に。


「これ……尻尾?」


 アルメリーが目を丸くした。

 確かに尻尾だ。

 俺の直感が伝えるまま、彼女の手をそれに触れさせる。

 すると、尻尾は一瞬の光を放ち――姿を消した。


「あっ……」


 アルメリーが俺に抱きついたまま、もぞもぞと小刻みに腰を左右に揺らす。

 そして、片腕を伸ばし、お尻の方に。

 ワンピースの裾が少し持ち上がっていく。


「ナギ……私……今の尻尾生えた……かも」


 戸惑いながら、自分のお尻と俺の顔を交互に見つめるアルメリー。

 なぜ今頃生えたのかまったくわからない。

 俺が固まっていると、


「ええっ!? アルメリーちゃん、すごいじゃない! 尻尾は強い人狼の証よ!」


 ミコトさんがぱんと手を叩き、断りもなくアルメリーのワンピースの裾を摘まんで確認する。

 そして、ぐっと親指を立てて、俺たちに、


「いい尻尾よ。毛並みも長さも最高」


 なんて満足げに言う。

 アルメリーの頬がほのかにピンク色だ。

 もちろんオーラもね。


「アルメリーさんって尻尾無かったですよね?」

「う、うん……産まれた時から、かな?」

「尻尾が生えたっていうより、くっついた?」

「……そうなのかも」

「よくわかりませんね……」

「私もよくわかんない」

「どっちでもいいじゃない!」


 戸惑いの空気を軽く吹き飛ばすように、ミコトさんが破顔する。

 アルメリーが釣られて微笑んだ。


「ミコトさんの言うとおりかも」

「尻尾がくっついて痛いとかは?」

「全然ないよ。それに……この尻尾も、たぶんだけど、ナギのおかげだと思うから……うれしい」


 アルメリーが頬をさらに染めて、顔をぐっと近づけてくる。

 その蕩けた表情が、とても可愛らしいのだが、意識しているのかしていないのかわからない。

 彼女は俺の耳元で「ありがと」と小さく囁くと、真っ赤になって体を離した。

 そんなアルメリーにミコトさんが微笑ましそうな視線を向けている。


「アルメリーちゃんみたいな半狼って尻尾も重要だからね」

「そうなんですか?」

「人狼は尻尾で強さを測るし、強さの一部だから」


 ライオンの鬣みたいなものだろうか。

 少なくとも俺には見分けはつかないだろうと思う。

 と、扉がぎいっと音を立てて開かれた。

 ガダンさんだ。


「おっ、生きてるな、ナギ」

「なんとか生きてました」

「助かったよ」

「俺の方が助かりました。色々と協力ありがとうございます」

「いいって、いいって。美味しいところはナギに全部持っていかれたしな」


 ガダンさんは豪快に笑いつつも、アルメリーの姿を一瞥して表情を引き締める。


「そいつは囚われのアイテム……かもな」

「何ですかそれ?」

「噂で聞いたことがある。体の一部を囚えると、そいつを人形のように言うことをきかせられるアイテムの話だ」

「それは……」


 創造神セレリールの言っていた神のギフトのことだろうか。

 もしそうならアルメリーの尻尾はずっと囚われていたことになる。


「まあ、噂だがな。今はそれより――アルメリーの誤解を解くチャンスってことだ。ナギ、歩けるか?」

「え? もちろん」

「お前が起きたって聞こえたから、近場の冒険者を下に引っ張ってきた。こう言うのは早い方がいい」


 ガダンさんはちょいちょいと手招きをする。

 ミコトさんが「行っておいで」と背中を押すようにして俺たち二人を促した。

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