破壁の彼方 6/始動(1)

 古びた木造建築の食堂は、壁のひび割れや床のキシミ声がその歴史を物語っていた。

 遠野郷の豊かな自然を感じさせる木の香りが漂い、窓からは初秋の風が澄んだ空気を運んでくる。

 朝から豪勢な食事にありつけた為、皆の顔はいいようもなく明るく穏やかであった。たった1人、沢渡を抜いて。

 やがて片付けも終わり、そのまま本日の訓練ブリーフィングに入った。


 この頃になると皆の目つきも変わり、これからの覚悟が瞳に現れていた。

 特に新兵たち5名はこれから行われる訓練に緊張している。


「今日から数日間でお前たちひよっ子を徹底的に鍛え上げて一人前の魔道兵士に育てなきゃならない。それも俺たちが所属するのは特務魔道部隊、いわゆる少数精鋭の部隊だ。一騎当千の力を身に付けなければ、自分はおろか部隊全体をも『死』に誘うだろう」


 皆の前に立つ柳田が視線を一斉に受け言い放つ。


「この訓練で生き残れない奴は、どうせ戦場に行っても死ぬだけだ。なら早いほうがいい。ここで殺してやる」


 彼の放つ殺気と覚悟に生唾を飲み込みながら頷く倫道たち。

 柳田の決意を受けて、より一層の覚悟が必要だと思い知らされた。「生半可な訓練じゃない」全員の脳裏にそれが浮かんだ。


「では、今更であるが自己紹介をしてもらう。俺は〜、まあ皆さんご存知だと思うので、まずはゲルヴァニア国のお二人と沢渡さん、順番にお願いします」


 言葉と目で促されたカタリーナとデルグレーネは、皆の前に立つ。

 こほんと小さく咳払いをしたカタリーナが明るい声で口を開いた。


「皆さ~ん、おはようございま~す! カタリーナ・ディクスゴードです! カタリーナ、もしくはリーナと呼んでください。5大元素魔法を学んだ魔法士です。どちらかというと戦闘より回復や諜報活動の方が得意ですが、歴史だけは古い魔道士一族の家系なので、魔法の形態学についてはそれなりに教える事は出来ます。私はデルグレーネの上官ですが、彼女とは長い間一緒にいる仲なんで、仲良くしてあげてくださいね! 皆さんと素晴らしい訓練期間を過ごせる事を楽しみにしています!」


 とカタリーナが笑顔で挨拶。

 彼女の表情は開けっ広げで、そのエネルギッシュな性格が周囲にも伝染する。

 カタリーナに釣られて皆の表情が少しだけ緩むと横に並ぶ女性が小さく頭を下げた。


「おはようございます…… 私はデルグレーネ・リーグ…… です。私のこともデルグレーネと呼んでください」


 続いて少々緊張気味の静かな声で、デルグレーネが挨拶を始めた。

 彼女の表情は控えめで、目を伏せ、他者を直視する回数は少ない。「よろしくお願いします」と、言葉も控えめに簡潔に切り上げた。


 最後に沢渡涼子が前に出てきた。


「おはようございます、私は沢渡涼子です。魔法研究所の研究官として、皆さんの特訓をサポートさせていただきます。皆さんの能力を最大限に引き出すための装備やアイテムの開発を行いますので、一生懸命訓練して、私にもたくさんのデータを提供してくださいね。よろしくお願いします」


 彼女は真面目な表情で言ったが、どこか天然な雰囲気を漂わせていた。

 どこか心を許せてしまう人懐っこい笑みを最後に浮かべて挨拶を終えようとした時、胸の前でパンと手を打ち話を続ける。


「そうそう、皆さんが着ている戦闘服。これも研究所がサポートしている装備の一つなんですよ」

「へえ、そうなんですか」

 

 五十鈴が自分を見下ろし着ている服をマジマジと確かめる。

 久重が「何だかカッコいいよな」と呟くと、横にいた倫道も目を輝かせ頷いた。

 

 特務魔道部隊の戦闘服は、詰襟型の伝統的な東洋の装束を彷彿とさせるデザインを持つ。

 基本的な色彩は黒を基調としており、差し色に深紅。

 それによって部隊の秘匿性と恐ろしさを同時に象徴していた。


「皆さんの戦闘服は特殊な布地で作られており、魔力の流れをスムーズにするための特殊な紋様が全体に施されています。また、生地内に防護のため特殊な魔力を纏う金属を織り込んであり、攻撃から身を守るだけでなく、魔法士の魔力を増幅する効果も持っています」


 一同が「へぇ〜」と感嘆の声を上げる中、そこには柳田の声も混じっていた。

 皆の視線を感じた彼は慌てて咳払いすると、沢渡の話に続く。


「通常、魔道部隊のメンバーそれぞれが独自の装飾や改良を施す事が許されており、それらは個々の特性や力を象徴する。これにより、俺たちの戦闘服は単なる装備ではなく、自分たちの頼もしい相棒となる。……そうですよね? 沢渡さん」

「はい、その通りです」


 よほど『相棒』と言われたのが嬉しいのか、満面の笑みで何度も頷いた。

 その度に胸の大きなモノが揺れるのだが、昨日の反省から男たちはあらぬ方向を見る。


 面目躍如といった柳田が、挨拶に出てきた彼女たちの横に並び、話を続けた。

 

「よし、挨拶はこれで終わり。お前たちの挨拶は割愛する。いいですよね?」


 柳田は女性3名に視線を送ると彼女たちは揃って頷く。

 移動中、倫道たち5人のプロフィールを渡された彼女たちは、全員の特徴や能力を把握している。

 あとは、訓練で本当の姿を見極めれば良いのだ。

 

「え〜、では次は訓練ごとの班決めをする」


 ざわつく新兵たち。すぐに清十郎が手をあげて発言を求めた。


「皆、一緒に訓練をするのではないのですか?」

「ああ、基礎訓練などは一緒に行う。しかし、それ以外は個別に分かれてもらう」


 五人と言う少ない人数なので、まさか別々に訓練を行うとは考えてはいなかった。

 少なからず動揺が走る。


「それはどの様な……」

「だから、それを伝えるって言ってんだよ。黙って聞いておけ」


 言葉を詰まらせる清十郎。他のメンバーも同じくゴクリと唾を飲み込み柳田の口に集中した。


「まず、安倍と十条。お前らはカタリーナさんに受け持ってもらう」

「「えっ⁈」」

「何を驚いてる? さっきも聞いただろ? カタリーナさんは5大元素魔法の使い手であり、優秀な回復魔法士ヒーラーだ。精霊魔法の安倍、回復魔法の十条にはうってつけの先生だ」

「なるほど……」

「…………」

「よろしくね〜」


 納得した清十郎、なぜか憮然とする五十鈴を置いておき柳田は進める。


「次に、堂上と氷川。お前たちは俺だ。風魔法を得意とし、部隊の切込隊長である俺様が接近戦の極意を伝授してやろう。特に風魔法はお前たちの魔法特性とも相性が良いはずだ」

「うす! よろしくお願いします!」

「お、お願いします」


 久重は期待通りの人選だったのか、拳を掌に叩きつけてやる気に満ちていた。

 龍士はというと…… 顔を引き攣らせながら「生きてられるかな……」と小さく溢す。


「そして最後。神室はデルグレーネさんにお任せする」

「えっ⁈ 2人ですか?」


 なぜか五十鈴が机を叩き立ち上がる。

 思わぬ方向から声がしたので柳田も少々驚いてしまった。


「お、おお…… お前らも見たろ? 最後の魔法。みんな薄らボンヤリとだと思うが彼女の魔法は神室の火属性魔法によく似ている。威力は段違いだがな。なのでこの組み合わせだ。先の戦いと、お前らの訓練を見た俺が言うんだから間違いない」


 自信満々に言い放つ柳田に「それにしたって2人っきりだなんて……」とぶつぶつ文句を言う五十鈴。

 今度は倫道をキツく睨むと「変な気を起こしたら…… いいわね」と脅す。

 謂われのない非難の目を向けられながら倫道は五十鈴へ何度も頷いた。


「よし、組み分けも出来たんで午前中の訓練に行くぞ」


 一斉に立ち上がり、各々が装備をまとめて外に出る。

 その瞳にはそれぞれの決意を宿して熱い炎が宿っていた。

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