逆巻く怒涛 17/狂乱(1)

 耳をつんざく轟音と共に、大地と空を繋げる一筋の巨大な雷が地面に突き刺さった。

 空気の破裂する音が鳴り響き、一瞬だけ夜空が昼ほどの明るさをみせる。

 

 落雷により地へ倒れした大日帝国の者たち。

 瞬間的にカタリーナが防御魔法を展開したが、すべてのエネルギーを跳ね返えしは出来なかった。

 術者のカタリーナと山崎、柳田は辛うじて意識はあるが、もう戦える状態ではない。

 五十鈴、久重、清十郎、龍士の4人はダメージを負って気絶しているようであった。


 未だ放電を繰り返し射撃場内を白く輝かせている場所を、倫道とデルグレーネは愕然がくぜんとなり見つめる。

 デルグレーネも咄嗟に防御魔法を発動したが、カタリーナほど広範囲には展開できない。

 近くにいた倫道と2人分が精々である。

 そこへカタリーナの魔法が合わさり2重の魔法防壁となったためにダメージを免れていたのだ。


 地面には未だに電気が流れており、その影響で砂粒や石ころが躍動するかの様に閃光を放っていた。

 微細な電流が地面を這い、青白い光の網さながらに広がっていく。

 やがて、放電が緩やかに収まってくると、その中心であるジェイコブの姿もハッキリと確認できた。

 全身の体毛が逆立ち、先ほどより顔の表情も険しく、牙も長く鋭く光っていた。

 

「あれが…… 真の姿……」


 デルグレーネが生唾をごくりと飲み込むと、怪物へ視線を固定したまま倫道へ呟く。


「倫道、私が時間を作る。だから…… あなただけでも逃げて」


 視線を逸らさずゆっくりと立ち上がるが軽くよろける。

 足取りもおぼつかない少女の言葉に、胸の奥から湧き上がる激情が倫道を激しく昂らせる。


 ズキンと頭を突き刺す痛み、心臓が躍るほど激しく脈打つ。

 腹の底から湧き上がる力強さ、魔力が胸の奥底から流れ出す。


(来た⁈ この感覚……、これなら!)


 高揚感と共に先ほどまでは感じられなかった魔力の奔流が見える。

 そう、左目が金色に輝き熱く鼓動していた。

 

「駄目だ! さっきも言ったが、俺が戦う」


 素早く立ち上がりデルグレーネを自分の背中に隠すと、倫道が肩越しに振り向く。

 少女は一瞬驚いた表情をしたが、寂しげに大きく首を振る。


「ヴィ…… 倫道、その左目…… ううん、でも無理…… 貴方ではヤツに勝てない」

 

 デルグレーネの呟きに倫道はふっと頬を緩め、柔らかい微笑を湛えて答えた。


「……ああ、そうかも知れない。いや、きっとそうだろう。だからこそ…… 今度は一緒に」

 

 少女は心臓を大きく鼓動させる。

 彼の言葉…… それが意味する事は⁈ ……いや、そんな筈はない。

 だが、その一言でデルグレーネの空虚であった胸の内は、溢れんばかりの喜びで満たされた。

 そして倫道の金色に輝く左目を見つめると、開いていた口を固く結び、双眸を弓なりにする。


「そうだね。今度は一緒に……」

「ああ、行こう」


 デルグレーネは瞳に涙を湛え、沸き起こる歓喜に胸を一杯にしながら絶望へ立ち向かう。

 一歩二歩と踏み締める足音とジェイコブから放たれる閃く雷光がバリバリと天井の無くなった射撃場に響いていた。


    ◇


 閃く電撃の中に立つジェイコブの目は、もはや理性のある人のそれとは言えない激情を湛えた青白さに染まっていた。

 彼の顔には以前の冷静さや狡猾な笑みが消え、その代わりに獣の本能だけが剥き出しになっている。

 言葉も、意識も、感情も…… 全てが電撃と化して、四方八方に放散されていた。


『ガァアアアアアアアア――』

 

 咆哮と共に身体から放出される電気は空気を震わせ、射撃場全体に電撃が走る。

 それは、覚醒の力によって生じた副作用なのか、それとも彼自身がコントロールを失っているのか。その答えを知る者はいなかった。


「正気を…… 失ってる⁈」


 先ほどより収まりつつあるが、未だ電撃を走らせるジェイコブへ向かい倫道が目を細める。


「そうみたい…… タガが外れた感じ」


 デルグレーネは倫道の横に並ぶと小声で耳打ちする。


「私がヤツの気を引いて隙を作る…… 倫道、貴方にはそこを突いて欲しい。でも…… 絶対に無理はしないで」

「はははっ…… 『無理はしないで』か。それこそ無理なんじゃないか」

「ふふっ…… そう…… かも」


 お互いの視線が交わる。

 2人は柔らかな笑みを湛えて軽く頷くと、なおも放電し続ける化け物に視線を固定した。

 同じ様に大きく息を吸い込み、ゆっくりと静かに吐き出す。

 ピンと空気が張り詰めた刹那、デルグレーネが動いた。


「【ゲヘナ・フレイム】‼︎」


 残像が残るほどのスピードでジェイコブへ迫ると、右手を突き出し魔法を放つ。

 展開した魔法陣より大出力の炎を噴出させると、一瞬にして周りの空気が強烈な熱波となり広がった。

 炎は何重にも絡み合い漆黒の炎龍へと姿を変えると、巨大なあぎとで獲物を喰らいつくさんばかりにジェイコブへ襲いかかった。


(――なんて魔法だ⁈)


 倫道もデルグレーネの動きに合わせて駆け出しながら、彼女の放つ魔法に感嘆する。

 ジェイコブを中心として反時計回りに、敵の側面を目指し同時に攻撃体制に移る。


「来い! 黒姫!」


 突き出した右手の甲、刻印が青白く光る。

 梵字にも似た精霊紋を中心に倫道の体から魔素の粒子が溢れ出し、一つの形を成していく。

 倫道は走りながら魔力を練り上げ、違和感を感じる。

 黒い翼を持つ人型の相棒は、いつもより若干大きなサイズで顕現した。


(なんだ? 黒姫が…… 語りかけて。導いてくれているのか? 分かったよ)


 肩に乗った黒姫が語りかけてきた気がした。

 倫道は魔力のコントロールを手放すと、漆黒の翼をはためかせた黒姫が両手に吸い込まれていった。

 何をさせたいのか、何ができるのか脳裏に浮かぶ。


 デルグレーネが放った【ゲヘナ・フレイム】、その大きな顎がジェイコブを噛み砕く――

 その瞬間、目を覆うほどの閃光が走った。いや、爆発したとの表現が正しいだろう。

 ジェイコブは右手に雷光を収束すると、そのまま炎龍へぶつける様に殴りつけたのだ。


『オオオオオオァアアアア――』

 

 炎龍は、雷光を宿したジェイコブの一撃により、凄まじい爆音を響かせて爆散した。

 炎と紫電が空中に勢いよく広がり四散する。

 

 倫道は熱と閃光に顔を背け、攻撃の態勢に入る。

 それは十条流の道場で何度か試して、上手く形にできなかった魔法。刀に炎を宿らせ、業火の一撃を放つ剣技魔法であった。


「うおおおおお! 烈火の舞、斬撃に宿れ! 【焔裂剣えんれつけん】‼︎」


 右腕に全体重を乗せ【ゲヘナ・フレイム】を殴り無力化したジェイコブ。

 そのガラ空きとなった右側面へ回り込んだ倫道は、軍刀に黒姫の炎を纏わせた斬撃を放つ。

 元の刀身より倍ほど長くなった炎の刃が虎顔の魔人を襲う。


『ガァアアア‼︎』


 恐ろしいほど速い反応速。倫道の斬撃は、電気の膜で覆われた右腕により弾かれる。


「くっ⁈ 防がれ――」


 刀を弾かれた倫道は、勢いに押され体が浮き上がるほどの衝撃を受ける。

 その衝撃と眩い閃光で、思わず目を瞑る。そして一瞬の後、目を開いた瞬間に彼は瞠目した。

 倫道の眼前に、瞬間移動でもしたかの如くジェイコブの鋭く長い牙が迫っていたのだ。


「〜〜〜〜〜〜〜っ⁈」


 渾身の力で自分の体を捻る。

 頭の上を牙が通り過ぎ、何本か髪の毛が持っていかれた。

 倫道は捻った勢いのまま身を低くし、右斜め後方へ転がって回避に成功する。

 覚醒状態でなければ喉元を噛み砕かれていただろう。

 

「させない! 【フレイム・ニードル】!」


 転がる倫道を追従するジェイコブにデルグレーネの魔法が飛来する。

 彼は咄嗟に身をくねらせ、まさにネコ科特有のしなやかな動きで全て避けてみせた。


「……まるで獣そのものだな」


 ジェイコブから距離をとり、刀の切っ先を向けながら肩で息をする倫道は呟く。

 それを肯定する様に震えが来るほどの殺気を込めた咆哮が射撃場内に響いた。

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