第5話 当然の乾杯

僕は浅い海を泳いだ。あの魚男の島がだめなら、他の島に行こうと考えたのだ。

日差しは暖かいが、海水は少し冷たい。体温を奪われて手足が動かなくなるあの感触を思い出してしまった。

「案外遠いな、、、、、、」

僕は熱帯雨林のような島を眺めながら呟いた。その島にはココナッツらしき木や、赤い実を蓄えた草花がわさわさと生い茂り、時折風がふくのか、葉同士がこすれ合う音がここまで届いていた。

波打ち際にはボートが浮かんでいた。僕に気づいたのか、ぼーとはこちらに向かってくる。さっきの魚男のように島から出ていけなどと言うのだろうか。僕は少し身構えてボートを待った。

「おい、貴様は見ない顔だな。遭難したのか?」

ボートから身を乗り出し、一人の男が話しかけてきた。敵意はないようだ。

「ああ。さっき魚男がいる島に流れ着いたんだが、追い出されてしまった」

「あの魚か。あれは人間じゃないんだ。ほんとうにただの魚さ。私はマツモトという。貴様が帰れるようになんとか手配してやろう」

「僕はfだ。ありがとう」

マツモトは僕をボートに引き上げた。マツモト一人で漕ぐには大きすぎるボートだった。マツモトは妙な顔立ちをしていた。目がとても細く、鼻はツンと尖っているし、口は横に引っ張られたようだった。鉄で作られた芸術品のような印象だ。

「f。こんな話を知っているか?」

ボートを漕ぎながらマツモトは話し始めた。

「宝島の話だ。サハリンよりうんと北に向かった先には、それはそれは魚が穫れるという小さな島があるんだ。北だから寒い島だと思うだろう。その島は温かいんだ。奇跡の島だ。大陸の奴らはその宝島を巡って数百年も争った。結果、数十人の民族が島を勝ち取ったんだ。大きな軍隊では宝島の統治権を巡って仲間割れが起こったんだな。戦いが終わった頃には、大陸の中の国交はひどいものになっていた。そんな中、民族は周りの小さな島とだけ貿易を始めた。するとこんな噂が広がり始めたんだ。「宝島には死者を生き返らせる力がある」。どうやら噂の発端は宝島の商人。商人は貿易相手に騙されて殺されたあと、海流に乗って宝島に流れ戻った。そして宝島に住む民族は見たんだ。商人のぶよぶよに水を吸った皮膚や、腹にある大きな切り傷が、一晩で元通りになっていくのを。商人は3日眠り続けたあとには何事もなかったかのように仕事を始めた。そんなことが何度も起こると、宝島は気味悪がられて、他の島との貿易は途絶えてしまったらしい。だからもう宝島のことを知っているやつなんていないんだ」


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宝島 @issei2

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