第22話 二人旅に出よう

 階段を降りると例の酒場には人が集まっていた。

 ガダンさんが声を張る。


「急に悪いな。この《厄介者》のアルメリーのことで説明しておきたい」


 ガダンさんはあえて《厄介者》という部分に力を込めた。

 俺が寝ている間にアルメリーはすでに話を聞いていたのだろう。

 緊張気味だが、困惑している様子はない。


「アルメリーを臨時で入れたパーティで高い装備が無くなることも、大ケガをしたのに記憶が無かったことも――すべて、人為的に仕掛けられたものだった」


 その一言で、場がざわめいた。

 奥の方から「なぜ言い切れる?」とすぐに反応が返ってくる。

 ガダンさんが「当然の疑問だ」と頷いた。そして呼吸を溜めて俺にちらりと視線を送ると、全員に重々しく告げる。


「俺と、そこにいるナギが――アルメリーを操っていた敵と戦ったからだ」


 場は騒然となった。

 信じられないと口にした者もいれば、まさかと驚いた様子の者もいる。

 だが、


「俺の言うことが信じられないか?」


 と低い声でガダンさんが口にするとピタリとざわめきが消えた。

 すごい信頼だった。


「厄介な敵だった。見えない上、記憶まで消してくる化け物だ」


 ガダンさんは細かい説明を始めた。

 戦いの一部始終。

 俺の活躍が、時々大げさに聞こえたが、それ以外はわかりやすい説明だった。

 話が終わった時、誰もが納得した様子だった。


「だから――アルメリーのやったことは本意じゃない。それだけはわかってやってほしい」


 ガダンさんはそう締めくくった。


「無くなった俺たちの武器はどこにいったんだ?」

「それは調査中だ」

「なぜ何人かはケガをさせられたんだ?」

「武器を取り戻そうとしたか、止めようとしたて反撃をくらったのだと思う」

「これから絶対ないと言い切れるのか」


 最後の言葉を放った男の顔には見覚えがあった。

 確かタニアンという、アルメリーの代わりにルイスという女性を紹介したパーティのリーダーだ。

 

 ガダンさんが眉を寄せる。

 アルメリーが操られていたことは確信しても、その辺りは確かに説明しづらいだろう。


 そうか――

 だから、ガダンさんがその役目を引き受けてくれているんだ。

 この話は、俺がしてもアルメリーがしても信じてもらうことは難しい。


「正直なところ細かいところは俺にもわからん。たださっきも言った通り――アルメリーがやりたくてやったわけではない事だけはわかってやってくれ」


 その言葉を最後に、酒場は解散となった。

 納得していない者もいたけれど、丸く収まったと言える。

 ただ、アルメリーが疑いの目で見られることはどうしようもない。


「……だからセレリールは俺が『旅に出るだろう』って言ってたのか」


 先を見通せる創造神はこの展開を読んでいたのだ。


「パーティに入りたがってたな。俺のところなら入れてやってもいいぜ?」


 いつの間にか、アルメリーの前に男が立っていた。

 金髪をオールバックにしたフルアーマーの美丈夫だ。


「ありがとう、バリザス。とっても嬉しい。でも……私、もう仲間ができたの」


 差し出された手を見つめながら、アルメリーは首を振った。

 そして、温かい眼差しで俺を見つめて「ね?」と微笑む。


「そうかい。なら、仲良くやってくれ」


 バリザスはあっさり頷くと俺の胸にどんと拳をぶつけてから酒場を出ていった。

 気持ちいいくらい爽やかな青色のオーラだった。

 きっといい人だ。


「ふぅ……」


 ガダンさんが熱いものを吐き出すように長い息を吐いた。


「ああ、緊張した」

「まったくそんな風には見えませんでしたけど」

「ガダン、ありがとう!」

「俺にできるのはここまでだ。それと……アルメリー、今まで操られていたことに気づいてやれなくて悪かった。何が世界告知11位だ……嫌になる。見抜いたナギに感謝しておけよ」

「うん!」

「で、これからどうする?」


 ガダンさんは心配そうに眉を寄せ、俺たち二人を見つめる。

 彼はもう気づいているだろう。


 今の一幕で、冒険者たちの『アルメリーがやったかもしれない』という意識が、『アルメリーがやったけど、操られていたから許せ』に変わったのだ。

 中には納得しても許せないと思う冒険者もいるだろう。


「旅に出ようかと思っています」

「それがいいだろうな。ここには居づらいだろう」

「えっ、旅? ナギと?」

 

 アルメリーの反応が可愛らしくて思わずガダンさんと顔を見合わせて笑ってしまう。

 本人はまったく気づいていないらしい。

 さすが、どれだけ断られてもめげない強メンタルだけはある。


「アルメリーさんは俺と旅は嫌ですか?」

「ううん!」


 アルメリーが慌ててぶんぶんと首を振った。


「むしろすっごくうれしい! 仲間との旅って小さい頃から憧れだったもん!」

「それなら良かった」

「でも……」

「どうしました?」

「名前は嫌……」

「え?」

「アルメリーさん……イヤ」


 両手を体の後ろで組んで、拗ねたように視線を下げるアルメリーに隠れて、ガダンさんの拳が横腹にぐりぐり押し当てられた。

 わかってますって――


「……アルメリー」

「……もういっかい」

「ア、アルメリー」

「うん! 私、アルメリーだから! それ以外ダメだから! ナギ、絶対忘れないでね!」


 アルメリーの笑顔が途方もなくまぶしい。

 名前を呼ぶだけでこんなに喜ばれると背中がムズムズして気恥ずかしくなってくる。


「えー、ゴホン。じゃあ、おっさんはお前らの旅の準備でもしてやるか」

「あっ、何から何まですみません」

「いいって」


 ガダンさんはそう言って酒場を出ていこうとしする。

 けれど、「そういえば」とくるりと振り返った。


「ナギ、前にお前が『どうして初対面の俺を助けてくれたか』って聴いてたな」

「あっ、はい」

「一つは、ミコトと同郷だからだ。もう一つはな――異世界から来て城から放り出されたやつは、一週間くらいで死ぬことが多すぎるからだ」

「え? そうなんですか?」

「ああ。ギルドのナユラを紹介されただろ?」

「はい」

「普通のギルド嬢は成績の為にギリギリクリアできる難易度の依頼しか出さないが、ナユラは安全な依頼しか出さないんだ」

「……な、なるほど」

「城のガロックも、お前を見て『こいつは特に死にそうだ』って思ったんだろうな」

「……なんというか、複雑な気持ちです」

「だが、ナギは生き残った。アルメリーまで助けてな。そういうことだ。俺も久しぶりで嬉しい」


 そんなに死ぬのか……

 確かに右も左もわからないまま、森に放り出されていたとしたらヤバすぎる。

 そう考えると、海パンでウロウロしていたことが大正解だったのかもしれない。

 あれのせいでガダンさんに声をかけてもらえたのだ。


「ナーギ、私たちも準備しよっ」


 しみじみと思い出に浸っている俺の腕を、アルメリーが胸に抱えるように抱きついてきた。

 仲間の距離感がおかしい気がするけれど――

 

「ん? なに?」


 屈託のない微笑みの前には些細なことだ。

 

「何も。じゃあ行きましょうか」

「うん!」


 俺たち二人は寄り添うようにして酒場を出た。

 しかし、その後、店を回る最中に、二人ともほとんどお金がないことに気づくのだった。

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