第6話

 僕の塾通いが始まった。


 僕が通う塾は学力によりクラスが分けられ、僕はかろうじてBクラスだった。Cクラスに限りなく近いBクラスだ。母さんからは早くAに上がりなさいと催促されている。


 塾の先生は、思っていたより若かった。聞いた所によるとまだ大学生で、年齢は21。県内でそこそこ偏差値の高い大学に通っているらしい。


「淳史君、宿題やってきた?」


 名前は篠崎 涼子。皆からは「涼子先生」や「涼ちゃん」と呼ばれている。この塾の中でも一番人気の先生だ。


 茶色に染めた長い髪をシュシュでまとめていて、いつも清潔感がある恰好をしている。因みに今日の恰好は白のブラウスの上にピンクのカーディガンを羽織っていて、下はベージュのスカートだ。


「はい。やってきました」


 涼ちゃんは、僕がまだ入ったばかりだからか気に掛けてくれる。


「どれどれ」


 涼ちゃんは胸元が緩い服が多い。だから僕はいつもドキッとしてしまう。前に谷間とブラジャーが見えて興奮した。その日は家に帰ってすぐにマスターベーションをした。僕が塾に入ってまだ2か月だが、もう涼ちゃんで3回も抜いている。


「もうすぐクリスマスだね。淳史君はサンタさんに何かプレゼントしたのかな?」


 僕はよく居残り勉強をする。決まって涼ちゃんが担当の英語の授業の日だ。涼ちゃんは優しいのでいつも勉強に付き合ってくれる。というより、涼ちゃんが付き合ってくれるから居残っている。


「涼ちゃんあのさ、俺もう中二だよ? サンタが居ないってとっくに知ってるって」


 涼ちゃんはいつも「ふふふ」と笑う。それがセクシーで、子供扱いされているみたいで、でも嫌じゃない。寧ろもっとして欲しいくらいだ。


「そっかそっか。私がサンタさんが居ないって知ったのも小学生の時だったかな。そういえばそうだよね」


「そうだよ」


 僕は少しふくれっ面をして見せる。すると涼ちゃんはまた「ふふふ」と笑う。


「それでプレゼントは? お父さんお母さんに買って貰わないの?」


「買って貰うよ。最新のレーシングカーのゲーム。今凄い人気なんだ」


「そっかあ。淳史君も男の子なんだねえ」


 子供扱いされるのは嫌じゃないけど、今のは何となく嫌だった。


「当たり前じゃん。何だと思ってたのさ」


「ごめんごめん、変な意味じゃないの。子供の頃って『男』とか『女』の区別があんまり無い気がしてさ」


「それは小学生くらいまでの話でしょ? 俺はもう中学生なんだから」


 僕はやや憤慨した。涼ちゃんはそんな僕を見て笑っている。


 涼ちゃんの手が伸びて来て、僕のトレーナーの裾を掴む。


「ごめんね。先生のこと許して?」


 涼ちゃんが僕の眼をじっと見つめていた。僕は恥ずかしくて眼を逸らす。


「いいよ。でも次からは止めてね」


「うん、分かったわ」


 涼ちゃんと2人の時間が10分、20分と過ぎていく。


「涼ちゃんはどうするの」


「え」


 意識していないと装う為、僕は問題を見たまま尋ねる。


「クリスマス。彼氏?」


「ああ」


 涼ちゃんは相変わらず笑っているが、僅かに空気が揺らいだ気がした。


「私は予定なんて無いよ。当日も此処に居るんじゃないかな。その後は1人で家に帰ってケーキでも食べるんだと思うよ」


「ふ~ん。寂しいね」


 と言いつつ僕は内心嬉しかった。涼ちゃんに彼氏が居ない可能性が上がった。涼ちゃんくらいの年齢で彼氏が居たら、絶対にクリスマスは一緒に過ごすだろう。例えばテーマパークに行ったり、イルミネーションを見に行ったり、ホテルに泊まったりするはずだ。……と思う。


「こ~ら。女性にそういうこと言っちゃ駄目なんだよ。女の子からモテないよ?」


 僕は涼ちゃんの言葉に反応しない。涼ちゃんには言うことを聞きたくない何かがある。


「別に良いよ。女子に興味無いし」


「ふ~ん、そうなんだ」


「そうだよ」


 僕は話しの流れで言う。


「もし来年一緒に過ごす相手が居なかったら俺が過ごしてあげるよ」


 涼ちゃんが一瞬真顔になり、笑顔に戻った。


「じゃあ楽しみにしてるね」


 否定されないことが嬉しかった。実現するとは思えないけど、希望は残った。


「クリスマスが終わったらもう新年だね」


「そしたら僕はもう中三だ」


 こうして中2の冬は過ぎていった。

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