逆巻く怒涛 16/離脱

 ジェイコブより離脱を受令したエヴリンは、同時に突入したデビッドたちを引き連れて射撃場の外へ出ると辺りを見回す。

 彼女は暗闇の中、手を上げて集合のハンドサインを掲げた。

 突入部隊のバックアップのため、射撃場外にて潜んでいたアンソニーたちは、不可解なサインを怪訝に思いながらも射撃場の入り口へ集まった。


「これより離脱する! デビッド、怪我人を残ってるトラックに乗せて」

「おい、エヴリン! どう言う事だ? 離脱? それに肩に担いでいるのは……」

「言葉通り。この地から撤退するのよ。早くして!」


 射撃場の外に残っていたアンソニーは、場内で何が起こったか分からず混乱していた。

 現在の指揮官であるエヴリンへ説明を求めたが、厳しい顔をした彼女は取り合わず、次々に指示を出すばかり。

 そこで、同じく分隊を指揮して突入したデビッドへ声をかけた。

 

「おい、デビッド! 何があったんだ」

 

 デビッドは他の隊員と共に怪我人をトラックの荷台に乗せ終わると、担いできた3人の亡骸から装備品を外す。

 彼は淡々とアンソニーの問いかけに耳を貸さず作業を進めた。

 その態度に苛立ったアンソニーがデビッドの胸ぐらを掴んで、同じ質問を繰り返すと、デビッドが重い口を開く。


「……見て分かるだろ。カークとタイスは一命を取り留めたが、エンティ、ドルマイド、ブルートがやられた……」

「仲間を殺しやがった奴らは……」

「隊長が1人で相手をしている」

「クソがッ⁈」


 デビッドの胸ぐらから手を離し悪態をつくアンソニー。

 興奮がおさまらず、エヴリンへ向けて不満を露わにする。


「エヴリン。あんたはこれでいいのかよ? 隊長だけ置いて撤退? 冗談じゃないぜ!」

「ええ、冗談ではないわ。貴方も痕跡を残さぬよう、完全に隠匿して離脱準備に取り掛かりなさい」

「ふざけるな! 俺は――」


 感情のまま息巻くアンソニーに、ついにエヴリンは堪忍袋の尾が切れ、魔法を発動する。

 

「【タイム・コンプレッション】」

 

 アンソニーの腕を後ろへ絞り上げ、一瞬のうちに組み伏すと倒れた背中に膝を乗せ、彼の側頭部に銃口を突きつけた。

 彼は瞬きする間も無く、訳も分からず地面へ倒されていた。

 

 彼女の魔法、時間短縮タイム・コンプレッションは一見すると時間を止める『時間操作』に見えるが、自己加速魔法と同様の効果と言ってもよい。要は、自分自身の時の流れを早めているのだ。

 もちろん、彼女には相手の時間に干渉する魔法も習得しており、タイムウィスパーと呼ばれる所以であった。


「ジェイコブ隊長の命令よ。聞けないと言うのなら、ここで私が殺してあげる。後の事は心配しなくていいわ。そこにいる彼らと一緒に骨も残さず焼いてあげるから」

「うう……」


 撃鉄を起こしアンソニーの顳顬こめかみへ抉る様に銃口を擦り付ける。

 アンソニーは言葉もあげられなかった。


「エヴリン、その辺で。アンソニー。お前も命令には従え」


 冷酷な眼差しの彼女の肩に手を置き、デビッドが慎重に声をかけた。

 エヴリンは仲裁に入ったデビッドを一瞥すると、ゆっくりと撃鉄を下ろしホルスターにしまう。

 馬乗りになっている同僚の背中から退き、小声で「すまなかった」と詫びてこの場から少し遠ざかった。


 顔を引き攣らせたアンソニーにデビッドが手を差し出し、半ば強制的に立ち上がらせる。

 彼は、服についた土埃を軽く払うアンソニーの肩に手を置き、小声で気持ちを伝えた。


「俺も目の前で仲間を殺された。はらわたが煮え繰り返ってる。エヴリンは指揮をしていた、怒りは…… お前にも分かるだろ。それに、ジェイコブ隊長を1人残してきてるんだ。彼女の気持ちも考えてやれ」

「そうか…… そうだな、俺が悪かったよ……」

「ああ、問題ない。彼らの亡骸を並べてくれ」

「分かった……」


 エヴリンは少し離れた場所で、死体の処理を準備している部下を眺めながら思いを巡らせていた。

 運転手をしていたエドワードを含め、死者を4人も出してしまった。

 大日帝国本土における魔道訓練兵の拉致。

 かなり特殊な任務だとは考えていたが、まさか死傷者を出すとは思わなかった。しかも自分が立案した作戦でだ。


(途中までは問題なく進んでいた…… なのに飛び込んできた奴らの強さが尋常ではなかった)

 

 楽観的な予測に悔いて、大声で泣き叫びたい衝動が突き上がる。しかし、部下の前でそんな素振りは微塵も出さない。


「大丈夫…… 私は大丈夫…… 隊長も大丈夫…… すぐに追いかけてくる」


 自分に言い聞かせ、滲み出る不安と涙を無理やり止める。

 まんじりと眺めていた先では魔法が発動され、大きな火柱が上がる。

 3人の部下の亡骸が、超高温の炎に焼かれるのを確認すると、彼女は凛とした声で命令をする。


「全員、トラックに乗車。予定通りの脱出経路に沿って行動する。行動開始!」


    ◇


 山崎と柳田の見事な連続攻撃により、アルカナ・シャドウズ隊長であるジェイコブ・ストームは地にした。

 鬼神の如き強さを誇った魔人。

 そんな明らかに魔力量や力の差があった相手に対し、決して怯まず何度も立ち向かった2人。

 ついには倒した山崎と柳田へ倫道たち訓練兵は尊敬と畏怖の眼差しで見つめていた。


 絶体絶命の状態からの解放。

 それは張り詰めていた緊張を解くのに十分すぎた。

 一瞬の静寂の後、戦いを見守っていた全ての人間は爆発的な歓声を上げる。

 互いに抱き合い、虎の魔人を打ち倒した英雄をそれぞれが讃えた。

 

「うおおおお! 倒した! 倒しやがった!」

「凄い…… 本当に凄いわ……」

「ああ、ああ…… さすが魔道大隊の精鋭だ」

「あんな魔人を倒すなんて……」


 山崎と柳田の勝利に、久重を支えて五十鈴が、清十郎に肩をかして龍士から賞賛の言葉が尽きなかった。

 防御魔法を解いたカタリーナも、大きく一息つくと相棒を心配して声をかける。


「レーネ! 大丈夫?」


 デルグレーネの上半身を抱いていた倫道は、仲間の勝利に安堵して抱いている少女の顔を除きこむ。


「俺たちの勝ちだ。もう心配はない」


 少し前から意識は覚醒し、戦いを眺めていたデルグレーネ。

 倫道の蒼を帯びた黒い瞳を見つめ返し、緊張してこわばっていた頬を緩めた。


「ええ…… そうみたいね。助かって良かった」


 倫道は彼女の言葉を『皆が助かってよかった』と解釈して、大きく頷き「あなた達のおかげです」と礼を言う。

 

「……ふふ、あの時とは反対ね……」


 腕の中の少女が小声で呟いたが、倫道には聞こえてはいない。

 久重達と言葉を交わす倫道の上着をそっと握り、安堵した表情をした彼の顔を見上げていた。


「レーネ…… 気持ちは分かるけど、ガン無視はやめてくれない?」


 カタリーナが数メートル先から、腰に手を当て渋い表情でデルグレーネを見下ろす。

 倫道に抱き抱えられた格好で、彼の上着をつまんでいる少女の姿を目にし、カタリーナは苦々しい表情からニヤニヤと好色な笑顔へと変化する。


「あらあら、まあまあ…… レーネたん、抱いてもらって良かったわね」

「ちょ⁈ なに⁈ その言い方‼︎」

「い〜の、い〜の。私の事は気にしないで、たっぷりと可愛がってもらいなさい」

「だから! 何を言い出すの!」


 顔を真っ赤にしたデルグレーネと意地の悪い顔をしたカタリーナに挟まれて、倫道は戸惑っていた。


(お、俺は、どうしたら……)


 抱いている少女を放り出せる筈もなく2人の言い合いに固まっていると、思わぬ所からも声がかかる。


「ねえ、倫道? いつまでそうやっている気かしら?」

「い、五十鈴⁈」

「早く離れなさい! まったく嫌らしいんだから……」


 ブツブツと文句を言う幼馴染に困りながら、再度、腕の中の少女へ視線を移す。

 視線に気がついた少女は、顔を真っ赤にしながら潤んだ瞳で倫道を見上げた。

 少女の熱を含んだ視線にギシッと音がした様に固まる倫道の腕の中で、デルグレーネは瞠目した。


 ――濃密な死の香りがよぎる。


「皆んな‼︎ 伏せて!」

「【エレメンタル・シールド】!」


 デルグレーネとカタリーナが同時に叫ぶ。

 それを打ち消す雷鳴。

 ポッカリと開いた天井をすり抜け、天空より一柱の雷が地面へ突き刺さった。

 耳をつん裂き、体が揺れるほどの衝撃。

 視界は完全に真っ白な世界に包まれた。


「「「うぉおおおお」」」

「「キャァ⁈」」


 広がる雷撃は、射撃場の室内を縦横無尽に走り爆発を繰り返す。

 咄嗟に展開したカタリーナの防御魔法がなんとか間に合い一命を取り留めたが、その代償は大きかった。

 カタリーナをはじめ、山崎、柳田、久重、五十鈴、清十郎、龍士の全員が大きなダメージを受けて地に転がる。

 焦げ臭い匂いが立ち込める中、倫道は愕然とした。

 デルグレーネの張った防御魔法により2重となった障壁のおかげで、多少のダメージは受けたが無事であった。


「まさか……」

「ええ、そのまさかみたいね……」


 デルグレーネがヨロヨロと立ち上がり、倫道の前へ出るとため息を吐いた。


「はあ、いい加減しつこい……」


 未だ落雷した箇所が凄まじい勢いでスパークしている。

 真っ白に輝くその中で、動く巨体。

 ジェイコブが紫電を身にまとい立ち上がっていた。

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