逆巻く怒涛 14/雷神

 爆発とも言える突然の天井の崩落と壁の崩壊。

 その轟音と衝撃に対して命を守るための本能的な行動、地に伏せる倫道たちとエヴリンらアルカナ・シャドウズ。

 突然の事に言葉も失い、各々が戦うのを忘れて動きを止める。


 寂然とした射撃場内は、戦闘の痕跡により凸凹と地形を変え、その上に壁や天井、土壁などの残骸が積まれている。

 大きく穴の空いた天井から月明かりが差し込み室内を照らす。

 砂塵や埃が立ち込めてぼんやりと視界のきかない中、断線した電線がバチばちと火花を舞わせていた。


 倫道たちの戦闘中、天井を破り壁に大穴を開けて砲弾さながらに飛び込んできたのは1人の少女であった。

 少女は地面に倒れ伏し、ピクリとも動かない。

 無造作に乱れた長髪が無情にも月明かりを浴びて金色に輝いている。


「レーネ⁈」


 少女のぐったりとした姿にカタリーナは瞠目し大声で叫ぶ。


(まさか、あのデルグレーネが…… やられた?)

 

 彼女の声には心からの驚き込められ、信じられないといった表情で立ち尽くす。

 

 カタリーナの悲痛な声が響く射撃場、天井から常人より遥かに大きな男の影がのそりと顔を出す。

 大きな魔力の気配に皆の視線が集まる。

 その姿はシルエットでしか分からないが、エヴリンは何が起こったか直ぐに理解した。


「隊長…… その姿は……」


 エヴリンの呟きと共に、雲がかかっていた月が顔を出しその姿を照らす。


「おいおいおい…… なんだよアレ……」


 柳田が山崎の横まで近づき呆然と見上げる。山崎も凍りついたかの如く瞠目したまま動けなくなっていた。

 彼らが目にしたのは――

 

 激しく破れた上着の中から筋肉が大きく盛り上がり、体表には獣の毛皮が覆う。

 バチバチと立ち昇る紫電をまとい、紫がかった白色に輝く虎顔の獣人の姿をしたジェイコブ。

 彼は低い唸り声をあげて天井から軽く飛び降りると、まるで猫の様に音もなく地面へ着地した。


 楕円形をした獣耳が全ての状況を把握するかの如く小刻みに動く。

 蒼い瞳は獰猛な殺気を放ちながら光った。

 やがて扉付近に倒れている4人の部下見つけると、ふわりとジャンプして近寄り、彼らの元で膝をつく。


「エンティ、ドルマイド…… カークは無事だな。そちらで倒れているのはブルートとタイスか?」

「隊長…… すみません、私が付いていながら……」


 ジョイコブの横に立ちエヴリンが頭を垂れる。自らを悔いて顔を顰めながら。


「……我らの痕跡を残さぬよう彼らの回収を頼む。外の部隊と合流し、脱出準備が終わり次第、この地より離脱せよ」

「了解しました。ジェイコブ、貴方は?」

「彼らを始末次第、直ぐに追いかける」

「私はサポートとして残ります」

「それには及ばない…… メンバーがやられ動揺している彼らをまとめてくれ。頼むよエヴリン」

「……わかりました」

 

 短い会話を終えると、残った隊員に指示を出し、倒れている同士を肩に担ぐ。

 そうして早々にエヴリンは射撃場から出ていった。

 一度、柳田の方を鋭い視線で睨みつけて。

 そんな彼女たちの背中を見届けると、ジェイコブは振り返り、凄まじい殺気を撒き散らした。


「まさか…… お前が『サンダーストライク』のジェイコブ・ストームか?」


 柳田の答えに何も反応せずに、ジェイコブはゆっくりと歩き出す。


「アルカナ・シャドウズの隊長、ジェイコブ・ストームが妖魔、いや魔人とはな…… 驚きだ」

「そうっすね、ヤマさん。超ビッグな情報だ。持ち帰れば表彰もんですよ」

「ああ、そうだな。しかし、奴さん…… 帰らす気はないらしい」


 無人の野を行くが如く、平然と近づくジェイコブ。

 先ほどまで抑えていた紫電は解放され、バリバリと雷鳴を轟かせながら地面を焦がしている。すでに臨戦体制に入っていた。


「倫道くん! デルグレーネ――、いや倒れてる彼女を連れて私の後ろへ!」


 緊迫した空気の中、後方からカタリーナの声が響く。

 倫道は声に反応し、すぐさま行動を起こし――


「雷の精霊よ、神々の怒りをこの身に注ぎ、我が敵を粉砕せん!【雷神の怒りサンダーズ・ラス‼︎】」

「キャァア⁈」


 空気が切り裂かれ炸裂。地を揺るがす轟音が走る。

 特大の稲妻がカタリーナ目掛けて放たれた。

 しかし、ドーム型に展開していた防御魔法により雷撃は表面をなぞりながら地面へ吸い込まれていった。


「あっぶな…… こりゃあ、気合い入れて維持しないと保たないわね……」


 カタリーナが額から汗を流しながら呟く。

 彼女の後ろで見守っていた五十鈴たちは、自分達が防御魔法のおかげで一命を取り留めた事を知る。


「ふむ。防がれるとは…… 君たちは動かない方がいい。そうやって防御魔法の中で息を潜めているんだ。折角の拾った命。大人しくしていれば命は取らない」


 ジェイコブが足を止め硬直した倫道とカタリーナたちに向かい、じっとしていろと命令する。


「しかし、大人の君たち…… 仲間をやられてしまっては見逃せない」


 瞳に感情を乗せて柳田と山崎を見据える。同時に尋常ではない殺気が2人に突き刺さる。


「くっ……」

「この野郎……」

 

 汗が止まらず恐怖が顔を出す。まるで猛獣の檻に閉じ込められたような感覚だ。

 だが、2人も修羅場をくぐってきた強者である。

 腹を括った瞬間、相対する魔人はただの標的となった。


「ふぅ〜 さぁて、ヤマさん、一丁やったりますか!」

「ああ、抜かるなよ。ヤツは強いぞ」


 2人はお互い少しだけ距離をとり、腰を落として戦闘体制に入る。

 

「おい! トラ野郎! お前が勝手に1人になったんだ、卑怯とか言うなよ!」


 柳田の挑発に、鋭い牙を見せ笑うジェイコブ。

 一瞬、軽く双眸を閉じると己の魔力を全開にして凄まじい声で吠えた。

 空気がビリビリと振動する中、ジェイコブは柳田と山崎に襲い掛かった。


    ◇


 鼓膜が揺れるほどの凄まじい咆哮に両手で耳を押さえる。

 俺が思わず怯んだ瞬間、山崎さんと柳田さんへ虎顔の魔人が襲い掛かり、激しい戦闘が始まった。


 俺は柳田さんの「神室、邪魔だから退避しろ!」との声を受け、迷ったが素直に従う。

 何故かって? 理由は簡単だ。

 柳田さんの言葉通り、『邪魔になる』からだ。


 情けない気持ちで駆け出すと、視界の端で落ちてきた女性が一瞬動いた様な気がした。


(生きている⁈)


 気がついた瞬間、俺の足は倒れている女性へ向けて一心不乱に駆け出した。

 魔人が吠えた気がしたが、俺は構わず走り続ける。

 無防備な俺に敵からの攻撃は飛んでこなかった。

 山崎さんたちがフォローしてくれたのかもしれない。

 空気を裂く雷撃の音に身を低くしながら必死に走り、最後は滑り込んで彼女の元まで辿り着いた。


(カタリーナ・ディクスゴードと名乗った女性。彼女は俺たちを助けてくれた。その彼女がこの人を連れてと言ったんだ。味方だ)

 

 射撃場の壁際まで吹き飛ばされていた女性。その体の上には瓦礫が積り、天井から落下した部材に挟まっていた。

 細い鉄骨とコンクリートの隙間の中、奇跡的に体は重量物に押し潰されてはいなかった。

 俺は鉄骨を持ち上げ、彼女から瓦礫を退けると首筋に手を当て脈をとった。

 トクントクンと弱い鼓動が指先で感じ取る。


「脈がある!」

 

 軍服は所々破れ、血に塗れてボロボロの状態。

 どこか怪我をしていないか確認をしたが、特に大きな傷口は見当たらない。

 骨折などはしているかもしれないが、目立った外傷もなく少しだけ安堵する。

 飛び込んできた速度と、破壊された射撃場を考えれば信じられないが、防御系の魔法を使用したのだろうと一人納得する。


 もう一度、女性を見る。

 顔にかかっている髪の毛をかき上げて顔を覗き込んだ。

 煤と血糊で汚れていてよく分からないがカタリーナさんと同じ外人の女性、いや少女といった歳だろう。

 俺たちより少しだけ幼い相貌を見た瞬間――


 頭の中で何かが弾けた音が響いた。

 割れるほど鳴り響く頭痛、心臓も激しく鼓動する。


(また、この頭痛が……)


 片目を瞑り、脂汗を垂らしながら必死に耐えていると頭痛は数秒で嘘の様に引いていく。

 軽く息を乱した俺は、落ち着こうと大きく息を吐いた。

 それに同調したかの様に腕の中にいる少女は、コホコホと咳をしながら美しい金色の瞳をゆっくりと開いた。


「大丈夫か? 意識はあるか?」


 うっすらと瞼をあけた少女は、目の焦点も合わず意識が混濁していた。

 うわ言の様に何かを呟きながら、瞳をグルグルと彷徨わせている。

 顔が力なく折れて少女の横顔が顕になる。


「――‼︎」


 思わず息を呑む。

 少女の横顔。俺は忘れもしないあの日の夜、須賀湾で命を救ってくれた魔物の少女の面影を見ていた。


(まさか…… な)


 改めてその顔、髪の毛、全身をじっくりと見渡す。


(違う……)


 記憶の中の少女とは違う……。

 身長はもう少し高かった気がするし、髪の毛も長く、色も違っていた。

 目の前の少女は見事な金髪であり、記憶の中の少女はもっと白みがかった色をしていた。

 そして何より、両腕を覆う濡れた様に艶やかな漆黒色の鱗や背から生えた翼がなかった。

 

「当たり前か…… この人はどうみても人間だ」


 動揺した心を落ち着かせるよう独りごちていると、腕の中の少女が意識を取り戻した。

 双眸を弱々しく瞬かせながら、薄い唇を動かす。


「ヴィー…… いえ、倫道……」

「気がついたか⁈」

「私は…… どうしてここに……?」

「君は、あの獣の魔人と戦ってここに飛ばされてきた…… と思う」

 

 カタリーナさんがこの少女を『デルグレーネ』と呼び、俺に助けを求めた。

 きっと彼女の同僚であり、この少女があの魔人と戦っていたのは明白であった。


「戦って…… ――っ⁈」


 少女は半開きであった瞼をカッと大きく見開くと、勢いよく上半身を起こし、その痛みに顔を歪める。

 苦痛にうめく小さな背中を支えると、少女は俺の顔を見上げた。


「動いちゃダメだ。安静にして――」


 視線が絡まり慌てた俺の言葉に微笑んだ少女は、首を振り立ち上がろうとしてよろける。


「アイツを倒さないと……」


 俺の肩へ置いた手に力が入る。一瞬、彼女の心が伝わった気がした。


「貴方は、カタリーナ…… あの女性の張っている防御壁まで逃げて。私がアイツを倒す」

 

 決意のこもった声で告げると、俺の肩を支えにして起きあがろうとする。

 ブルブルと震える手の振動が俺の心を揺さぶる。

 

 まただ、また――

 何故だか体の奥底から湧き上がる後悔の念。

 訳がわからないほどの苛立ち、焦燥感。

 心が張り裂けそうになる。


「ダメだ!」


 喉が裂けるほどの大声で叫ぶと、少女は一瞬肩を竦めて振り返りる。


「君を1人で戦わせる訳にはいかない。今は…… 俺たちの上官、山崎さんと柳田さんを信じろ!」

「……でも」

「もし、2人が倒れたら…… 俺が戦う!」

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