逆巻く怒涛 15/二匹の獣

 射撃場の中央では、砂塵さじんを巻き上げて山崎と柳田がジェイコブと激しく激突する。

 彼らは人間を超え、獣となり、その身に雷をまとう魔人と死闘を繰り広げていた。

 ジェイコブの豪快な雷撃が彼らの魔法を打ち消し、余波は射撃場全体に広がり、砂埃が舞い上がる。

 

「ガァアアアアアアアア――」

「ちぃっ⁈ この野郎――」

「ヤナ! 任せろ!」

 

 足に風刃を纏い、回し蹴りを放つ柳田にカウンターの雷撃を放つジェイコブ。

 紫電が獲物を狩る蛇の如く空気を割って突き進む。

 飛び込みながらの回し蹴りを繰り出した柳田の体は中空にあり、そこから逃げる道はない。

 しかし、彼の口元は薄らと笑みを浮かべ、攻撃のスピードを緩めはしなかった。

 

 柳田へ雷撃が直撃する寸前、避雷針がわりの土塊が山崎の魔法で生成される。

 雷は地面へ吸い込まれ、柳田の蹴りはジェイコブの頭部を襲う。


「うぉおおおお! 【風刃脚】‼︎」

「グァア――⁈」

 

 聴覚を引き裂く金属音が響く。

 ジェイコブの超人的な動き、彼の硬質な獣毛で包まれた両腕にガードされた音であった。


「ちっ! 化け物が…… これも止めるのかよ……」

「ヤナ! 止まるな。このまま畳み掛けるぞ!」

 

 土魔法を操る山崎と風魔法を操る柳田。

 彼ら二人は、お互いの魔法や戦い方を熟知しており、それぞれが効果的に攻撃を繰り出して敵を翻弄ほんろうする。

 阿吽の呼吸、以心伝心。そんな言葉が思い浮かぶほどの連携がジェイコブを襲っていた。

 

 彼らは、数多くの戦場で命を預け合い戦った者同士である。

 時には戦場で窮地きゅうちに陥り、部隊の壊滅といっても過言ではないほどの大打撃を受けた戦いもあった。しかし、彼らは激しい戦火の中、決して諦めず力を合わせて生き延びた。

 時には厄災とも言える妖魔の出現もあった。

 彼らは大日帝国の国民を守るため、最前線で己の命を賭して強大な敵にも立ち向かって勝利してきた。

 魔道部隊随一の精鋭であり、今ではかけがえのない戦友パートナーである。

 

 同じ釜の飯を食い、厳しい訓練を超え、戦場から生きて帰還してくる彼らは、妻や親兄弟などよりお互いを知っていた。

 まあ、柳田に妻はおろか恋人さえもいなかったが……

 その2人がジェイコブとの交戦に全力を傾けていた。

 

 しかし、ジェイコブは恐ろしいほどの身体能力を駆使した格闘技術を繰り出し、2人の攻撃を交わし反撃をする。


(強いな…… 彼らも大日帝国の精鋭だろう。だが、なぜ先ほどの少女といい、彼らほどの強者が訓練兵の救出に来た? やはり、この作戦には何か裏が…… いや、よそう。今は目の前の敵に集中しなければ――)

 

 ジェイコブは己が内に秘める懸念を頭から捨て去り、流麗な連携で攻撃を繰り出す山崎と柳田を見据える。

 集中力を高め、全身から禍々しいほどの魔力と闘気の波動を放つと、魔法の出力を限界まで引き上げた。

 地響きすら起こす強力な雷撃は、山崎らの攻撃を一方的に打ち破り、徐々に圧倒していった。

 

 

 辺り一面が雷の光で照らされ、彼ら大小3人の影が射撃場の壁に投影される。

 小さな2人の姿は、影の中で地を転がりながらも何度も立ち上がる。

 直撃は避けているが、強力な雷撃の余波で、体は火傷を負いダメージは蓄積されていく。

 しかし、山崎と柳田は決して諦めはしない。

 何度倒れてもなお、彼らは腕を振り上げ、魔法の詠唱を口にし続けた。


 しかし、山崎の土の牙も柳田の風の刃も、ジェイコブの雷撃は容易くはじき飛ばしてしまう。


「くっ……」


 山崎が唇を噛み締め、柳田も苦戦の表情を浮かべていた。

 しかし、彼らの視線は一度もジェイコブから逸れはしない。


「流石は『サンダーストライク』と言ったところか…… 噂にたがわぬ強さだ」

「いちちち…… 皮膚だけじゃなく筋肉まで焼かれちまって…… ヤマさ〜ん、どうします?」

「撤退…… と言えたらいいんだがな」

「まあ、ひよっこ達を連れてじゃぁ難しいっすね」

 

 お互いを横目でチラッと一瞥すると、口の端を吊り上げて軽く笑った。

 全てを覚悟した瞳で強大な力を持つ魔人、ジェイコブを睨みつける。

 2人は大きく息を吸い込むと、深く長く息を吐く。空手で言うところの『息吹いぶき』で魔力を練り込み集中力を上げる。

 一瞬の静寂、柳田の姿が残像を残し消え、彼の立っていた場所から土煙が上がった。


「うおおおおおおお――!」


 ジェイコブへの正面からの特攻。

 あまりにも単純、そしてあまりにも愚かな攻撃。彼は体一つで虎の顔を持つ魔人へ飛び込んでいった。

 

 魔法効果もない、ただの飛び蹴りが眼前に迫る。

 許をつかれたジェイコブは、迫り来る蹴りをガードすると、その足を思わず掴んだ。

 意図の分からない攻撃にジェイコブは、僅かな時間、ほんの一瞬だけ対応が遅れてしまう。

 動揺する彼の耳、虎の獣人特有の頭頂部に生やした丸い耳がピクリと動く。


「それが狙いか――!」

「大地よ、我が怒りを受け取り、敵を揺さぶる激震を起こせ。【大地の怒り】!」

 

 柳田は目眩し。

 本命は山崎の放つ土属性の振動系魔法である【大地の怒り】だった。

 ジェイコブの足元半径10メートルほどが、陥没と隆起を繰り返し、まるで地面が流体にでもなった様にその姿を変える。

 泡立つ地表は、液状化現象を起こし、地表に立つ全ての物は飲み込まれていく。

 ジェイコブも飛び退けようとしたが、まるで水中に浸かった様に足裏へ伝わる感触が全くない。

 すぐに脛の辺りまでズブズブと地中に沈み込む。

 力を反発させる土台がなければ、さすがの彼でも飛び出せはしなかった。


「ヌゥアッ⁈ しかし、こんな攻撃では――」


 膝まで大地に飲み込まれたジェイコブはたたらを踏みながらも耐える。

 そんな彼に柳田の声が突き刺さった。


「分かってるよ! 風よ、我が身を駆け抜け、刹那を切り裂く刃となれ! 【無双旋風刃】‼︎」

 

 右足首を掴まれ、逆さ吊り状態の柳田から爆発的な魔力が弾け飛ぶ。

 【無双旋風刃】、自身を中心に強力な旋風を起こし、極限まで圧縮された空気を刃と化して敵を切り刻む。

 超極薄の刃は、無数に飛来し生半可な防御魔法などは切り刻む、柳田の必殺魔法であった。


「グゥウウウウウウウッ⁈ アアアアアアアア――‼︎」


 ジェイコブが誇る防御力の高い硬質な獣毛を切り裂くと、身体中から血飛沫が舞う。

 無数の刃が、腕を足を背中を腹を、そして顔を切り刻んでいく。

 徐々に筋肉の深い箇所まで刃が届くと、ついにジェイコブはグラリと体を揺らす。


「くたばりやがれ――!」


 柳田が全魔力を込めて魔法にブーストをかける。

 足首を掴まれながら上体を起こし、右手を掲げてあらんかぎりの力をぶつける。

 限界を超え、目から鼻から血が垂れるが更に出力を上げた。

 

 刃が乱れ飛ぶ旋風の中心で、猛威にさらされたジェイコブはうつむき倒れ込む――

 いや、逆に胸を天に突き出すほど大きくのけぞり、凄まじい音量で咆哮を上げた。


「ウォオオオオオアアアアアアアアアアアアアアア‼︎」

 

 耳をつんざく咆哮に、見守っていた倫道達も顔をしかめて耳を塞いだ。

 ジェイコブは咆哮しながら掴んでいた柳田の体を勢いよく投げ捨てると、彼は糸の切れた人形の如く地面を転がり、壁に激突した。

 尋常ではない耐久力を見せつけ、柳田の攻撃を耐えたジェイコブ。

 既に足元の振動は止まっていた。


「耐え切ったぞ…… もう――」


 誰もがジェイコブの勝利を確信したその瞬間――


「――大地よ、我が意志に従い、敵を砕き貫く岩柱を創り出せ。【地裂衝】!」


 山崎の素早い詠唱が射撃場に響き渡り、鈍い音がそれに続いた。


「ガフッ―― ガッ、ゲフ…… こ、これは……」


 ジェイコブの足を絡めていた土砂から鋭利に何本もの突出した土の槍。

 虎の鋭い牙の間から勢いよく鮮血が流れ落ちる。

 苦悶の顔を覗かせたジェイコブは、自分の腹に突き刺さる槍を見下ろしていた。


「へへ…… ざまあみろ。サンダーストライク……」

「……これが俺たちの力だ。見縊みくびるなよ。魔人!」


 柳田が息も絶え絶えに、山崎は肩で息をし、膝を突きながらジェイコブへ決着の言葉を告げる。

 グラリと巨体を揺らしながら、ジェイコブは仰向けに地面へ倒れ込んだ。

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