破壁の彼方 9/始動(4)

 少し時は遡り、倫道とデルグレーネがぎこちない会話から2人きりの訓練を始めた頃、彼らと同様に久重と龍士、清十郎と五十鈴たちも初めての訓練に臨んでいた。


 柳田が指導する訓練場は、山荘にほど近い小高い丘の上に位置していた。

 森から吹く風が訓練場に流れ込み、風の魔法を習うのに適している。

 ここではその風を利用した身のこなしや格闘術を重点的に叩き込まれる。

 

 柳田の来訪を歓迎するかの如く訓練場の一画は微かな風が舞い踊り、見晴らしの良い丘の上を吹き抜けていく。

 風に煽られ、緊張を顔に貼り付けた久重と龍士。

 そんな2人を機にする事はなく、柳田は軽くストレッチを行いながら言い放つ。

 

「よし、準備運動も終わったし、そろそろ本格的に始めるぞ」

「「はい!」」


 久重、龍士ともに返事をするが、これから何の訓練が始まるかは分かっていない。

 周りには修練道具なども無い開けた土地の真ん中にいる。

 龍士は嫌な予感がしてオズオズと手を上げる。


「……それで、どの様な訓練でしょう?」

「ん? ああ、戦闘訓練だ。俺と本気で戦ってもらう」


 コキコキと首を慣らして軽く笑う柳田。

 龍士は「ああ、やっぱり」と小声で呟く。彼の嫌な予感は的中したのだ。

 先日のアルカナ・シャドウズとの戦いで見せた鬼神のごとき強さ、今でも彼の脳裏に焼き付いている。

 レベルが違う。

 そう、大日帝国の兵士の中でもトップクラスの実力者である柳田颯太少尉と実践形式で戦うとなれば、誰もが暗澹あんたんたる気持ちにもなるだろう。


「へっ! 一丁やったろうじゃねぇか!」


 いや、違った。

 横に並ぶ同期は深緑色の瞳を輝かせ、右の拳で左手の掌を何度も音を立てながら叩いている。

 実に嬉しそうな顔をしている。


「ね、ねえ? なんでそんなに嬉しそうなの?」


 小声で尋ねる龍士に向かい、片眉を寄せて困惑の表情を見せる。


「んん⁈ なんだ龍士、お前は嬉しくないのか」

「嬉しいわけないじゃないか…… 相手は魔道大隊の『風神』と呼ばれた柳田少尉だよ。敵うわけがないよ」


 尻込みをする龍士の肩口に腕を回し、力強く引き寄せながら久重が耳元で囁く。


「なんだ⁈ ビビってるのか?」

「そりゃ、そうだよ」


 俯き素直に恐れを吐露する龍士、肩に回した腕へさらに力を込めて締め上げる。


「ちょ…… 苦し……」

「龍士、俺たちは強くなるためにここへ来た。それに、この場所に来る前にも聞かれたよな? 嫌なら帰れと。やっぱり帰るか?」


 久重の言葉に目一杯に見開かれた龍士の瞳。その奥には小さな炎が揺らぐ。


「そう、俺たちは自分の意志でここにいる。強くなるためにな。……俺はお前や清十郎、五十鈴、そして倫道より強くなる! もう守られるのは、真っ平御免だぜ!」

「そうだ…… そうだね、強くなるんだ!」

「その意気だぜ‼︎」


 龍士の胸を軽く叩き、男らしい笑顔で応える久重。


「特務部隊最強『風神』の手解きを受けれるんだ! 強くなるためにこれ以上の相手はいないぜ!」

「あはは、久重くんには敵わないな。よし! 柳田副長をぶっ倒そう!」

「ああ、ボコボコにして泣かしてやるぞ」


 龍士も腹を決め、久重と共に柳田の前に立ち並ぶ。

 そんな2人を優しげな顔で見守る彼は、笑顔で告げた。


「なんか〜、ボコボコにするとかぶっ倒すとか聞こえたが…… まあいい。まずは、お前たちの技量を見せてもらおうかな」

 

 風が柳田の足元に集まり渦を巻く。

 先ほどまで柔らかかった空気がピシピシと音を立てて硬質化していく。

 柔らかな笑顔は変わらない。しかし、額には青筋が波打ち、瞳の奥から一切の光が消えた。

 渦巻く風が金属を引っ掻いたみたいな高音を響かせ2人を襲う。鋭い殺気が刃と化す。


「あっ、そうそう。言っておくけど、俺を殺す気で来いよ。じゃないとお前ら、簡単に死んじまうぜ……」


 爆発的に舞い上がる石飛礫に思わず腕で顔を隠す2人。

 久重と龍士の前に立つ1人の男は、A級の魔物をも屠る実力を持った強者。

 先ほどまでの明るくひょうきんな姿が信じられないほど『死の匂い』を漂わせている。


「……うん、ボコボコにされて……」

「泣かされるのは…… 俺たちだな」


 柳田が口端を大きく吊り上げて笑うと、それが戦闘開始の合図となった。

 振り落とされる腕、瞬時に魔法が形成される。

 小高い丘の上では、久重と龍士の悲痛な叫び声がこだましていた。


    ◇


 一方、カタリーナが指導する場所は、小さな溜池がある広場だった。

 日差しが木々の隙間から差し込み、幻想的な雰囲気を持つこの地は、自然のエネルギーを感じながら訓練するには最適な場所であった。


 五十鈴と清十郎は精霊の呼び声を感じながら、その微細なエネルギーに心を合わせていた。

 静謐せいひつな溜池のほとり、時おり鳥のさえずりが楽しげに響く。


『ぎぃやぁあああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜』


 男たちの悲痛な叫び声が、そんな美しい空間を台無しにする。


「プッ、ククククッ〜〜〜〜〜、なに? この蛙がひっくり返った様な叫び声は〜〜〜〜」


 吹き出し、肩を震わせて笑うカタリーナ。

 

「ちょっと、さっきから五月蝿いんですけど……」

「これは…… 堂上と氷川の声のようだが……」


 五十鈴と清十郎は声のする方を向き、なんとも言えない表情を作る。

 柳田副長の指導。なんとなく想像ができるとお互い目を合わせて「カタリーナさんの指導でよかった」と心の中で同意した。


「フフフフッ、なんともエキサイティングな特訓をしているみたいね! 彼らしいわ」


 叫び声を聞いて楽しそうに笑うカタリーナに少し引きつつ五十鈴が尋ねる。


「それで先ほどの続きなんですが……」

「あっ、ごめんなさい。あまりに面白い声がしたから」


 悪戯っぽい笑顔を浮かべてウインクをすると、カタリーナは軽やかな足取りで五十鈴と清十郎の前まで歩み寄ると、一転して魔法士としての顔になる。

 そこには先ほどまで見せていた愛らしい表情は既に無い。


「さて、あなたたち、五大元素魔法と精霊召喚魔法、これらの共通点と違いについてだったわね」


 彼女は真剣な眼差しの2人に視線を合わせ続ける。


「五大元素魔法は、文字通り、火、水、土、風、空の5つの元素の力を借りて行う魔法。これらは自然界に存在するエネルギーを直接操作するもの。力を感じ、その流れを理解し、意のままに操る技術が必要ね」


 カタリーナの手から、5つの元素がそれぞれ微かに輝き始めた。

 5つの光は彼女の意志と共鳴し、踊る様に動き始める。


「うわぁ…… 凄い……」

「おお……」


 通常の魔法士であれば、魔法の発動は系統にもよるが同時には難しい。

 魔法の準備段階とも言える動作であるが、5つの元素を同時に操る技量。それは彼女が並の魔法士ではない事を物語っていた。


「対照的に、精霊召喚魔法は、自然界に存在する精霊、つまり自然の力そのものではなく、その力を司る存在を呼び寄せ、協力を仰ぐ魔法ね。こちらは精霊とのコミュニケーションが重要。彼らとの関係性を深め、理解し合う事が求められるわ」


 彼女の言葉と共に、空気が微かに震え、目には見えないが、精霊の気配が感じられ始めた。


「共通点としては、どちらも自然の力を利用する点ね。しかし、五大元素魔法は直接的にその力を操るのに対して、精霊召喚魔法は自然の存在、精霊と共同で力を発揮する。これが最も大きな違いよ」


 カタリーナは穏やかに微笑みながら、五十鈴と清十郎の目を交互に見つめた。


「ここまでは、あなたたちも理解しているでしょ? 私の訓練は、これらの力を理解し、完全に自分の支配下に置く。それがあなたたちの課題となるわ」


 その言葉に、二人は深く頷きながら、自然の力と、そしてその力を操る魔法の深淵に思索を巡らせ始めた。

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