第3話 二本角

 火花とともに、金属同士の衝突音が迷宮に響く。

 金属の片方、大太刀を持つナユタはひゅっと口笛を吹き、全身の血管が沸騰するように熱を持つ感覚に酔いしれていた。


 視線の先には1mを超える黒光りした二本角の甲虫。

 大太刀の一振りで仰向けに返された甲虫は、無防備な腹部を曝け出している。

 

 駆け出したナユタがそのまま甲虫に飛び乗ると、アシュリーの『念話』が脳内に聞こえる。

 "『荷重』をかけてあげるから、一発で決めな"


 剣を掲げると、頭上から強い重力がナユタに降り注ぐ。その重さに身を任せて、全力で両手を振り下ろす。

 規格外の腕力と『荷重』による重力操作による一撃は、甲虫の柔らかな腹部から背の強固な外殻までを両断し、橙色の体液が天井に向かって勢いよく吹き出した。

 

 「二本角ツインホーンに力負けしないとはね。一体どんな鍛錬を積んできたんだい?」

 両断された甲虫の断面を覗き込みながらアシュリーが問いかける。

 「まあ、昔ちょっとな。」

 そう言って、ナユタは自分の育った山奥の風景を思い浮かべた。


 

 

 最初の記憶は、粗末で小さな山小屋と老人の男。

 それがつい最近まで、俺の世界の全てだった。

 

 老人、―あいつは俺に「先生」と呼ぶように命じた― は、

 生業の狩猟に俺を連れて回り、狩りが終わると修練の時間が始まる。


 木刀を使った組手では、毎日殺すつもりで斬りかかったが、俺の剣が届くことは一度もなく、ただただ一方的に全身を殴られた。

 俺は女で、しかもまだガキだったが、先生は一切の容赦がなかった。

 体中が痛くて地面に大の字に倒れ込み、泣きながら満月を見つめていると、先生は言った。

 「もう終わりか?」

 なんて答えたかは覚えてないが、首を横に振り、睨みつけたことだけは覚えている。




 ナユタとアシュリーが歩みを進めると、迷宮の湿り淀んだ空気に、微かではあるが冷たい一本の筋が流れ込んで来る。

 外界の気配だった。


 「もう少しで、久しぶりのお天道様が拝めるよ。楽しみかい?」

 額にじっとりと汗をにじませたアシュリーが言う。

 「ああ。楽しみだ。」

 「それは陽の光が?それとも巨人と会うのが?」

 「どっちもさ。」

 気のない声でナユタが答える。


 ”巨人”

 ナユタにとっては耳障りな言葉だった。

 身長2mを超えるナユタだが、本物の巨人の身長は3m近い。

 巨人でもなく、人間でもなく、アシュリーのような長耳族でもない、山を下りてからどこにも居場所のなかったナユタには、結局「武」しか残っていなかった。


 人間も怪物も相手にならないのであれば、巨人ならばどうだろうか。

 そう思って、ナユタは迷宮で屠った奇形獣キマイラの話を思い出す。

 獲物を襲う時だけ、心穏やかになる哀れな獣。


 奇形獣とは己の事だったか。

 一人合点して、笑みを浮かべるナユタを、ニヤニヤしながらアシュリーが眺める。

 「急にニヤニヤしちゃって、気持ち悪いねえ。」

 「…それはあんたもだろ。」


 遠くから光が射しこんでくる。

 今が日中でよかった、とナユタは思った。


(続く)

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