第20話 神は見ている

 不思議なことに体の痛みはない。


「またここか……」


 黒い植物に覆われた世界にある、白い空間。

 大きな水晶は椅子代わり。

 創造神セレリールが――小さな幼女のような姿で座っている。

 あどけない表情は得意げで、今にも口にしそうな言葉は――


「跪き、感謝なさい」


 もっとひどい台詞にグレードアップしていた。

 しかし、もう何も言うまい。


「アルメリーさんを救えたことには感謝してます。ありがとうございます」


 俺は素直に頭を下げた。

 その点は間違いないからだ。

 創造神セレリールの祝福がなければ、救うことはできなかったろう。

 最初の《強感力》一つであの化け物と戦えたとは思えない。

 器が広がり、スキルを磨けたおかげだ。


「ナギ、大金星よ」

「大金星?」

「あなた《手》を見たでしょ?」


 セレリールの言葉にすぐに思い至った。

 あの浮かんでいた《手》のことだ。

 初めて見る虹色のオーラでよく覚えている。


「あれは神のギフトよ。世界告知10位以内に入ると貰えるの」

「人を操って記憶を消せる能力の?」

「詳しい力は知らないわ」

「神様なのに、ですか?」

「だって、私が作ったものじゃないもの」


 幼女神はあっけらかんとそんなことを言う。


「じゃあ誰が作ったんですか?」

「神よ」


 意味がわからない。

 普通に考えると、神が何人もいることになるじゃないか。勘弁してほしい。

 セレリールがぴょんと水晶から飛び降りた。

 近づいてきて俺の胸に小さな手を伸ばすので、慌てて後ずさる。

 彼女が心外そうに頬を膨らませた。


「何もしないわ」

「前科があるので」

「……いいから逃げないで」


 強い眼力を受け流すようにあさっての方を向く。

 セレリールの手が胸に当たる。

 ほわっとその部分から温かみが広がると、虹色のオーラを放つ小さな塊が空中に現れた。ビー玉サイズだ。

 あれ? いつ俺の体内に入ったの?


「久しぶりだわ……」

「え? 何が久しぶりなんですか?」

「力に触れたことよ」


 またしても謎だ。

 しかしセレリールは詳しい説明をする気はなさそうだ。

 彼女は虹色のオーラを放つ玉をぐっと握り混む。

 すると玉は手のひらで溶け、光の粒子に変化して水晶に吸い込まれた。

 水晶全体が、しばらくぼやっとした光を放っていた。


「何が出るかわからないけれど……」


 セレリールが水晶を撫でると、今度は白いオーラを放つ玉が空中に現れた。

 ふわふわと揺れながら、俺の前にやってくる。


「触れて。あなたの力になるわ」


 戸惑いながらも手を伸ばす。

 玉はあっさり溶けて消えた。

 俺は手を開いたり閉じたりしつつ、首を傾げる。


「何も変わってないですけど」

「そのうちわかるわ」


 セレリールは素っ気なくそう言うと、ぴょんと水晶の上に飛び乗りゆりかごに抱かれるように体を横たわらせる。

 俺の視線に気づいた。


「なに?」

「色々聞いてもいいですか?」

「うーん、疲れてるから少しだけね」

「――目的は……何ですか?」


 セレリールの顔がみるみる面白そうに変化した。

 悪戯っぽく、揶揄うような表情だ。


「意味がわからないわ」


 すべて分かっているのに、そんな返事が返ってくる。

 それでも俺がじっと見つめていると、セレリールが座って頬杖をつく。


「世界をひっくり返すこと――冗談だけど」

「……わかりました」

「え?」


 セレリールが瞳を丸くした。

 俺は溜息をついて言う。


「バカな俺でもわかりますって。創造神がやることなんて、世界を創るか、壊すか、変えるくらいしかないと思いますよ。むしろ、やっぱりなって感じで納得しました」

「……」

「でも、それに協力するのは無理ですよ。俺に大した力はないので。――って聞いてます?」

「ナギ、あなたバカなの?」

「知ってます。そう言ったじゃないですか。昔から落ちこぼれだったんですよ」

「違うわ」


 セレリールはくすりと笑みを零した。


「大した力が無いって言うけど、ナギはこの世界に来て、たった数日で数百年ぶりに私に力を与えた存在なのよ。私が期待しないと思う?」


 思わず顔が引きつる。

 セレリールは瞳を細め、細い指を顎に当てて「あぁ、そっか」と分かったようにつぶやいた。


「気づかないフリして、私に諦めさせようとか思ってるのね」


 図星に思わず顔が歪む。

 うまく行けば逃げられるか――と思ったけど、そうそう見逃してくれそうになかった。


「違いますけど……ほんとに大した力がなくて……」

「わかってる、わかってる」

「まったくわかってません」

「そうかなあ? ナギの性格はだいぶわかったような気がするけど」


 セレリールは透き通った瞳を俺に向ける。

 小さな幼女の丸い瞳。

 なぜか気まずい気分になってくる。


「まあ、ナギが強くなってくれるなら、私は何でもいいわ」

「……前も言いましたけど、俺は余り者なんで、そんなに期待しないでください。王様に一瞬で見限られたんですよ」

「はーい。期待せず見とくわ」

「いや……そもそも見ないで欲しいんですけど……」


 セレリールはおどけた表情で「あーい」と片手を挙げた。

 もちろんまったく期待できそうにない。


「とりあえず、しばらくこの世界を楽しんで。また薬草採取に精を出すんでしょ? ――そのスキルをさらに磨く為に」

「……俺はそういうところを言ってるんですけど」


 この幼女、下手すれば俺より俺のことに詳しいんじゃないだろうか。

 全部筒抜けな気がしてきた。


「あっ、ゴメン。でも、旅をするなら、スキルは磨いた方がいいわ。危険も多いし」

「ん? 旅をするって言いましたっけ?」

「ううん。でも、たぶんそうなるわ」


 セレリールは確信を込めたように言うと、水晶の上に寝転がり真上を向いた。

 話は終わりということらしい。


 小さな白い世界が周囲からジワジワと黒く染まっていく。

 元の世界に戻る時間だろう。


「アルメリーを大事にしてあげてね」

「もちろん」

「彼女、可愛いもんね」

「そういう下心はまったくないです」

「あっ、ナギ――」


 セレリールの光る瞳が向いた。


「何ですか?」

「あなたは神のギフト持ちに傷をつけた、ってことは忘れないで」

「……は?」


 不穏な言葉と共に、俺の世界は黒く染められた。

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