破壁の彼方 10/安倍清十郎
溜池のほとり、魔力が煌めく様に流れる空間が広がっていた。
五十鈴と清十郎がカタリーナの指導のもと、訓練を行っている場所である。
カタリーナは五十鈴に課題を出した後、清十郎に向けて話を始めた。
「君の魔法はただ力を放つだけではないの。精霊との共鳴、そして使う者の意志、これが一体となった時、真の力が発揮されるわ」
清十郎の目はキラキラと空中を漂う精霊に注がれていた。
カタリーナは彼に、精霊との対話、彼らとの共鳴の重要性を語る。
「精霊は私たちとは異なる存在よ。彼らと対話し、共感してこそ、彼らは私たちに力を貸してくれるの。この辺は、精霊魔法の宗家である安倍家では当然の話よね?」
清十郎はややムッとした表情でカタリーナを見つめ、人差し指で眼鏡の位置を直す。
「もちろんです。私たち安倍家の者は、精霊と対話しその力を借りる。その対価として魔力を献上します。彼らとの繋がり、つまり共鳴することで術が発動します」
「そうね、その通り。では風の魔法を使って、あの的を貫いて見せて」
「分かりました」
懐から呪符を取り出し詠唱を始める。狙いは10メートル先にある藁でできた木偶人形だ。
清十郎は目を閉じ、心の中で精霊たちと対話を試みる。その心の動きに呼応して、風の精霊が清十郎の周りに舞い始めた。
カタリーナの目は清十郎の動きを凝視していた。
彼の表情は真剣そのものであり、それが彼の心が精霊魔法の奥深さを理解しようと葛藤している事を物語っている。
清十郎は深く呼吸を整え、静かに集中し魔力のオーラを纏い始める。
彼の瞳は藁でできた木偶人形を真っ直ぐに見つめており、その眼差しの先では微かな風が渦巻いていた。
「風の精霊よ、我が声に応えて現れよ。我が意志に従い、全てを切り裂け! 【風刃旋風】!」
その言葉とともに、清十郎の周囲に微かながら緑色の光が舞う。
そしてその光が集束し、可視の刃と化すと空間を切り裂く音を立てながら、藁の木偶人形に向かって飛び出した。
疾風の刃は木偶人形に当たると、無音でその藁を切り裂く。
木偶人形はその瞬間、細かい藁の断片と化し、土台だけを残して風に舞い上がった。
「グッド! 流石…… と言いたいところだけど、実戦では使えないわね」
「なっ⁈」
強烈なダメ出しにいつも冷静な清十郎も怒気を上げた。
「私の何がいけないって言うのですか?」
珍しく語気を荒げる清十郎にカタリーナは至って冷静に返す。
「発動までのスピード、威力。共に及第点には及ばないわ。清十郎、君が持っている魔力量を考えれば尚更よ。 ……君だって分かっているでしょ?」
「ぐっ……」
実際に清十郎もその点を認識していたため、反論はできない。
「清十郎、さっきも言った通り、精霊魔法の真髄は、心と心で精霊と繋がる事だよ」
カタリーナの声は優しく、しかし確かな説得力を持っていた。
「ただ、君の心には何か重い…… 壁の様なものが見える。それが精霊との意思共有の道を阻んでいるんじゃないかな」
「――⁈」
清十郎は目を見開き、彼女の言葉に驚いた表情を浮かべたが、すぐに視線を落とした。
「……それは、何の根拠があって」
「私の目は魔力そのものの流れを視る事ができるの。君の魔力の流れは綺麗なのだけど、精霊と繋がるポイントで接触不良を起こしてみえる」
「…………っ⁈」
「トラウマや心の傷は、私たちが思っている以上に大きな影を落とす。それが精霊とのコミュニケーションに影響を与える場合もあるわ」
カタリーナは穏やかに、しかし断固として言葉を続けた。
「精霊は純粋な存在だから、心の闇や痛みに敏感よ。だから、心の整理、自己の理解がまず第一歩。心の壁を壊さないと、真の意思共有は難しい」
清十郎は黙ってカタリーナの言葉を受け入れている。
しかし、握った拳は爪が食い込むほどの力で震えていた。
彼女の言葉は心に突き刺さり、その瞳の奥には、暗い過去の片鱗をのぞかせている。
「自分と向き合い、自分を受け入れる。それが精霊との真の対話への道だと思うよ」
「……はい、ありがとうございます」
カタリーナの言葉は、清十郎の心に静かに、しかし深く響いた。
彼はじっと地面を見つめ、その言葉を心に刻み込んでいた。
清十郎の纏う重い空気が皆にものしかかり、鳥の囀りだけがこの地に響く。
しかし、静まり返ったこの場を横で見学をしていた沢渡が壊す。
天然なのか狙ったのかは分からないが彼女の明るい声が、重苦しい雰囲気を一変してくれた。
「では発動スピードの問題は、呪符の方に手を加えてみてはどうでしょう?」
丸眼鏡の奥で瞳が輝く。
彼女は倫道たち新兵の装備などを新しく作るため訓練に同席している。
なので、ダメ出しをされた清十郎の問題点を解消するために、さっそく提案をしてきたのだ。
「涼子! ナイスアイデアね。では、清十郎、こっちきて呪符を見せて」
「えっ? これは安倍家の……」
「何ケチくさい事を言っているの? そんな古臭い呪法に価値なんてないわよ」
「はぁ⁈ なんて――」
「時代は動いているの! それとも皆に置いていかれたい?」
「くっ⁈」
「そうです、時代は動いているのです! さあ、早く安倍家の呪符を見せてください!」
女性2人に言い負かされた清十郎は、懐から渋々と言った感じで呪符を取り出した。
それを引ったくる様に沢渡が手に収めると、喜色満面の笑みで呪符を観察する。
「これが古から続く名家の呪符ですね。研究しがいがあります!」
「ちょっと、あげた訳ではないですからね」
「いーえ、これは私のものです。触らないでください」
「沢渡さん、頼みますから他の人には……」
「くっくっく、何言っているんですか! こんな面白いもの他の人に見せるわけありません!」
彼女はメモ帳を取り出し、思い浮かんだアイデアを書き留める。
既に清十郎など気にしておらず、ひたすら呪符を観察し、筆を走らせるのであった。
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