逆巻く怒涛 13/突入(3)

 月明かりの下、射撃場前には幾つもの影が身をひそめ静かにその時を待っていた。

 物音を立てぬよう、室内の様子を確かめドアの周辺にトラップが無いか慎重に確認する。

 問題なしのハンドサインを確認した、後方で待機しているアンソニーからの合図。

 デビットは4名の部下を後ろに引き連れて射撃場の室内へエヴリンの部隊と同時に侵入した。

 

 射撃場内に足を踏み入れると、暗闇の中、迷路さながらに地面から立ち上がる土壁が行く手を阻んだ。

 通常であれば彼らの進行をだいぶ遅らせるだろう。

 しかし、デビットには暗視の特殊能力があるため、まるで昼間と変わらず素早く迷いなく進む。

 彼に遅れまいと、他の4名は体の一部をお互い掴みながら進んでいく。


(この暗闇の中、随分と動きが早いな…… 見えているのか?)

 

 倫道と山崎は、土壁の影に身を潜めて、緊張感を隠しきれない息を抑えていた。

 山崎は既に詠唱を終えており、いつでも魔法の発動ができる状態。

 倫道の肩には「黒姫」が座っており、臨戦状態の体からは湯気が出そうなほど熱くなっていた。


 山崎の肩がピクリと動く。

 彼は土壁に小さな穴を開け、前方を監視していた。

 アルカナ・シャドウズの一団が目の前に迫ってきている事を知らせるには十分だった。

 倫道が気が付かなかったのは、全くの無音、サイレンス系の魔法の効果だろう。


 中腰になり慎重に壁つたいを歩く敵兵。他の4名も後に続いており、彼らの間には明らかに戦闘準備が整っている緊張感が漂っていた。

 無音の中、警戒をしながらも驚くほど早いスピードで迫る敵に攻撃のタイミングを図り直す山崎。

 倫道の心臓が激しく鼓動する。

 そして、両方が邂逅する直前――


 耳をつんざくほど激しい金属の弾ける甲高い音が射撃場内に響いた。

 続けて、一陣の突風により石飛礫が横殴りの雨粒の様に飛来する。

 柳田たちの戦闘が開始された合図であった。


 山崎は倫道の肩に乗せていた右手にグッと力を入れた。

 倫道はそれを合図に、即座に行動を開始。

 その行動を確認する事なく山崎が両手を地面につき、「【地裂衝じれつしょう】」と呟く。

 その瞬間、デビットたちの足元の地面が裂け、巨大な岩柱が突き上がった。


「ウォオオオォオ――⁈」


 地割れと共に鋭く尖った岩柱が勢いよくデビットたちを襲う。

 前後左右から次々と立ち上がる岩柱の前に彼らは飲み込まれて―― はいかなかった。

 

 山崎の放った土属性の魔法【地裂衝じれつしょう】は、地面を割り、敵を砕き貫く鋭利で巨大な岩柱を生成する魔法。

 しかし、勢いよく突き出た岩柱は、アルカナ・シャドウズの隊員へ届く直前、砂と化して風に散っていった。


「なに⁈」

「この魔法は先ほど見てる! それにこの土壁、お前がこの状況でどんな魔法を使うかは予想できたぜ!」


 デビットが高々に言い放つと、小刻みな振動が足裏から伝わり、地面が震えている様に感じる。

 デビットが放った魔法【地鳴動震トレマー・レゾナンス】の振動が地裂衝の振動と完全に共鳴し、地面から突き出るはずだった岩柱が一瞬で鎮静化。

 伸びた岩柱も超振動により、その形状を留める事はできず崩れた。

 周囲の地面も再び静まり返り、山崎の魔法は完全に無効化されてしまった。


「なるほど、逆位相の振動を使って魔法を打ち消すか……」


 山崎は一人で独り言を呟き、デビットの策略に感嘆の声を上げる。

 しかし、同時に彼の瞳には次の行動を見越す鋭さを放っていた。


「大地よ、固く、頑丈に、我らを守る盾となれ。【岩盾】!」


 間髪入れずに防御魔法を展開する山崎。

 計略が崩れても冷静にかつ迅速に行動をする。思考も体も決して止めはしない。実戦経験からの成せる技であった。

 

 【地裂衝じれつしょう】が崩れていく瞬間、敵の後方2名から光る魔法の兆候を見逃しはしなかった。

 放たれた4本の光の矢が目前まで迫ったが、【岩盾】によりこれを回避した。


「うぉおお――‼︎ 【黒焔針】!」


 山崎の魔法発動とほぼ同時に倫道も黒姫を【黒焔針】に変えて撃ち放つ。

 2本の太く鋭いニードルは【光の矢ライトニング・アロー】を打ち終わり無防備な敵兵へ突き刺さる。


「グワッ――⁈」

 

 敵兵1人の肩口と胸に突き刺さったニードルが、倫道の命令と共に爆発し火柱を立ち昇らせた。

 断末魔の絶叫が室内に響き、薄暗かった射撃場内は一気に明るくなる。


「ブルート⁈ テメェ……、やりやがったな!」


 仲間をやられ、激昂するデビット。


「だが動きが遅いぜ――!」


 魔法を打ち終え土壁に隠れようとする倫道の元へ、憤怒の表情をしたデビットが襲い掛かる!

 獣を凌ぐスピードで地面を蹴ると、山崎を飛び越え、コンバットナイフを倫道の首元へ振り下げた。


「くっ⁈」


 耳を塞ぎたくなる不快な金属音。大小の火花が飛び散る。

 倫道は転がりながらも山崎から借り受けた軍刀を引き抜き間一髪で防御してみせた。


「良くやった!」


 山崎は倫道の上に覆いかぶさるデビットを超低空の飛び蹴りで弾き飛ばすと部下の首元を乱暴に掴み、一気に後方まで飛んだ。

 先ほどの【地鳴動震トレマー・レゾナンス】や、柳田たちの戦いにより最初に作った土壁はほとんど壊れてしまっており、後方のカタリーナたちも目視できる状況になっていた。

 左前方では柳田が戦っていたが彼もこちらの動きに気がついたのか、近くへ後退してきた。

 

「ナギ! 無事か?」

「勿論っすよ! ……しかし、ちょっとヤバめです」


 珍しく弱気な台詞なきごとを言う柳田に軽く視線を移すと、身体中から血を流しボロボロになった姿があった。


「ナギ…… お前……」

「いや、不意打ちで3人倒したまでは良かったんですが…… あの女が異常に強くて…… まあ強くて当然っすよ。あいつタイムウィスパーですよ」

「なんだと⁈ アルカナ・シャドウズ所属の…… なるほど、通りで……」

「いや、マジ聞いてないっすよ…… なんでこんな奴らが、こんな新兵に……」


 山崎は柳田の言葉を受けて、目の前にいる敵兵たちを今一度、慎重に見つめる。

 倫道の放った炎が未だ立ち昇り、射撃場を明るく照らしているため、戦闘服と装備があらためて見てとれた。


(ユナイタス合衆国の魔法特殊部隊ノヴス・オルド・セクロールムの中でもアルカナ・シャドウズとはな…… 一体何が……)

 

 足下にいる倫道を一瞥すると、すぐに目の前の敵へ視線を戻す。


「ナギ、そんな事を考えてもしょうがない。目の前の敵を蹴散らすのみだ」

「……わーってますよ。でも、飲んでたら緊急出動。んで、鉢合わせたのがユナイタス最強部隊の一角と来れば、少しくらい愚痴を言っても構わんでしょ」

「まあな」


 山崎は柳田の軽口に笑みを溢す。

 しかし、今の現状を見ると笑ってはいられない状況である。


(カタリーナと名乗った女性、能力はかなり高レベルだった。一緒に防御に徹すれば援軍が来るまで凌げるか…… いや、彼女の魔法力を知らない現状で計算に入れるのは厳しいな)


 汗が頬を伝い、足下の地面へ吸い込まれていく。

 目の前の敵兵は合流し、5人でこちらを牽制する様にジリジリと近づいてきていた。


「ナギよ、実際…… こりゃぁ苦しいかもな」

「ヤマさん……」


 山崎と柳田は視線を交差させると、眉を八の字にして苦笑する。

 言葉にせずとも、それだけで彼らの腹の中にある決意は分かる。

 共に死ぬ事を覚悟した笑いであった。


「御堂司令のためにもコイツらを生かさなければならない」

「分かってますよ」


 2人は自分達の死を持って倫道たちの命を救おうと決意したのだ。

 そんな彼らの想いを横で感じた倫道は、不安げに見上げてきた。


「山崎さん、柳田さん……」

「神室、早く後方へ走れ」

「いや、俺も――」

「うるせぇ! 早く行きやがれ!」


 柳田が強い口調で倫道へ退避命令を出す。

 先ほどまで見せていた柔和な笑顔の男とは全く違った厳しい表情。信じられないほどの変貌に倫道は驚嘆する。

 彼らが放つ獣じみた殺気に押し切られ、踵を返して振り向いた瞬間――


 山が崩壊した様な轟然たる音、体が浮き上がるほどに感じる爆風が倫道たちを襲った。

 射撃場が、いや地面全体が大きく揺らぎ、まるで建屋が悲鳴を上げるが如く破壊音が鳴り響く。


「「「うぉおおおお――」」」


 爆音と舞い上がる土埃の中、突然の爆音に敵も味方も関係なく叫び声を上げてしまう。

 やがて訪れる静寂。

 揺れ動く建物の損壊する残響のなか、思わず瞑っていた瞳を開けると、濛々もうもうと立ち上る砂塵の先で夜空に浮かぶ月が輝いている。

 大きな建屋の天井は吹き飛び、堅牢なはずの側面の壁は大きな穴が空いていた。

 そう、射撃場の壁をぶち破り、がこの戦場へ落ちてきたのだ。


 呆然とする倫道。

 動揺し視線が彷徨うなか、彼の視界に入った『あるもの』に鳥肌をたて絶句するだけであった。

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