第5話
今日の練習は、紅白戦だった。チームを2つに分けて対戦する。レギュラーは両チームに万遍なく分かれるので力量は凡そ同じくらいになる。僕は赤チームに入れられた。
試合が始まる。僕はスタメンだった。
とは言っても、部員は全員で26人しか居ないので大半はスタメンになる。初心者の1年が何名か居るのでこれでスタメンになれなければ相当酷い。
僕のポジションはサイドバックだ。サイドから切り崩してくる敵の攻めを遮断し、攻撃ではサイドを駆け上がって中央の人数を揃えさせる。運動量が必要なポジションである。僕は技術もそこそこで背も低いけど、体力だけは自信があった。1500メートル走ではクラスで2位だったのだ。
「淳史、止めろっ!」
試合開始直後から、白チームの猛攻を受ける。白チームには司令塔の岸とボランチで攻守の要・キャプテンの中森が居る。そしてウイングで僕のマークが、
「淳史、そこどけよっ」
悠人だった。
悠人は不動のレギュラーで2年なのにチームの得点王だ。脚が速く、ドリブルが持ち味。県の選抜にも何度か選ばれている。
悠人がシザーズでフェイントを入れる。僕はつられそうになるが、何とかボールの動きに集中しようとする。
でも悠人のテクニックが上だった。僕はアンクルブレイクをさせられ、その場に尻餅をつく。
「ざまあみろっ」
悠人はサイドから斜めにドリブルで切り裂き、もう1人ディフェンスを抜いてシュートした。
悠人のシュートはゴールの右隅に突き刺さり、白チームが1点先制した。監督から僕に野次が飛んだ。
「おい淳史何やってんだ! そこでお前が抜かれたら一気にピンチになるだろっ。距離を取って抜かれないことだけを考えろっ」
「はい!」
悠人と僕のマッチアップは何度もあった。どうやら僕の所が穴だと思われているらしく、悠人が再三パスを要求する。その度にデュエルが行われ、僕は殆ど毎回抜かれてしまった。サッカーの1対1ではディフェンスの方が勝率が高くなくてはならない。相手は完全に僕の所から崩そうとしていた。
「前半終了ー!」
顧問の岡崎の声が轟く。前半が終わって、2―3で赤チームは負けている。相手の3点の内2点は僕の所から崩された失点だ、このまま終われば僕が戦犯として扱われるだろう。
「おい、淳史。分かってると思うけどお前狙われてるからな。抜かれ続けるようなら交代させるからな」
「分かった」
僕はタオルで汗を拭いて、ポカリスエットで水分補給する。
汗が引く前に後半が始まる。ピッチに立つと、悠人が僕の方を見ながらニヤけている。僕は腹立たしいと思うと同時に僅かに恐怖を覚えた。虐めのトラウマはサッカーのピッチまで追い掛けて来ていた。
「後半開始!」
岡崎がホイッスルを拭く。後半は白チームからのスタートだった。
まずはボールをディフェンスラインまで下げて味方がポジションにツクノヲ待つ。ボールを回しながら相手の隙を突こうとする。
「淳史っ」
センターバックからボールが回ってきた。インサイドでボールをトラップする。どう攻めようかと前を向く。
「淳史っ!」
悠人が狙っていた。
やや大きくなったトラップ。そのボール目掛けて足を出してくる。
僅かに僕の方が速かった。僕はボールを足元に移動させ、身体を入れて悠人に奪われないようにする。
「さっさと寄越せ、ブルーチキン!」
悠人は背後から強烈なプレスを掛けてくる。僕は押されながらもボールを守る。
「しつこいんだよっ」
僕の粘りに悠人が苛立つ。どんどんプレスは激しくなる。
「淳史、寄越せっ」
見かねたセンターバックがボールを貰いに来た。僕はパスを返そうとする。
「ウザいんだよっ!」
監督兼審判の岡崎は僕の背中が見えている。悠人は岡崎から見えないのを知っていた。
「くらえっ」
悠人が右肘を僕の背骨に打ち付けた。僕は背中に激痛を感じ、その場に蹲った。
ボールを奪った悠人はそのままドリブルし、ハットトリックを達成した。
「せ、先生。ファールです。悠人が僕の背中に肘を入れました……」
「そうなのか?」
「はい……」
「それは、悠人が上手かったな」
「え?」
「サッカーにはマリーシアという言葉がある。マリーシアもサッカーのテクニックの1つだ」
「そんな……」
試合は劣勢で進む。負傷した僕はプレーに精彩を欠き、今まで以上に相手チームから狙われるようになった。けれど他のポジションでの怪我や体力切れで交代枠を使い切っていて、僕は代えられなかった。
僕は焦っていた。今試合が終了すれば、「使えない」選手のレッテルを貼られてしまう。今年は2年になり補欠と言えども徐々に試合に出させて貰えるようになってきた。なんとか一矢報いて終わらせたい所だった。
「淳史、上がれっ」
試合終盤、ボールが回ってきた。サイドを駆け上がってクロスを入れろとの指示だ。僕は白線ギリギリでボールを運ぶ。
「行かせるかっ」
立ちはだかったのはやはり悠人だった。
今度は僕が仕掛ける番だ。ドリブルがさして得意では無かったが、悠人はオフェンスに対してディフェンス能力はそこまで高くない。抜ける可能性はあった。
僕は足元でボールを動かしながら抜くチャンスを伺う。シザーズはあまり使わない。ただドリブルで抜く時に大事なのは相手の重心の逆を突くことだ、その瞬間を狙えばいい。
右、左。
「くっ」
悠人の軸をぶらす。
右、左。
「うぜえっ」
よし、そこだ。
僕は悠人の上半身が左に大きく傾いた瞬間を見逃さず、右にボールを出した。抜ける。
悠人を置き去りにしようとした時、彼の左足が伸びてきた。それをギリギリの所で躱す。
よし。抜いた。
「ああっ!」
僕の前に誰も居なくなったと同時に悠人の悲鳴が響いた。その声と呼応するように笛が鳴る。
岡崎か走ってきて、胸元からカードを差し出した。
「淳史、レッドカードだっ!」
「えっ?!」
僕は悠人にぶつかっていなかった。悠人がわざと転んだのだ。
「先生、当たってません」
「うるさい、お前は退場だ。ピッチから出ろ!」
「納得いきません、当たってないんです」
ーーピシっ。岡崎が僕の頬をはたいた。
「何度言ったら分かる。マリーシアだ。審判が悪質なプレーと判断したらそれは絶対なんだ」
僕の表情は歪んだ。
「それが分からないならお前はプレーヤーとして使えない。大体だな、悠人はウチのエースストライカーだぞ、紅白戦だとしてもやり過ぎだ。ちょっと頭を冷やせ」
僕は出場停止になり、チームは敗北した。結果は7−3だった。人数が1人減ったことで防戦一方となった。
「あーあ、1人減ったのがキツかったよなあ」
「そもそも悠人と淳史ってのがミスマッチなんだよ。抜かれるに決まってんじゃん」
「悠人、怪我大丈夫なのか? 保健室に運ばれたけど」
「これで大会に参加出来なかったらマジで最悪だろ。どうすんだよって話だ」
僕の前を通り過ぎる時、他のチームメイトがわざわざ聞こえるように喋って行った。
僕は悔しかった。ちゃんとプレーを判断して貰えず、一方的に悪役を押し付けられる。悠人の怪我なんて大したことない、だって脚なんてぶつかってないんだもの。寧ろ怪我しているのは僕の方で、それなのに何もかもが僕にとって悪い状況になっている。何と理不尽の世の中なのだろうか。
帰りながら、僕は1人考えていた。どうして僕に都合の悪いことばかりが降り掛かり、悠人は何もかも上手くいくのだろうと。
僕の方が善人で、生活態度も良く、誰にも危害を与えていない。不意に母さんの声が脳に蘇る。
《人にやられて嫌なことはしちゃ駄目》
本当だろうか?
《人にやられて嫌なことはしちゃ駄目。それは自分に返ってくるから。自分が良い行いをしていれば、それも返ってきて幸せになれるのよ》
本当だろうか? 嫌なことなんてしていないのに次々に悪い出来事ばかりが起き、反対に嫌なことばかりしているアイツやアイツは笑っている。
確かに、善人にであれば人として敬われるかもしれない。貴方は素晴らしい人ね、君はそのままで良いよ。
その言葉は本当だろうか? 本当は、危害を加えない善良な市民を増やす為の、その人達にとっての言葉ではないのか?
《人にやられて嫌なことはしちゃ駄目》
母の言葉は、魔法であり呪縛だ。
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